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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第140話「一席、伺います」

本番の——三月——前。





——荒野の——空気が——重くなっていた。







「——揃わぬ——!!」







——マギスが——頭を——抱えた。







「——なぜですか——!!」






「——皆——固まって——おるのだ——!!」








——彼は——列を——指した。







「——手が——震えて——おる——!!」








「…………」







——確かに。






——三千——四百——十二人が。






——強張っていた。








「——皆さん——どうしました」







——誠が——尋ねると。






——一人の——魔術師が——うつむいた。








「——怖いのです」







「——何がですか」






「——私が——外したら」








——彼は——かすれた——声で——言った。







「——三千——四百——十一人の——努力が——無駄に——なります」








「…………」







「——三十年——分が——です」








「…………」







——荒野が。






——静まった。







——皆が——同じことを——思っていた。








「——困ったな」







——ミネルが——唸った。







「——技は——できて——おる」






「——だが——心が——保たぬ」








「——どうしますか」






「——分からぬ」









## 提案






——三日、詰まった。







——そして——四日目。







——駄々丸が——手を——挙げた。








「——旦那」






「——駄々丸さん」






「——一つ——お願いが——ござんして」








「——なんですか」






「——高座を——組んで——いただきたいので——ござんす」








「…………え?」







——工房が——きょとん、と——した。







「——高座——ですか」






「——へえ」








「——今——それどころでは——ないぞ——!!」







——ミネルが——叫んだ。







「——本番まで——三月だ——!!」






「——存じて——おりやす」








——駄々丸は——けろり、と——言った。







「——では——なぜ——!!」






「——一席——伺いやす」








「——落語を、か——!?」






「——へえ」








「——ふざけて——おるのか——!!」








「——ミネルさん」







——誠が——止めた。







「——組みましょう」








「——田中——!?」






「——三十年——見てきました」








——誠は——静かに——言った。







「——あの、人が——無駄なことを——言った、ことは——ありません」








「…………」









## 高座






——荒野の——真ん中に。






——高座が——組まれた。







——そして——三千——四百——十二人が——座った。







——人も。






——魔物も。








「——これで——何が——変わるのだ」







——ミネルが——ぼやいた。







「——見てましょう」









——駄々丸が——上がった。







——扇子を——一つ。






——手拭いを——一つ。







——それだけ、である。








「——えー」







——彼は——ぺこり、と——頭を——下げた。







「——本日は——お日柄も——よろしく」








「——影の——下だぞ——!!」







——誰かが——叫んだ。







「——さようで——ござんした」








——荒野が——少し——笑った。









## 噺






「——ときに——皆様」







——駄々丸が——扇子を——広げた。







「——大工の——話を——ご存知で——ござんすか」








「——知らぬ——!!」






「——では——申し上げやす」








——彼は——語り始めた。








「——昔——ある、ところに——大工が——おりやした」







「——腕は——よろしいので——ござんすが」






「——一つ——困った——癖が——ござんした」








「——なんだ——!!」






「——釘を——打つ、時に——手が——震えるんで——ござんす」








「…………」







——荒野が。






——妙に——静かに——なった。








「——なぜ——震えるのか」







——駄々丸は——続けた。







「——本人に——聞きやすと——こう——言うんで——ござんす」








「——"曲がったら——家が——倒れる"、と」








「…………」







「——"わしの——一本で——皆が——死ぬ"、と」








「…………」







——列が。






——完全に——静まり返った。








「——さて」







——駄々丸は——扇子を——閉じた。







「——この——大工に——親方が——なんと——申したか」








「…………」







「——親方は——こう——言いやした」








——彼は——間を——取った。







——そして。







「——"お前の——一本で——家は——倒れねェ"」








「…………」







「——"倒れるような——家を——建てた——わしが——悪ィ"」








「…………」







——荒野が。






——しん、と——なった。








「——"だから——安心して——曲げろ"」







——駄々丸は——静かに——言った。







「——"曲がった——分は——わしが——直す"」








「…………」







——誰かが。






——洟を——啜った。








「——さて」







——駄々丸は——扇子を——広げた。







「——この——大工——どう——なったか」








「——どうなった——!!」






「——曲げやした」








「——曲げたのか——!!」






「——へえ。見事に——曲げやした」








——荒野が——どっ、と——笑った。







「——それで——家は——!!」






「——倒れやせんでした」








「——なぜだ——!!」






「——他の——大工が——百人——おりやしたので」








「…………」







——荒野が。






——また——静まった。








「——一本——曲がったくらいでは」







——駄々丸は——ぺこり、と——頭を——下げた。







「——家は——倒れねェので——ござんす」








「…………」







「——お後が——よろしいようで」









## 効き目






——高座が——降りた——後。






——妙な、ことが——起きた。








「——揃って——おる——!!」







——マギスが——叫んだ。







「——三千——四百——十二——全部——揃って——おるぞ——!!」








「——本当ですか——!!」






「——一度も——崩れぬ——!!」








「…………」







——ミネルが。






——呆然と——していた。







「——なぜだ」






「——たぶん」








——誠が——静かに——言った。







「——"外しても——いい"、って——言われたからです」








「…………」







「——外していい、と——思うと——外さないんです」







——誠は——微笑んだ。







「——外したら——駄目だ、と——思うと——外します」








「…………」







——ミネルは。






——長い、こと——黙って。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——学問より——効くではないか」






