第40話「ボンバとの押し問答」
出発して、三日目のことだった。
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「田中、その荷物、随分と、大きいな」
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アルフレートが、誠の背負う、巨大なリュックサックを見て、そう言った。
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「はい……なぜか、僕の荷物、マジックバッグに、入らなかったんです」
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「マジックバッグ、使わなかったのか?」
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「いえ、使おうとしたんですけど……」
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出発前、村長が、餞別にと、貸してくれた「マジックバッグ」——見た目以上の容量を収納できる、いわゆる、四次元ポケットのような魔法の道具だった。
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しかし、誠が、荷物を入れようとした瞬間——
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「あれ……入らない……」
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どういうわけか、誠の持ち物は、そのバッグに、一切、収まらなかった。祖父のノートも、乾燥薬草も、保存食も、まるで、見えない壁に阻まれるかのように、弾かれてしまうのだ。
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「不良品、なんですかね」
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村長に確認したところ、「今まで、そんなことは、一度もなかった」と、困惑された。
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結局、誠は、通常の大きなリュックサックに、必要な荷物を、すべて詰め込むしかなかった。
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一方、アルフレートは——
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「私の荷物は、これだけだ」
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腰に下げた、小さなポーチ一つ。剣も、着替えも、野営道具も、すべて、そのポーチの中に、難なく収まっていた。
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「アルフレート様は、身軽ですね……」
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誠は、重いリュックを背負いながら、羨望の眼差しを向けた。
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「田中の荷物、なぜ、入らないのだろうな」
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「魔力の相性、とか、あるんですかね……」
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「もしかしたら、田中の膨大な魔力が、逆に、収納魔法と、干渉しているのかもしれん」
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「またですか……」
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誠は、深く、ため息をついた。魔法学院での一連の出来事を、思い出さずにはいられなかった。
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道中、二人は、幾度となく、魔物と遭遇した。
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「田中、そこの木の陰に、隠れていてくれ」
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アルフレートが、そう指示を出す度に、誠は、素直に従った——つもりだった。
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しかし、荷物の重さのせいで、思うように動けず、何度も、魔物の注意を、うっかり引いてしまうことになった。
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「うわっ!」
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誠が、重いリュックのバランスを崩し、転んだ拍子に、近くにいた狼型の魔物が、こちらに気づいてしまう。
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「な、なんだ……!」
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案の定、その狼は、誠と目が合った瞬間——赤く目を光らせ、みるみるうちに、体を膨れ上がらせていった。
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「また、これか……!」
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「田中、下がっていろ!」
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アルフレートが、素早く前に出て、覚醒した狼を、瞬く間に斬り伏せた。
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「た、助かりました……」
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「田中の、この体質……本当に、油断ならんな」
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「すみません……」
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こうした一幕が、道中、何度も繰り返された。
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「田中、大丈夫か。随分と、疲れているようだが」
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「荷物が、重くて……」
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「よければ、少し持とうか」
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「いえ、大丈夫です。これくらいは……」
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誠は、意地を張りながらも、重いリュックを背負い直し、なんとか、歩みを進めた。
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五日目、ようやく、二人は、森の奥深く、これまでとは明らかに異なる、神秘的な雰囲気を纏う一角に、辿り着いた。
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「ここが……妖精族の森、ですか」
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木々の間から、淡い光が差し込み、辺り一面、幻想的な空気に包まれていた。
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「ああ。ここから先は、より一層、慎重に進む必要がある」
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森の入り口には、一体の、見慣れない小さな生物が、待ち構えていた。
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丸い体、大きな目、そして、どこか、間の抜けたような、しかし、威圧感のある佇まい。
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「止まれ。ここから先は、我らが一族の領域である」
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その生物——名を「ボンバ」というらしい——が、そう告げた。
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「私は、勇者アルフレート。以前、一度、この森を訪れたことがある」
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「アルフレート……名前だけでは、通行の許可は、出せぬ」
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「困りましたね」
誠が、小声で呟いた。
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「以前来た時とは、違う守衛のようだ」
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「我は、いかなる者にも、容易に道を譲らぬ。まずは、問答に、応じよ」
