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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第141話「実況、三十年」

本番の——朝。





——セレスは——高座の——上で——固まっていた。







「…………」







「——セレスさん?」








——誠が——覗き込んだ。







「——大丈夫ですか」






「…………」








「——セレスさん」






「——手が」








——彼女は——ぽつり、と——言った。







「——震えてます」








「…………」







——誠は。






——隣に——座った。







「——三十年——やってますよね」








「——やってます」






「——一日も——休まずに」








「——休んでません」







——セレスは——うつむいた。







「——でも——今日は——違います」








「——何が——ですか」






「——最後だからです」








「…………」







「——成功したら——月が——戻ります」







——彼女は——静かに——言った。







「——失敗したら——十四年——終わりです」








「…………」







「——その——両方を——私が——伝えます」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——尋ねた。








「——セレスさん」






「——はい」






「——三十年——前」








——誠は——静かに——言った。







「——最初に——繋いだ、時——何を——伝えました」








「…………」







——セレスは。






——顔を——上げた。







「——覚えてます」






「——何を——ですか」








「——"食レポ"、です」








「…………え?」







「——芋を——食べて——"おいしい"、って——言いました」








——彼女は——ぽつり、と——言った。







「——それだけです」








「——反応は——ありましたか」






「——三人——見てました」








「——三人」






「——はい」








——セレスは——微笑んだ。







「——"うまそう"、って——書いてくれました」






「——嬉しかったです」








「…………」







「——セレスさん」







——誠が——言った。







「——今日も——それで——いいと——思います」








「——え?」






「——見たものを——言う、だけです」








——誠は——微笑んだ。







「——三十年——それを——やってきました」






「——今日も——同じです」








「…………」







——セレスは。






——自分の——手を——見た。







——まだ——震えている。








「——一つ——お願いが——あります」







「——なんですか」






「——最初に——食レポを——やらせて——ください」








「…………え?」







「——芋を——一つ——食べます」








——セレスは——真剣な——顔で——言った。







「——三十年——前と——同じことを——します」






「——そしたら——たぶん——落ち着きます」








「——分かりました」







——誠は——荷から——芋を——出した。







「——うちの——一番——いいやつです」









## 開始






——高座が——組まれた。







——荒野には——三千——四百——十二人が——並び。






——その——横に——ガオゴン。






——足元に——ギバ。






——そして——駄々丸が——座って——見ている。








「——皆さーん——!!」







——セレスが——虚空に——向かった。







「——おはようございます——!!」








——虚空が——流れ始めた。







「——コメント——来てます——!!」






「——"待ってた"、"今日だよね"、"見に来た"、って——!!」








「——多いですね」







——誠が——驚いた。







「——過去——最高です」








——セレスは——板を——見た。







「——数え切れません」








「…………」







「——では——始めます」








——彼女は——芋を——手に——取った。








「——皆さん——!!」







——セレスが——芋を——掲げた。







「——本日は——まず——食レポから——です——!!」








「…………」







「——なんでや——!!」







——藤原が——叫んだ。







「——今日は——本番やろ——!!」






「——大事なんです——!!」








——セレスは——芋を——齧った。







——そして。







「——おいしいです——!!」








「…………」







——荒野が。






——妙な——空気に——なった。








「——コメントは——!!」







——誠が——尋ねた。







「——"なんで——食べてる"、って——!!」






「——"待って——今日——本番だよね"、って——!!」








「——それと——!!」







——セレスが——読み上げた。







「——"三十年——前も——これだった"、って——!!」








「…………」







——セレスの。






——手が——止まった。







「——覚えてる——人が——いるんですか——!!」








「——読みます——!!」







——彼女は——虚空を——見た。








「——"最初の——三人の——うちの——一人です"、って」








「…………」







——荒野が。






——静まり返った。