「——落語ですから」









## 毎晩






——それから。






——駄々丸は——毎晩——高座に——上がった。







——三月。






——一日も——欠かさず。








「——本日は——魚屋の——話で——ござんす」







「——待ってました——!!」








「——昨日の——大工の——続きは——!!」






「——明日で——ござんす」








「——焦らすな——!!」









——ちなみに——客は——増え続けた。







——最初は——三千——四百——十二人。






——一月で——一万。






——二月で——三万。








「——多すぎやす」







——駄々丸が——ぼやいた。







「——嬉しいでしょう」






「——後ろまで——声が——届きやせん」








「——皆瀬さん——!!」







——誠が——呼んだ。







『——やるの?』






「——お願いします」








『——手当は』






「——出します」









——こうして。






——落語が——実況される、ことに——なった。








「——皆さーん——!!」







——セレスが——虚空に——向かった。







「——本日は——落語です——!!」








——虚空が——ざわめいた。







「——コメント——!!」






「——"急に——寄席"、"何が——始まった"、って——!!」








「——構わず——やりやす」







——駄々丸が——扇子を——広げた。









## 虚空






——だが——三日、後。






——妙な、ことが——起きた。








「——コメントが——止まりません——!!」







——セレスが——叫んだ。







「——なんと——書いてある——!!」








「——"泣いた"、"うまい"、"何者"、って——!!」







「——それと——!!」








「——なんだ——!!」






「——"この——噺——知ってる"、って——!!」








「…………」







——駄々丸の。






——扇子が——止まった。







「——知って——おられやすか」








「——"聞いたことある"、"うちの——じいちゃんが——好きだった"、って——!!」








「…………」







「——それと——!!」







——セレスが——読み上げた。







「——"演者の——名前は"、って——!!」








「…………」







——駄々丸は。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——駄々丸で——ござんす」








「——読みます——!!」







——セレスが——虚空を——見た。







——そして——動きが——止まった。








「…………」







「——どうしやした」






「——あの」








——セレスは——かすれた——声で——言った。







「——"駄々丸って——名前じゃ——ないですよね"、って」








「…………」







——荒野が。






——静まり返った。








「——他には——!!」







——誠が——尋ねた。







「——"高座名でしょう"、って」






「——"本名は"、って」








「…………」







——駄々丸は。






——扇子を——膝に——置いた。







——そして——ぽつり、と——言った。








「——覚えて——おりやせん」








「…………」







「——伝えて——ください」







——誠が——言った。







「——"覚えてません"、って」








「——はい——!!」









——虚空が。






——一瞬——止まった。







——そして——決壊した。








「——うわあ——!!」







——セレスが——のけぞった。







「——なんと——書いてある——!!」








「——"待って"、"それ——聞いたことある"、って——!!」






「——"名前を——忘れた——落語家の——話"、って——!!」








「…………」







——駄々丸が。






——顔を——上げた。







「——どういう——ことで——ござんす」








「——待って——ください——!!」







——セレスが——必死に——読んだ。







「——"二〇〇八年"、"寄席"、"高座で——倒れた"、って——!!」








「…………」







「——"名前が——出てこなくなって"、って——!!」






「——"それでも——噺は——できた"、って——!!」








「…………」







——荒野が。






——完全に——静まった。








「——駄々丸さん」







——誠が——静かに——言った。







「——へえ」






「——大丈夫ですか」








「…………」







——駄々丸は。






——長い、こと——黙って。






——そして——扇子を——広げた。








「——皆様」







——彼は——ぺこり、と——頭を——下げた。







「——本日は——ここまでで——ござんす」








「——待って——ください——!!」







——セレスが——叫んだ。







「——まだ——コメントが——!!」








「——読んで——くだせェ」







——駄々丸は——静かに——言った。







「——聞きやす」








「…………」







「——"また——聞きたい"、って」








「…………」







「——"あの、時——最後まで——聞けなかった"、って」








「…………」







「——"続きを——お願いします"、って」








「…………」







——駄々丸は。






——手拭いで——顔を——押さえた。







——そして——ぼそり、と——言った。








「——恐れ入りやす」









## 夜






——高座を——降りた——後。







「——旦那」







——駄々丸が——並んだ。







「——はい」






「——思い出しやした」








「…………」







「——名前——ですか」






「——いえ」








——駄々丸は——首を——振った。







