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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第137話「四万の、名」

地下の——空洞から。





——三万——九千——八百——十二の——名が——写し取られた。







——そして——赤たちが——持ち帰った——四千。







——さらに——三十年——分の——荷運びの——記録から。







——新たに——二千——余りが——判明した。








「——合わせて——四万——六千——ほどです」







——アカリが——帳面を——閉じた。







「——彫れるか」








——ミネルが——尋ねると。






——ルカは——頷いた。








「——彫ります」






「——場所が——ないぞ」








「——広げます」







「——どこまで、だ」








「…………」







——ルカは。






——しばらく——考えて。






——そして——言った。








「——師匠」






「——なんだ」






「——壁じゃ——足りません」








「——では——どうする」






「——道に——します」








「…………え?」







——誠が——顔を——上げた。







「——石を——敷いて——一枚に——一人ずつ——彫ります」








——ルカは——静かに——言った。







「——広場から——地下の——空洞まで」






「——道に——します」








「…………」







「——踏むぞ」







——ミネルが——訝しんだ。







「——名の——上を——歩く、ことに——なる」






「——はい」








「——失礼では——ないか」






「——僕、逆だと——思います」








——ルカは——きっぱりと——言った。







「——壁だと——見に——行く——人しか——見ません」






「——でも——道なら——毎日——通ります」








「…………」







「——毎日——名前の——上を——歩きます」







——ルカは——静かに——言った。







「——忘れられません」








「…………」







——工房が。






——静まった。








「——やろう」







——誠が——言った。









## 石の道






——工事が——始まった。







——石を——切るのは——鬼族と——オーク。






——運ぶのは——トロールと——オーガ。






——彫るのは——誰でも。








「——ウ——!!」







——ウーが——鑿を——握っていた。







「——ウーさん——彫れるんですか」






「——ならった」








「——文字を——半年で——覚えた——方が——ですか」






「——ウ」








——ウーは——手を——止めずに——言った。







「——おれが——ほりたい」








「——なぜ——ですか」








「…………」







——ウーは。






——しばらく——黙って。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——おれが——くった」








「…………」







「——ウーさん」






「——ウ」






「——それは——三十年——前です」








「——おぼえてる」







——ウーは——手を——動かし続けた。







「——かおも」






「——ぜんぶ」








「…………」







——誠は。






——何も——言えなかった。







——ただ——隣に——座って。






——そして——鑿を——取った。








「——一緒に——彫ります」







「——ウ」









## 一年






——石の道は——伸びていった。







——広場から。






——第五層を——抜け。






——第七層を——抜け。






——第十一層まで。







——そして——さらに——下へ。








「——一万——彫れました」







——ルカが——報告した。







「——早いな」






「——彫る——人が——増えました」








——ルカは——微笑んだ。







「——今——三千人ほど——います」








「——三千——!?」






「——半分は——魔物の——皆さんです」








「…………」







——ミネルは。






——長い、こと——道を——見つめていた。








「——田中」






「——はい」






「——妙な——気分だ」








「——何がですか」






「——食うた——者と——食われた——者の——名を」








——彼は——低く——言った。







「——同じ——手が——彫って——おる」








「…………」







「——駄目——ですか」






「——分からぬ」








——ミネルは——首を——振った。







「——だが——止める——理由も——見つからぬ」









## 声






——だが——反対は——あった。








「——田中殿——!!」







——一人の——女が——詰め寄った。







「——うちの——母の——名を——あやつらに——彫らせるのか——!!」








「…………」







「——母は——あやつらに——食われたのだぞ——!!」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——分かりました」