「——"三十年——見てました"、って」








「…………」







「——"あの、時——うまそうだった"、って」








「…………」







——セレスは。






——袖で——顔を——押さえた。







——そして——顔を——上げた。








「——ありがとう——ございます——!!」







——彼女の——手は。






——もう——震えていなかった。








「——では——始めます——!!」









## 実況






「——皆さん——今——荒野に——三千——四百——十二人が——並んで——います——!!」







——セレスの——声が——通った。







「——人が——千二百——!!」






「——魔物の——皆さんが——二千——二百——十二——!!」








「——コメントが——!!」






「——"魔物?"、"え?"、"一緒にやってるの"、って——!!」








「——一緒です——!!」







——セレスが——きっぱりと——言った。







「——三年——前に——十万——来ました——!!」






「——今は——一緒に——弓を——建ててます——!!」








「——"えぇ"、"何があった"、って——!!」






「——長いので——後で——話します——!!」









——列の——横で。






——ガオゴンが——立ち上がった。








「——ガオ——!!」







「——出ました——!!」







——セレスが——叫んだ。







「——ガオゴンさんです——!!」






「——六丈の——怪獣です——!!」








「——"でか"、"かわいい"、"なにこれ"、って——!!」








「——この、方が——調子を——取ります——!!」







——セレスは——説明した。







「——歩くんです——!!」






「——足音で——三千——四百——十二人が——揃います——!!」








「——"意味わからん"、"でも——好き"、って——!!」









## 開始






「——支度——完了——!!」







——マギスが——叫んだ。







「——ギバさん——!!」






「——ウ——!!」








——とん。







——太鼓が——鳴った。







——ずしん。







——ガオゴンが——歩き出した。








「——始まりました——!!」







——セレスが——叫んだ。







「——一番——!!」






「——二番——!!」






「——三番——!!」








——魔力が——繋がっていく。







——空へ。






——皆瀬を——通って。






——そして——網へ。








「——五百番——通過——!!」






「——千番——!!」








『——動いてる』







——皆瀬——一号が——伝えた。







『——破片が——寄ってる』








「——寄ってます——!!」







——セレスが——絶叫した。







「——皆さん——月が——動いてます——!!」









## 二千番






——だが——二千番の——あたりで。







「——あっ——!!」







——一人が——よろけた。







——ゴブリン、だった。








「——切れる——!!」







——マギスが——叫んだ。







「…………」








——だが——太鼓は——止まらなかった。







——とん。とん。とん。







——そして——隣の——者が——繋いだ。








「——繋がった——!!」






「——二千——一番——通過——!!」








「…………」







——だが——よろけた——ゴブリンは。






——列の——中で——固まっていた。








「…………」







「——セイラ」








——彼は——かすれた——声で——呟いた。







「——おれ——セイラ——おとした」








「…………」







——セレスが。






——それに——気づいた。








「——皆さん——!!」







——彼女は——虚空に——叫んだ。







「——今——一人——外しました——!!」








「——おい——!!」







——ミネルが——止めようとした。







「——言わずとも——よい——!!」






「——言います——!!」








——セレスは——引かなかった。







「——ゴブリンの——方です——!!」






「——受け持ちは——第千八百四十番——!!」






「——名前は——セイラさん——!!」








「…………」







「——ハラムの里で——八歳で——亡くなった——子です——!!」








「…………」







——荒野が。






——静まった。








「——この、方は——三年——前に——地下から——出てきました——!!」







——セレスは——続けた。







「——三十年——飢えてました——!!」






「——文字も——半年——前に——覚えました——!!」








「…………」







「——それでも——名前を——覚えて——ここに——立ってます——!!」








「…………」







——虚空が。






——一瞬——止まった。







——そして。







「——うわあ——!!」







——セレスが——のけぞった。








「——なんて——書いてある——!!」







「——"がんばれ"、って——!!」








「…………」







「——"まだ——終わってない"、って——!!」






「——"次が——ある"、って——!!」








「…………」







——ゴブリンが。






——顔を——上げた。







「——きこえた?」






「——聞こえました——!!」








——セレスが——叫んだ。







「——次が——あります——!!」








「…………」







「——ウ——!!」








