第38話「暇な神様」
天界サポートセンターの一件から、数日後。
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「皆瀬、聞いてくれ。実は、変な話があってさ」
誠は、湿地の集落を訪れた際、その"神様事件"を、皆瀬に話して聞かせた。
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「トイレで、レベルアップの通知……?」
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霧——今では、ぷるぷると震える、確かな輪郭を持つ皆瀬——が、驚いたように揺れた。
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「関西弁の、妙に軽い口調の神様でな。三十分くらい、色々説明されて、最後に、レベル2になったって」
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「レベル、2……随分、控えめね」
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「だよな……」
誠は、少し、遠い目をした。
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「田中くん、それ、私も、似たような経験、あるよ」
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「え、皆瀬もか?」
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「うん。でも……多分、私の方が、ひどいと思う」
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皆瀬の声には、どこか、諦めにも似た響きが、滲んでいた。
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「私の場合、必ず、トイレ——というか、集合体の一部を、水場で"整理"してる時に、来るの」
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「整理、っていうのは……」
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「まあ、人間で言う、トイレみたいなもの、かな。とにかく、そのタイミングを、狙ったように、来る」
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「聞いて。この前の、来訪は、こんな感じだったの」
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皆瀬は、少し、うんざりしたような調子で、語り始めた。
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「──ピンポンパンポーン。こちら天界サポートセンターでございます。担当の神でおます。」
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「同じ神様、なのか……?」
誠は、思わず、口を挟んだ。
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「多分、同じだと思う。話し方が、そっくりだから」
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「お忙しいところ誠に恐縮なんでっけど、ただいま天界では、比較的、時間に余裕がございましてなぁ。せやさかい、ちょっと、お話しさせてもろてもよろしいでっか?」
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「断る間もなく、喋り始めたの」
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「まず、結論から申し上げますと、結論を急ぐのは、ようありません。何事にも、前置き、いうもんがありますさかい。前置き、いうたら、昔々、わてが、まだ下っ端の神やった頃でんなぁ……」
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「そこから、延々と」
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皆瀬は、疲れたように、続けた。
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「雲の湿度の話、雷の配線工事の話、最近の天使の若者は挨拶せえへんっていう愚痴、竜と龍の違いについての持論、天界食堂のうどんは三百年前の方がうまかったっていう昔話……」
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「それ、全部、聞かされたのか」
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「三十分、まるまる」
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「……ほんで、本題なんでっけどな。」
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「やっと本題か、と思ったの」
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「いや、本題いうても、特に、用事はおまへん。」
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「え?」
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「いやぁ、今日は暇やったもんで。最近あんさん、頑張ってはるなぁ、思うて、ちょっと、声かけただけですわ。」
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「それだけ、か」
誠は、なんとも言えない表情になった。
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「それだけ、いうたら、語弊がありますな、って。あと二、三十分ほど、人生について、お話しできますけど、って続けられて」
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「それで?」
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「全力で、通信を切った」
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「切れるのか、あれ」
誠は、少し、驚いた。
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「切れるみたい。でも……」
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皆瀬は、少し、疲れたように、震えた。
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「翌日も、翌々日も、来るの」
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「ピンポンパンポーン。本日は、"運"について、二時間ほど、お時間、よろしいでっか?」
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「二時間……」
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「天界は、どうやら、本当に、暇らしいの」
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誠は、しばらく、言葉を失っていた。
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「田中くんは、まだ、マシな方だと思う。私なんて、ほぼ、毎日、来るようになった」
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「毎日……」
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「最近は、もう、来訪の予定を、先に聞くようにしてる。『次は、いつ来ますか』って」
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「それは……もう、諦めてるのか」
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「諦めというか……付き合うしか、ないのかな、って」
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「その神様、他にも、誰かのところに、行ってるのかな」
誠が、ふと、疑問を口にした。
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「かもしれない。今度、竜崎くんや、黒崎くんにも、聞いてみたら?」
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「そうだな……」
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その後、誠は、竜崎や黒崎にも、この話を尋ねてみることにした。
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「田中、それ、俺のところにも、たまに来るぞ」
竜崎が、少し、疲れた顔で答えた。
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「え、竜崎のところにも!?」
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「ああ。俺の場合、決まって、風呂に入ってる時にな。『今日は、"筋力"について語りまっせ〜』とか、延々と、話してくる」
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「我のところにも、来るぞ」
黒崎も、うんざりした様子で頷いた。
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「『闇の力について、語り合いまへんか』とか、無駄に、こっちの厨二病設定に、乗ってくるんだ。あれは、正直、心が折れる」
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「みんな、同じ神様に、悩まされてるのか……」
誠は、深く、頷いた。
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「でも、なんか、少し、安心したかも」
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「安心?」
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「一人だけじゃないんだって、分かって」
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その日の夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「皆瀬たちも、同じ神様に、悩まされているらしい。関西弁で、暇な時に、延々と雑談をしてくる神様。皆、それぞれの場所で、同じように、この不思議な存在に、振り回されているんだと思うと、なんだか、おかしくなった。じいちゃん、この世界には、こんな、変わった神様も、いるみたいだよ」
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窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。この「暇な神様」からの、脈絡のない来訪が、この後も、シリーズを通じて、不定期に——そして、決まって、皆が、最も無防備な瞬間に——続いていくことになることを。
そして、この神様の、一見、無駄話にしか思えない雑談の中に、時折、思いがけない、重要な示唆が、紛れ込んでいることに、誰も、まだ、気づいていなかった。




