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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第130話「三千四百十二の、名」

名前をつける。





——それは——思ったより——大事に——なった。







「——各里に——二十二ずつ——割り振りました」







——アカリが——帳面を——広げた。







「——百五十三の——里です」








「——一つの——里に——二十二か」






「——多い、ところは——三十——ございます」








「——できるか」







——ミネルが——訝しんだ。







「——分かりません」







——誠は——正直に——言った。







「——でも——お願いしてみます」









——だが——三月、後。






——アカリが——妙な——顔で——現れた。








「——田中様」






「——集まりましたか」






「——集まりましたが」








——彼は——分厚い——束を——置いた。







「——妙な、ことに——なって——おります」








「——妙?」






「——読んで——いただいた、方が——早いかと」









——誠は——束を——めくった。







——そして——動きを——止めた。








*——第一番の里 担当二十二*






*——「ミナ」……三年前に亡くなった娘*





*——「トーマ」……五年前に亡くなった夫*





*——「セイラ」……八歳で亡くなった孫*








「…………」







——誠は。






——手が——止まった。








「——どうした、田中」







——ミネルが——覗き込んで。






——そして——絶句した。








「——これは」






「——全部——そうです」








——アカリが——静かに——言った。







「——百五十三の——里」






「——どこも——亡くなった——方の——名を——書いて——おられます」








「…………」







——工房が。






——静まり返った。








「——誰も——申し合わせて——おらぬのだぞ」







——ミネルが——かすれた——声で——言った。







「——はい」








「——なぜだ」








「…………」







——誠は。






——束を——閉じた。







——そして——ぽつり、と——言った。








「——空に——上げたいんだと——思います」








「…………」







「——壁に——彫るのは——地面です」







——誠は——静かに——言った。







「——でも——月なら——空です」






「——毎晩——見えます」








「…………」







——一色が。






——顔を——背けた。









## 台帳






——ルカが——台帳を——作った。







——三千——四百——十二。







——一つずつ。








*——番号*





*——名前*





*——誰が——つけたか*





*——由来*





*——今——どこに——あるか*





*——大きさ*








「——最後の——二つは——毎日——変わります」







——ルカが——言った。







「——毎日——書くのか——!?」







——ミネルが——驚いた。







「——はい」








「——三千——四百——十二を、か——!?」






「——十三年——追いかけますから」








——ルカは——けろり、と——言った。







「——毎日——書かないと——どこへ——行ったか——分からなく——なります」








「——一人では——無理だぞ」






「——弟子を——取ります」








「——弟子——!?」






「——五十人ほど」








——ルカは——静かに——言った。







「——僕も——いつか——見えなく——なりますから」








「…………」







——誠は。






——弟子を——見た。







——三十八に——なっていた。








「——ルカ」






「——はい」






「——爺さまに——教わった——通りだな」








「——はい」







——ルカは——微笑んだ。







「——"我が——おらぬように——なっても——誰かが——見て——おらねば——ならぬ"、って」









## 網






——一方。






——網の——製作が——始まっていた。








「——二万枚——!!」







——虫人族の——長が——目を——見開いた。







「——できますか」






「——目を——粗くするなら——早いです」








——長は——頷いた。







「——影の——布の——三倍の——速さで——織れます」






「——では——三年で——?」






「——二年で——足ります」








「——早い——!!」







——一色が——飛び上がった。







「——織り手が——八千人——おりますので」








——長は——静かに——言った。







「——三十年——前は——私——一人でした」








「…………」







「——田中様」






「——はい」






「——一つ——申し上げても——よろしいですか」








「——どうぞ」






「——三十年——前」








——長は——ぽつり、と——言った。







「——"手が——足りません"、と——申しました」






「——覚えてます」








「——あの、時」







——長は——顔を——上げた。







「——田中様は——"三人でやりましょう"、と——おっしゃいました」








「——はい」






「——私は——無理だと——思いました」








——長は——静かに——言った。







「——ですが——今——八千人です」








「…………」







「——一族は——三百人しか——おりませんのに」








「…………」







——誠は。






——深く——頭を——下げた。








「——教えて——くださって——ありがとう——ございます」






「——礼は——私が——申し上げます」








——長は——首を——振った。







「——三百年——一人で——織って——おりました」