——彼は——構え直した。









## 二周目






「——三千——四百——十二番——通過——!!」







「——一周——完了——!!」








「——一色さん——!!」







——誠が——叫んだ。







「——どれくらい——寄りました——!!」








「——三割——!!」







——一色が——板を——見た。







「——あと——二周——!!」








「——皆さん——聞こえましたか——!!」







——セレスが——叫んだ。







「——あと——二周です——!!」








「——おおお——!!」









——二周目。







——そして——先ほどの——ゴブリンの——番が——来た。








「——第二千番——!!」







「…………」








——荒野が。






——息を——呑んだ。







——とん。







——ずしん。








「——セイラ——!!」







——ゴブリンが——叫んだ。







——そして——手を——かざした。








『——動いた』







——皆瀬が——伝えた。







『——千八百四十番——寄った』








「——寄りました——!!」







——セレスが——絶叫した。







「——セイラさんが——寄りました——!!」








「——うおおおお——!!」







——荒野が——沸いた。








「——コメントも——!!」






「——"やった"、"泣いた"、"よかった"、って——!!」








「…………」







——ゴブリンは。






——その場に——座り込んでいた。









## 三周目






——最後の——周が——始まった。







——だが——ここで。







「——ガオ……」








——ガオゴンの——足が——鈍った。







「——三刻——経ちました——!!」







——ルカが——叫んだ。








「——限界です——!!」






「——あと——どれくらいだ——!!」








「——半刻——!!」







——一色が——叫んだ。







「——保ちません——!!」








「…………」







——荒野が。






——凍りついた。








「——ガオ——!!」







——ガオゴンが——歯を——食いしばった。







——だが——足が——ふらついている。








「——ガオゴンさん——!!」







——誠が——叫んだ。







——その、時。







「——皆さん——!!」








——セレスが——虚空に——叫んだ。







「——お願いが——あります——!!」








「——何を——する——!!」






「——数えて——ください——!!」








「…………え?」







「——一緒に——数えて——ください——!!」








——セレスは——必死に——叫んだ。







「——"いち、に、さん"、で——いいです——!!」






「——書いて——ください——!!」








「——届かぬぞ——!!」







——ミネルが——叫んだ。







「——音は——出ぬのだ——!!」






「——私が——読みます——!!」








「…………」







「——三十年——読んできました——!!」







——セレスは——板を——掴んだ。







「——今日も——読みます——!!」









——虚空が。






——一瞬——止まった。







——そして。







——決壊した。








「——いち——!!」







——セレスが——読み上げた。







「——に——!!」






「——さん——!!」








「…………」







——ガオゴンが。






——顔を——上げた。








「——いち——!!」






「——に——!!」






「——さん——!!」








——ずしん。







——ずしん。







——ずしん。








「——揃って——おる——!!」







——マギスが——叫んだ。







「——さっきより——正確だ——!!」








「——読み続けます——!!」







——セレスの——声が——枯れ始めていた。







「——いち——!! に——!! さん——!!」








「——セレスさん——!!」







——誠が——叫んだ。







「——喉が——!!」






「——大丈夫です——!!」








「——大丈夫じゃ——ありません——!!」






「——三十年——喋ってます——!!」








——セレスは——笑った。







「——今日——止まったら——三十年が——無駄です——!!」








「…………」









## 完了






——半刻。







——セレスは——読み続けた。







——ガオゴンは——歩き続けた。







——そして。







「——三千——四百——十二番——!!」








——最後の——一人が——手を——かざした。







——そして——太鼓が——止まった。








「…………」







——荒野が。






——静まり返った。







——皆が——空を——見上げていた。








「——皆瀬さん——!!」







——誠が——叫んだ。







「——どうですか——!!」








『…………』







『——待って』








——長い——沈黙が——あった。







——そして。







『——集まった』








「——全部——ですか——!!」







『——三千——四百——十二』







『——全部』








「…………」







「——皆さん——!!」








——セレスが——最後の——力で——叫んだ。







「——集まりました——!!」








「——うおおおおおお——!!!」