「——では——何を——ですか」






「——高座で——倒れた——時のことで——ござんす」








「…………」







「——噺の——途中でしてね」







——彼は——静かに——言った。







「——落ちの——手前で——名前が——出て——こなくなりやした」








「——登場人物の——ですか」






「——自分の、で——ござんす」








「…………」







「——それで——止まりやした」







——駄々丸は——ぽつり、と——言った。







「——客席が——静かに——なりやして」






「——あっしゃァ——そのまま」








「…………」







「——最後まで——やれやせんでした」








「…………」







——誠は。






——何も——言わなかった。








「——旦那」






「——はい」






「——本番が——終わりやしたら」








——駄々丸は——顔を——上げた。







「——あの——噺の——続きを——やらせて——いただけやせんか」








「——もちろんです」







——誠は——即答した。







「——高座を——組みます」








「——ありがとう——ござんす」









## そして






——三月、後。






——本番の——前日。







——最後の——高座が——組まれた。







——荒野には——十万——以上が——座っていた。








「——えー」







——駄々丸が——上がった。







「——明日は——大仕事で——ござんす」








「——そうだ——!!」






「——三十年——分だ——!!」








「——さようで——ござんすね」







——彼は——扇子を——広げた。







「——つきましては——一つ——申し上げたい、ことが——ござんす」








「——なんだ——!!」








「——明日——しくじった——方は」







——駄々丸は——静かに——言った。







「——あっしの——ところへ——おいで——なせェ」








「…………」







「——なぜだ——!!」






「——一席——伺いやす」








「…………」







「——あっしも——一度——しくじりやした」







——駄々丸は——ぺこり、と——頭を——下げた。







「——高座の——上で、で——ござんす」








「…………」







「——あの、時ァ——独りで——ござんした」







——彼は——静かに——言った。







「——明日は——独りに——させやせん」








「…………」







——荒野が。






——しん、と——なった。







——そして。







「——うおおおおお——!!」








——十万が——立ち上がった。







「——師匠——!!」






「——駄々丸——!!」






「——イーーーッ——!!」








「——お後が——よろしいようで」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「本番の三月前、皆が固まってた。手が震えて、揃わない。……一人の魔術師さんが、"怖いのです。私が外したら、三千四百十一人の努力が無駄になります。三十年分が"、って。……三日、詰まった。そしたら、駄々丸さんが、"高座を組んでいただきたい"、って。今それどころではない、ってミネルさんが怒ったけど、組みましょう、って言った。三十年見てきて、あの人が無駄なことを言ったことは、ありません。……荒野に高座を組んで、三千四百十二人が座った。……"本日はお日柄もよろしく"、"影の下だぞ"、"さようでござんした"、で、少し笑いが起きた。……噺は、大工の話だった。腕はいいけど、釘を打つ時に手が震える。理由が、"曲がったら家が倒れる。わしの一本で皆が死ぬ"。……そしたら親方が、"お前の一本で家は倒れねェ。倒れるような家を建てたわしが悪ィ。だから安心して曲げろ。曲がった分はわしが直す"、って。……荒野が、しん、となった。誰かが洟を啜ってた。……で、"この大工はどうなったか"、"曲げやした。見事に曲げやした"、で、皆、笑った。"それで家は"、"倒れやせんでした。他の大工が百人おりやしたので"。……"一本曲がったくらいでは、家は倒れねェのでござんす"、で、終わり。……その後、揃った。三千四百十二、一度も崩れなかった。……たぶん、"外してもいい"、って言われたからです。外していい、と思うと外さない。外したら駄目だ、と思うと外します。……ミネルさんが、"学問より効くではないか"、って。落語ですから。……それから毎晩、高座に上がった。三月、一日も休まず。客が三万になって、実況もすることになった。……そしたら、虚空から、"この噺、知ってる"、"うちのじいちゃんが好きだった"、って。……"演者の名前は"、って聞かれて、駄々丸です、って答えたら——"駄々丸って名前じゃないですよね"、"高座名でしょう"、"本名は"、って。……あの人、"覚えておりやせん"、って。伝えてもらったら、虚空が決壊した。……"それ、聞いたことある"、"名前を忘れた落語家の話"、"高座で倒れた"、"名前が出てこなくなって"、"それでも噺はできた"、って。……荒野が、完全に静まった。……駄々丸さんが、"本日はここまで"、って。でも、コメントは読んでくれ、聞きやす、って。……"また聞きたい"、"あの時、最後まで聞けなかった"、"続きをお願いします"、って。……あの人、手拭いで顔を押さえて、"恐れ入りやす"、って。……夜、"思い出しやした"、って。名前じゃなくて、倒れた時のこと。噺の途中、落ちの手前で、自分の名前が出てこなくなって、止まった。客席が静かになって、そのまま、最後までやれなかった、って。……本番が終わったら、あの噺の続きをやらせてもらえないか、って。もちろんです、高座を組みます、って答えた。……そして今日、最後の高座。十万以上が座った。……"明日しくじった方は、あっしのところへおいでなせェ。一席伺いやす。あっしも一度しくじりやした。高座の上で。あの時ァ独りでござんした。明日は独りにさせやせん"、って。……十万が、立ち上がった。じいちゃん。明日です」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。虚空の——者たちが——覚えて——いた——「名前を——忘れた——落語家」、が。




——なぜ——今も——語り継がれて——いるのかを。


そして——その——落語家が——最後まで——やれなかった——噺の——落ちを。




——誰が——知って——いるのかも。





——今は……まだ、本人すら——思い出して——いない。

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