「——今は——八千人と——織って——おります」









## 神






——そして。






——誠は——地上に——上がった。







——麦茶を——一つ——置いて。








「——神様」







——彼は——空に——呼びかけた。







「——聞きたいことが——あります」








「…………」







——足元で。






——皆瀬が——揺れた。








『——繋がった』







「——ありがとう——ございます」








「——神様」







——誠は——静かに——言った。







「——月を——集めます」






「——十三年——かかります」








『——"聞いとる"』








「——でも——一つだけ——できないことが——あります」







——誠は——続けた。







「——引く——役です」








『…………』








「——お願いできませんか」








『…………』







——長い——沈黙が——あった。







——そして。







『——"できる"』








「——本当ですか——!?」








『——"けどな"』








「…………」







『——"一つ——言うとかなあかん、ことが——ある"』








「——なんですか」








『——"集めたらな"』







『——"ワイは——それに——戻る"』








「…………え?」







——誠が。






——動きを——止めた。








「——戻る、って——どういう——意味ですか」








『——"半分と——一つに——なる、っちゅう、ことや"』








「——それは——いいこと、ですよね」








『——"ええこと、や"』







『——"けどな"』








「…………」







『——"月に——なったら——喋れん"』








「…………」







——誠は。






——空を——見上げたまま。






——動かなかった。








『——"姿も——見せられん"』







『——"麦茶も——飲めん"』








「…………」







『——"消えるわけや——ない"』







『——"そこに——おる"』







『——"けど——ただの——月や"』








「…………」







——長い——沈黙が——あった。







——そして。







『——"それでも——ええか"』








「…………」







——誠は。






——ゆっくりと——座り込んだ。








「——神様」






『——"なんや"』






「——一つ——聞いても——いいですか」








『——"言うてみ"』







「——それ——今——決めましたか」








『…………』








「——それとも——最初から——そのつもりでしたか」








『…………』







——皆瀬が。






——少し——揺れた。








『——"最初から、や"』








「…………」







「——いつからですか」








『——"三十年——前や"』








「…………」







——誠は。






——顔を——覆った。








『——"星喰いを——撃った——日にな"』







——神は——静かに——続けた。







『——"半分——使うた、時に——決めとった"』







『——"いつか——集めて——月に——戻ろう、と"』








「…………」







『——"けど——ワイ——一人では——集められへんかった"』








「…………」







『——"三十年——待っとった"』








「…………」







——誠は。






——長い、こと——動けなかった。







——そして——ようやく——言った。








「——神様」






『——"なんや"』






「——やめましょう」








『…………』








「——え?」







——皆瀬が——訝しんだ。







『——今——なんて?』








「——やめましょう、って——伝えて——ください」







——誠は——静かに——言った。








『…………』







『——"なんでや"』








「——また——一人で——決めてます」








『…………』







「——三十年——前も——そうでした」







——誠は——空を——見上げた。







「——半分を——使う、って——一人で——決めました」






「——僕たち——何も——知りませんでした」








『…………』







「——今度も——同じですか」








『…………』







「——"月に——戻る"、って——三十年——黙ってました」







——誠は——静かに——言った。







「——今——僕が——聞かなかったら」






「——十三年、後に——黙って——戻る——つもりでしたよね」








『…………』








「——嫌です」







——誠は——きっぱりと——言った。








『——"けどな"』







『——"他に——手が——ないやろ"』








「——探します」








『——"また、か"』








「——また、です」







——誠は——微笑んだ。







「——十六年——ありますから」








『…………』







——長い——沈黙が——あった。







——そして。







『——"誠くん"』








「——はい」






『——"お前——ほんまに——変な——男やな"』








「——よく——言われます」








『——"ワイが——月に——戻る、言うたらな"』







——神は——静かに——言った。







『——"普通は——喜ぶんや"』








「…………」







『——"世界が——助かるんやからな"』








「——喜べません」







——誠は——首を——振った。







「——なぜですか」








『——"なんでや"』








「——蕎麦、まだ——一緒に——食べてません」








『…………』








「——三十年——手紙だけです」







——誠は——ぽつり、と——言った。







「——顔も——見てません」






「——そのまま——月に——なられたら——困ります」








『…………』