——荒野が——爆発した。









## そして






——だが。






——セレスは——高座で——倒れていた。








「——セレスさん——!!」







——誠が——駆け寄った。







「……声が」








——彼女は——喉を——押さえていた。







「——出ません」






「——ルナさん——!!」








「——おりますわ」







——ルナが——手を——かざした。







——柔らかい——光が——広がった。








「……あ」







「——戻りましたか」






「——戻りました」








——セレスは——起き上がった。







——そして——板を——掴んだ。








「——待って——ください——!!」







——誠が——止めた。







「——まだ——やるんですか——!!」






「——やります」








——セレスは——けろり、と——言った。







「——お礼を——言ってません」








「…………」







——彼女は——虚空に——向かった。








「——皆さん——!!」







「——ありがとう——ございました——!!」








——虚空が——流れた。







「——コメント——読みます——!!」








「——"こちらこそ"、って——!!」






「——"三十年——ありがとう"、って——!!」








「…………」







——セレスの——手が。






——止まった。







「——それと——!!」






「——なんですか」








「——"名前——思い出した?"、って」








「…………」







——荒野が。






——静まった。








「——私の——ですか」






「——はい」








——セレスは——読み上げた。







「——"三十年——前に——言ってた"、って」






「——"名前が——思い出せない"、って」








「…………」







「——覚えてて——くださったんですか」








「——読みます——!!」







「——"ずっと——待ってた"、って」








「…………」







——セレスは。






——板を——抱えたまま。






——動かなかった。








「——まだ——です」







——彼女は——ぽつり、と——言った。







「——まだ——思い出せません」








「…………」







「——でも」







——セレスは——顔を——上げた。







「——待ってて——ください——!!」








「…………」







「——三十年——待って——くださったんですから——!!」







——彼女は——泣きながら——笑った。







「——もう少し——待って——ください——!!」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「本番の朝、セレスさんが高座で固まってた。手が震えてる、って。三十年やってるのに、今日は違う、最後だから、成功も失敗も私が伝えます、って。……三十年前、最初に繋いだ時、何を伝えましたか、って聞いた。"食レポ"、だったそうだ。芋を食べて、おいしい、って言っただけ。見てたのは、三人。"うまそう"、って書いてくれて、嬉しかった、って。……今日もそれでいいと思います、見たものを言うだけです、って言った。……そしたら、"最初に食レポをやらせてください。三十年前と同じことをします"、って。うちの一番いい芋を、出した。……本番。虚空が過去最高の人数だった。……セレスさんが、芋を齧って、"おいしいです"、って。藤原さんが、"なんでや、今日は本番やろ"、って叫んでたけど、大事なんです。……コメントが、"三十年前もこれだった"、って。しかも、"最初の三人のうちの一人です"、"三十年見てました"、"あの時、うまそうだった"、って。……セレスさんの手が、震えなくなった。……実況が始まった。魔物と一緒にやってることも、全部、伝えた。ガオゴンさんが歩いて、ギバさんが太鼓を叩いて、三千四百十二人が繋いだ。……でも、二千番でゴブリンの人がよろけた。繋がったけど、本人が固まってた。"おれ、セイラ、おとした"、って。……セレスさんが、"今、一人外しました"、って、虚空に叫んだ。ミネルさんが止めようとしたけど、"言います"、って。……受け持ちの名前も、三十年飢えてたことも、半年前に文字を覚えたことも、全部、伝えた。……虚空が、"がんばれ"、"まだ終わってない"、"次がある"、って。……二周目、あの人が、"セイラ"、って叫んで、寄せた。座り込んで、動かなくなってた。……三周目で、ガオゴンさんが限界になった。半刻、足りない。……そしたら、セレスさんが、"皆さん、一緒に数えてください"、って、虚空に叫んだ。音は届かないのに。"私が読みます。三十年読んできました"、って。……いち、に、さん。読み続けた。ガオゴンさんが、顔を上げて、歩き続けた。さっきより正確だった。……喉が、って言ったら、"三十年喋ってます。今日止まったら、三十年が無駄です"、って。……半刻、読み続けて——集まった。三千四百十二、全部。……セレスさんは、高座で倒れて、声が出なくなってた。ルナさんに治してもらったら、すぐ板を掴んで、"お礼を言ってません"、って。……"こちらこそ"、"三十年ありがとう"、って、コメントが。……そして、"名前、思い出した?"、って。三十年前に、あの人が、名前が思い出せない、って言ったのを、覚えてる人がいた。"ずっと待ってた"、って。……セレスさん、"まだ思い出せません。でも、待っててください。三十年待ってくださったんですから。もう少し待ってください"、って、泣きながら笑ってた。じいちゃん。集まりました」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。三十年——毎日——実況を——見続けた——者たちが。




——なぜ——一人の——魔法使いの——名前を——待ち続けて——いたのかを。


そして——集まった——三千——四百——十二が。




——月に——なる——ためには——まだ——一つ——足りない、ことも。





——今は……まだ、誰も——気づいて——いない。

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