「——やめさせるのか——!!」






「——いえ」








——誠は——首を——振った。







「——お母様の——名前は——あなたが——彫って——ください」








「…………え?」







「——一枚——お渡しします」








——誠は——石を——差し出した。







「——ご自分の——手で」








「…………」







——女は。






——石を——受け取って。






——そして——立ち尽くした。








「——彫れぬ」






「——教えます」








「——誰が——だ」






「——ルカが」









——三日、後。






——女は——石を——彫り終えた。








「…………」







——そして——それを——道に——嵌めた。







——その——隣の——石には。






——ウーが——彫った——名が——並んでいた。








「…………」







——女は。






——長い、こと——それを——見て。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——上手いな」








「——ウ?」







——ウーが——顔を——上げた。







「——お前の——字だ」








——女は——うつむいた。







「——丁寧だ」








「…………」







——ウーは。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——ならった」






「——誰にだ」






「——ルカ」








「…………」







「——同じ——人か」






「——ウ」








「…………」







——女は。






——それ以上——何も——言わずに——去っていった。









## 三年






——石の道が——完成した。







——四万——六千——枚。







——広場から——地下の——空洞まで。








「——長いですね」







——誠が——端に——立った。







「——歩いて——半日です」








——ルカが——言った。







「——半日、か」






「——師匠。歩きますか」








「——歩く」









——二人は——歩き始めた。







——足元に——名が——並んでいる。







——一枚に——一人。







——誠は——ゆっくりと——歩いた。








「——ルカ」






「——はい」






「——一つ——気づいた」








「——なんですか」






「——速く——歩けない」








「…………」







「——名前が——目に——入るからだ」







——誠は——ぽつり、と——言った。







「——一枚ずつ——読んでしまう」








「——狙いです」







——ルカが——静かに——言った。







「——え?」






「——急いで——通れないように——しました」








「…………」







「——師匠が——言ってました」







——ルカは——微笑んだ。







「——"急がせると——いい——結果に——ならない"、って」








「…………」







——誠は。






——弟子の——横顔を——見た。







——四十一に——なっていた。









## 空洞






——道の——終わりは——空洞、だった。







——骨は——すべて——葬られていた。







——そして——奥の——壁には。






——元の——名が——残されていた。








「——これは——消さないんですか」







——誠が——尋ねると。






——ルカは——首を——振った。








「——消しません」






「——なぜだ」






「——あの、人たちが——彫ったからです」








「…………」







「——僕たちが——写したのは——写しです」







——ルカは——静かに——言った。







「——本物は——ここです」








「…………」







——誠は。






——壁に——手を——当てた。







——三十年——前の——手が——彫った——文字。







——最後の——ほうは——線が——震えていた。








「…………」







「——ルカ」






「——はい」






「——百八十八人は——どうする」








「…………」







——ルカは。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——空けておきます」







「——空けて?」






「——石を——百八十八枚——嵌めます」








——ルカは——静かに——言った。







「——何も——彫らずに」








「…………」







「——師匠が——三十年——前に——言ったんです」







——ルカは——微笑んだ。







「——"名前が——分からない——人の——ために——空けておく"」






「——"いつか——思い出す——人が——いるかも——しれない"」








「…………」







——誠は。






——深く——息を——吐いた。








「——お前——本当に——覚えてるな」






「——書いてありますから」









## 報告






——工房に——戻ると。






——一色が——待っていた。








「——誠——!!」






「——どうしました」






「——網が——できたわ——!!」








「——本当ですか——!?」






「——二万枚——!!」








——一色は——興奮していた。







「——それと——鉄も——足りたわ——!!」








「——早すぎませんか——!!」






「——十万——おるからな——!!」








——ウーが——けろり、と——言った。







「——それに——弓が——三百に——なった——!!」








「——三百——!?」







——誠が——目を——見開いた。







「——百五十三——だったのに——!!」






「——建てた」








「…………」







「——では——次は」







——一色が——表を——指した。








*——的の——形成*