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ボンバが、そう、宣言した。
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「問答、ですか」
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「然り。我が問いに、正しく答えられなければ、通すことは、まかりならぬ」
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「では、参る」
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ボンバが、目を細め、問いを発した。
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「木の中で、最も、静かなるものは、何か」
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「……木の中で、最も静かなもの、ですか」
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誠は、少し、考え込んだ。
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「あの、もしかして……年輪、でしょうか。中に刻まれた時間は、音を立てませんから」
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ボンバの目が、微かに、動いた。
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「……悪くない、答えだ。だが、まだ、完全ではない」
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「え……」
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「次の問いだ。水は、なぜ、方円の器に従うのか」
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「これは……」
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誠は、祖父の言葉を、思い出しながら、慎重に答えた。
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「水は、争わないからだと、思います。器の形に、逆らわず、寄り添うことで、どんな場所にも、収まることができる」
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「ふむ……」
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ボンバは、少し、唸るような声を漏らした。
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「そちらの答えは、及第点、といったところか。しかし、まだ、通行の許可を出すには、至らぬ」
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「まだ、駄目なんですか……」
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誠は、思わず、肩を落とした。
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「アルフレート様、これ、どのくらい、続くんでしょうか」
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「以前来た時も、随分と、長く問答をした記憶がある」
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「そう、ですか……」
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その後も、ボンバとの問答は、延々と続いた。
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「風は、なぜ、目に見えぬのに、存在すると分かるのか」
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「炎は、なぜ、上へと、向かうのか」
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「言葉とは、何のために、あるのか」
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誠は、一つ一つ、丁寧に、時に、祖父の教えを思い出しながら、答えていった。
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一時間近くが経過した頃、ボンバの態度に、ようやく、変化が見え始めた。
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「……ふむ。そなたの答えには、机上の知識ではなく、生きる中で得た、確かな実感が、宿っておるようだ」
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「え……」
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「よかろう。今宵は、そなたらを、村への滞在を、許可しよう」
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「ほ、本当ですか……!」
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誠は、思わず、安堵の声を上げた。
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「ただし、これは、あくまで、一時の滞在の許可に過ぎぬ。我らが村長との対面は、また、別の話だ」
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「わかりました」
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ボンバに案内され、二人は、森のさらに奥へと、進んでいった。
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やがて、木々の合間に、光り輝く、幻想的な集落が、姿を現した。
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「これは……」
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誠は、その美しさに、思わず、息を呑んだ。
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集落の奥から、一人の、優雅な装いをした人物——妖精族の長らしき者が、姿を見せた。
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「よくぞ、参られた。ボンバの問答を、突破するとは、久方ぶりのことです」
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「お邪魔します。私は、勇者アルフレート。こちらは……」
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「田中誠と、申します」
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長は、しばらく、二人を、興味深げに見つめた後、静かに、告げた。
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「今宵は、我らの村にて、ゆるりと、お休みください。詳しいお話は、明日、改めて、伺いましょう」
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こうして、誠とアルフレートは、妖精族の集落での、一夜を過ごすことになった。
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「田中、今日は、随分と、疲れただろう」
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宿泊のために用意された、小さな家屋の中で、アルフレートが、労うように、そう言った。
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「はい……荷物の重さと、ボンバさんの問答で、正直、へとへとです」
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「よく、頑張ったな」
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その夜、誠は、重いリュックから、祖父のノートを取り出し、こう書き加えた。
「妖精族の森に、ようやく辿り着いた。マジックバッグに荷物が入らなかったせいで、重いリュックを、ずっと背負う羽目になった。それに、道中、何度も、モンスターを覚醒させてしまった。ボンバという門番との問答も、大変だったけど、なんとか、一晩、泊めてもらえることになった。じいちゃん、明日は、どんな出会いが、待っているんだろう」
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窓の外には、これまでとは違う、幻想的な光を放つ、二つの月が、静かに浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。この妖精族の集落に、本当に、かつての同級生が、暮らしているのかどうか。
そして、明日の対面が、これまでの再会とは、また違った、思いがけない形で、展開していくことになることも——今はまだ、知る由もなかった。