——長い——沈黙。







——そして。







『——"分かった"』








「——え?」






『——"探せ"』








「——本当ですか——!?」







『——"十六年——待つ"』








——神は——静かに——言った。







『——"見つからんかったら——ワイが——やる"』







『——"それで——ええか"』








「——いいです」







——誠は——深く——頭を——下げた。







「——ありがとう——ございます」








『——"礼は——要らん"』








——神は——ぼそり、と——言った。







『——"それより——一つ——頼みが——ある"』








「——なんですか」








『——"名前な"』








「…………」







『——"破片に——つけとる、やろ"』








「——はい」






『——"見た"』








「…………」







『——"全部——死んだ——人の——名や、ないか"』








「——はい」








『…………』







『——"あれな"』








——神の——声が。






——妙に——かすれていた。







『——"やめてくれ"』








「——え?」






『——"きつい"』








「…………」







『——"ワイの——身体やろ、あれ"』







——神は——ぽつり、と——言った。







『——"そこに——死んだ——人の——名が——ついとる"』






『——"三万——八千——七百、やろ"』








「…………」







『——"全部——ワイの——せいや"』








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——静かに——言った。








「——神様」






『——"なんや"』






「——皆さん——そう——思ってません」








『…………』







「——僕、聞いたんです」







——誠は——束を——広げた。







「——"なぜ——亡くなった——方の——名前を——つけたんですか"、って」








『…………』







「——皆さん——同じことを——言いました」








『——"なんて"』








「——"空に——上げてやりたい"、って」








『…………』







「——"地面に——彫るのは——寂しい"」







——誠は——静かに——言った。







「——"月なら——毎晩——見える"、って」








『…………』







「——恨んでません」







——誠は——空を——見上げた。







「——一緒に——いて——ほしいんです」








『…………』







——長い——沈黙が——あった。







——そして。








『——切れた』







——皆瀬が——ぽつり、と——言った。








「——え?」






『——向こうから——切った』








「——なぜ——ですか」








『…………』







——皆瀬は。






——少し——揺れて。






——そして——言った。








『——泣いてた』








「…………」







——誠は。






——空を——見上げたまま。






——長い、こと——動かなかった。






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「名前が、集まった。三千四百十二。……でも、アカリさんが、"妙なことになっております"、って。……全部、亡くなった方の名前だった。百五十三の里、どこも。誰も、申し合わせてないのに。……なぜか、聞いたら、皆、同じことを言った。"空に上げてやりたい"、"地面に彫るのは寂しい"、"月なら毎晩見える"、って。……ルカが、台帳を作った。番号、名前、誰がつけたか、由来、今どこにあるか、大きさ。最後の二つは毎日変わるから、毎日書く。三千四百十二を。一人では無理だ、って言われて、"弟子を五十人取ります。僕もいつか、見えなくなりますから"、って。……爺さまに、教わった通りです。……網は、二年でできるそうだ。虫人族の長さんが、"影の布の三倍の速さで織れます。織り手が八千人おりますので"、って。三十年前は、一人だった。……長さんが、"あの時、田中様は、三人でやりましょう、とおっしゃいました。私は無理だと思いました。ですが、今、八千人です。一族は三百人しかおりませんのに"、って。……そして、神様に、聞いた。引く役をお願いできませんか、って。……"できる。けどな。集めたら、ワイはそれに戻る"、って。半分と一つになる。……"月になったら喋れん。姿も見せられん。麦茶も飲めん。消えるわけやない。そこにおる。けど、ただの月や"、って。……いつ決めたのか、聞いた。"最初からや。三十年前や。星喰いを撃った日に、決めとった。いつか集めて、月に戻ろう、と。けど、ワイ一人では集められへんかった。三十年、待っとった"、って。……だから、言った。やめましょう、って。……また、一人で決めてます。三十年前も、そうでした。今度も同じですか。今、僕が聞かなかったら、十三年後に、黙って戻るつもりでしたよね、って。……嫌です。探します、って。……"他に手がないやろ"、って言われたけど、十六年、あります。……"ワイが月に戻る、言うたら、普通は喜ぶんや。世界が助かるんやからな"、って。……喜べません。蕎麦、まだ一緒に食べてません。三十年、手紙だけです。顔も見てません。そのまま月になられたら、困ります。……"分かった。探せ。十六年、待つ。見つからんかったら、ワイがやる"、って。……それから、頼みが、あった。破片の名前を、やめてくれ、って。"きつい。ワイの身体やろ、あれ。そこに死んだ人の名がついとる。三万八千七百、やろ。全部、ワイのせいや"、って。……皆さん、そう思ってません、って言った。恨んでません。一緒にいてほしいんです、って。……そしたら、切れた。皆瀬さんが、"向こうから切った"、"泣いてた"、って。じいちゃん。あの人、三十年、一人でした」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「一緒に——いて——ほしいんです」、という——その——一言が。




——四百年——誰にも——言われた、ことの——ない——言葉で——あったことを。


そして——その、夜——遥かな——天で。




——三十年ぶりに——蕎麦を——打った——男が——いたことも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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