「——いよいよ——ですね」






「——ええ」








「——ヒカルさんに——お願いします」









## 網






——打ち上げの——日。







——荒野には——人と——魔物が——並んでいた。








「——三百の——弓——用意——!!」






「——魔術師——千二百——配置——!!」






「——蜘蛛の——皆さん——網の——確認——!!」








「——駄々丸師匠——!!」






「——へえ」








——とん。







——太鼓が——鳴った。







「——点火——!!」








——三百の——弓が——一斉に——放たれた。







——網が——空へ——昇っていく。







「——ヒカルさーん——!!」








——遥かな——上空で。






——四十メートルの——影が——動いた。







「——シュワッ——!!」








——網が——広がっていく。







——ゆっくりと。






——確実に。







——そして——二万枚が——一枚に——繋がった。








『——広がった』







——皆瀬——一号が——伝えた。







「——掛かってますか——!!」








『——待って』








——半刻。







——そして。







『——掛かった』








「——いくつですか——!!」







『——数えてる』








『…………』







『——三百四十』








「——うおおおお——!!」







——荒野が——爆発した。








「——一割——!!」






「——一度で——一割だ——!!」






「——イーッ——!!」








「——一色さん——!!」







——誠が——叫んだ。







「——あと——何回ですか——!!」








「——待って——!!」







——一色が——計算した。







「——十回——!!」






「——期間は——!!」








「——二年——!!」








「…………」







——誠は。






——空を——見上げた。







——見えない——網が——広がっている。







——その——中に——三百四十の——破片。







——神の——身体の——一部。








「——皆瀬さん」







——彼は——地上の——十二番に——言った。







『——なに』






「——神様に——伝えて——ください」








『——なに』






「——"三百四十——拾いました"、って」








『…………』







『——伝えた』








「——返事は」








『…………』







『——"ありがとう"、って』








「…………」







——誠は。






——空を——見上げた。







「——初めてですね」








『——なにが』






「——あの、人が——礼を——言うの」








『…………』







『——まだ——ある』








「——なんですか」








『——"けど——まだ——頼んでへんぞ"、って』








「…………」







——誠は。






——ふと——笑った。








「——僕の——真似ですね」








『——うん』








「——伝えて——ください」







——誠は——微笑んだ。







「——"頼まれなくても——拾います"、って」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「四万六千の名前が、集まった。地下の空洞の壁から三万九千八百十二、赤さんたちが集めた四千、それと三十年分の荷運びの記録から二千余り。……ルカが、"壁じゃ足りません。道にします"、って。石を敷いて、一枚に一人ずつ彫る。広場から地下の空洞まで。……踏むぞ、失礼ではないか、ってミネルさんが言ったけど、ルカは、"逆だと思います。壁だと見に行く人しか見ません。でも道なら毎日通ります。毎日、名前の上を歩きます。忘れられません"、って。……工事が始まった。ウーさんが鑿を握ってた。彫れるんですか、って聞いたら、"ならった"、って。なぜ彫りたいのか聞いたら、"おれが くった"、って。三十年前です、って言ったら、"おぼえてる。かおも。ぜんぶ"、って。……何も言えなかった。隣に座って、一緒に彫った。……反対も、あった。"うちの母の名を、あやつらに彫らせるのか"、って。だから、その方に石を一枚お渡しして、ご自分の手で彫ってもらった。ルカが教えた。……三日後、その方が石を嵌めた。隣がウーさんの彫った石だった。……しばらく見て、"上手いな。お前の字だ。丁寧だ"、って。ウーさんが、"ならった。ルカ"、って。"同じ人か"、"ウ"。……それ以上は、何も言わずに、帰られた。……三年で、四万六千枚の道が、完成した。歩いて半日。……歩いてみたら、速く歩けなかった。名前が目に入るから。ルカが、"狙いです。急いで通れないようにしました。師匠が言ってました。急がせると、いい結果にならない、って"。……あの子、四十一になってた。……空洞の奥の壁は、消さないことにした。"あの人たちが彫ったからです。僕たちが写したのは写しです。本物はここです"、って。……最後の百八十八人は、石を嵌めて、何も彫らずに空けておく。三十年前に僕が言った、"名前が分からない人のために空けておく"、を、あの子が覚えてた。……工房に戻ったら、網ができてた。二万枚。鉄も足りた。弓が三百になってた。十万いるから。……打ち上げた。ヒカルさんが空で網を広げて、二万枚が一枚に繋がった。……三百四十、掛かった。一度で一割。あと十回、二年。……神様に、"三百四十拾いました"、って伝えてもらった。……"ありがとう"、って。初めてです、あの人が礼を言うの。……それから、"けど、まだ頼んでへんぞ"、って。僕の真似です。……"頼まれなくても拾います"、って、返しました。じいちゃん。始まりました」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。四万——六千——枚の——石の道が。




——やがて——世界中から——人が——歩きに——来る——場所に——なることを。


そして——空けられた——百八十八枚の——石が。




——いつ——誰の——手で——埋められるのかも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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