第39話「妖精の森へ」
皆瀬から、その話を聞いたのは、細菌族の集落を訪れた、ある日のことだった。
⸻
「田中くん、そういえば、最近、耳にした噂なんだけど」
⸻
皆瀬が、ふと、思い出したように、切り出した。
⸻
「妖精族の森に、人間くさい振る舞いをする個体がいる、って話、聞いたことない?」
⸻
「妖精族……?」
誠は、初めて聞く種族の名前に、首を傾げた。
⸻
「うちの一族と、時々、交易のある種族なの。滅多に人前には出てこない、閉鎖的な一族らしいんだけど……」
⸻
「そこに、また、同級生が……?」
⸻
「かもしれない、っていう、噂の段階だけどね」
⸻
⸻
「でも、妖精族って、どこにいるんだ?」
⸻
「それが、はっきりしないの。森の奥深く、限られた者しか、辿り着けない場所にあるらしくて」
⸻
誠は、少し、考え込んだ。
⸻
「誰か、詳しい人に、聞いてみるしかないな」
⸻
⸻
村に戻った誠は、この話を、エリナに相談した。
⸻
「妖精族の森、ですか。私も、聞いたことがないですね」
⸻
「誰か、知ってそうな人、いないかな」
⸻
エリナは、少し、考えてから、はっと、顔を上げた。
⸻
「アルフレート様なら、ご存知かもしれません」
⸻
「アルフレート様が?」
⸻
「はい。勇者様は、この国の様々な土地を、巡っていらっしゃいますし、伝説級の存在として、色々な種族とも、繋がりがあると聞きます。妖精族のような、閉鎖的な一族のことも、もしかしたら」
⸻
「それは……確かに、聞いてみる価値がありそうだ」
⸻
⸻
数日後、誠は、村を訪れたアルフレートに、思い切って相談を持ちかけた。
⸻
「アルフレート様、一つ、お伺いしたいことがあるんですが」
⸻
「なんだ、田中」
⸻
「妖精族という種族について、何か、ご存知ないでしょうか」
⸻
アルフレートは、少し、驚いた様子を見せた。
⸻
「妖精族……珍しい名を、出すな」
⸻
「ご存知、なんですか」
⸻
「一度だけ、彼らの森を、訪れたことがある。とはいえ、あの一族は、極めて閉鎖的でな。よほどの信頼がなければ、森に足を踏み入れることすら、許されない」
⸻
⸻
「実は、その森に、僕の、昔の知り合いが、いるかもしれないんです」
⸻
誠は、これまでの経緯——同級生たちが、この世界の様々な種族に紛れ込んでいること——を、簡単に説明した。
⸻
「なるほど……。田中の、あの、不思議な"繋がり"の力は、相変わらずのようだな」
⸻
アルフレートは、少し、感心したように頷いた。
⸻
「よし、田中。私が、案内しよう」
⸻
「いいんですか?」
⸻
「あの森に、私一人で赴くよりも、田中がいた方が、あるいは、良い結果に繋がるかもしれん」
⸻
⸻
こうして、誠とアルフレートは、共に、妖精族の森を目指すことになった。
⸻
⸻
「田中さん、また、旅立たれるんですね」
⸻
エリナが、荷造りをする誠を、少し、寂しげに見つめた。
⸻
「今回は、アルフレート様も、一緒だから、大丈夫だと思う」
⸻
「気をつけて、行ってきてくださいね」
⸻
「ああ」
⸻
誠は、いつも通り、旅の準備を、丁寧に整えていった。祖父のノート、乾燥させた薬草、保存食、そして、これまでの経験で覚えた、応急処置の道具一式。
⸻
⸻
「田中さん、これ、持っていってください」
⸻
エリナが、道中の食事にと、手作りの携行食を、包んで渡してくれた。
⸻
「ありがとう、エリナさん」
⸻
「妖精族の森は、人間の食べ物が、通用するかも、分かりませんから。念のため、多めに用意しておきました」
⸻
「相変わらず、気が回るね」
⸻
⸻
「田中殿」
竜崎からも、旅立ちの前に、連絡があった。
⸻
「妖精族の森は、俺の団でも、聞いたことがある。魔物避けの結界が、独特らしいから、気をつけてくれよ」
⸻
「情報、助かるよ」
⸻
「もし、何かあったら、いつでも呼んでくれ」
⸻
⸻
「田中よ」
黒崎からも、餞別代わりに、一つの助言が届いた。
⸻
「妖精族というのは、我が魔導の書物にも、時折、記述がある。彼らは、"言葉遊び"を、好む種族だという。もし、対面が叶ったなら、少し、洒落た言い回しを、心がけると良いかもしれんぞ」
⸻
「言葉遊び、か……」
誠は、その助言を、心に留めた。
⸻
⸻
出発前夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「妖精族の森に、また、同級生がいるかもしれないという話を聞いた。アルフレート様が、案内してくれることになった。今度は、どんな再会が、待っているんだろう。じいちゃん、俺の旅は、まだまだ、続きそうだよ」
⸻
窓の外、二つの月が、これから始まる旅路を、静かに見守っているようだった。
⸻
⸻
翌朝、誠とアルフレートは、村人たちに見送られながら、妖精族の森へと、出発した。
⸻
「田中、頑張ってこいよー!」
⸻
「また、お土産話、聞かせてくださいね!」
⸻
村人たちの声援を背に、誠は、旅の第一歩を、踏み出した。
⸻
まだこの時の誠は知らない。この妖精族の森で、これまで以上に、思いがけない再会と、そして、試練が、待ち受けていることを。
そして、この旅が、この後の物語における、重要な転機の一つになることも——今はまだ、知る由もなかった。




