第37話「天界サポートセンター」
無詠唱魔法封印から、数日が過ぎた。
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誠は、まだ、魔法学院に、いくつかの手続きの残務処理で、通っていた。
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「田中殿、今日で、一通りの検証は、終わりだ。長い間、付き合わせてしまって、すまなかったな」
学院長が、そう労いの言葉をかけてきた。
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「いえ、色々な発見が、ありましたので」
誠は、静電気除去、涼風、そして水生成(封印済み)という、地味な生活魔法の数々を思い返しながら、そう答えた。
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その帰り際、誠は、学院の共同トイレに立ち寄った。長時間の検証で、随分と体が、我慢の限界に近づいていたのだ。
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「ふぅ……」
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個室に入り、誠は、ようやく一息ついた。
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その時だった。
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「おお、聞こえまっか〜」
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「……え?」
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誠は、思わず、周囲を見渡した。誰もいない。しかし、声は、確かに、頭の中に、直接、響いていた。
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「天界サポートセンターでございます。担当の神でおます」
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「か、神様……?」
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誠は、踏ん張っていた体勢のまま、固まった。
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「まず最初に、本人確認でっけど。勇者番号と、冒険開始日を……」
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「え、あの、僕、勇者じゃ……」
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「いや、確認できましたわ。ほな、正式な手続きに、入りまっせ」
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誠の困惑を、まるで無視するように、声は、淡々と、しかし、なぜか、妙に軽妙な調子で、続いていった。
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「今回の経験値は、予定より、多めに、入りましてな。レベルが、一つ、上がりました。拍手〜」
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「え、レベル……?」
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誠は、この状況で、一体何が起きているのか、全く理解できないまま、話を聞き続けるしかなかった。
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「能力値も、上がってます。力が、ちょっと、素早さも、そこそこ、運は……まあ、ぼちぼちでんな」
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「ぼちぼち、って……」
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「ええことばっかり、おまへんで。次から、必要経験値は、増えますさかい、泣き言、言うても、受け付けまへん」
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(こんな時に……! せめて、もっとちゃんとした場面で、来てほしかった……!)
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誠は、内心で、切実に、そう思った。しかし、踏ん張っている体勢のまま、動くことも、ままならなかった。
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「あの、これ、今、じゃないと、駄目なんでしょうか……」
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「なお、本日のレベルアップには、天界利用規約、第八条『努力した者には、ご褒美を与える』が、適用されております」
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誠の問いは、完全に、無視された。
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「異議申し立ては、七営業日以内に、お願いします……いうても、神相手やから、勝てまへんけどな」
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「そう、ですよね……」
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誠は、既に、この状況に対して、抗う気力を失っていた。
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「ほな、これからも、死なん程度に、頑張っておくんなはれ。応援してまっせ〜」
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声は、そう言い残すと、ふっと、消えた。
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「……終わった、のか?」
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誠は、しばらく、個室の中で、放心状態のまま、座り込んでいた。
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気づけば、既に三十分以上が経過していた。
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「田中殿? 大丈夫か? 随分と、長いようだが」
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トイレの外から、心配そうな学院長の声が聞こえてきた。
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「あ、はい……大丈夫です……多分」
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誠は、ようやく、我に返り、慌てて個室を出た。
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「田中殿、顔色が、優れないようだが」
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「あの、学院長。今、その……神様から、連絡が来まして」
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「神様、から?」
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学院長が、目を丸くした。
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「はい。レベルが上がった、と。天界サポートセンター、とか、名乗ってました」
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「そ、それは……!」
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学院長の顔色が、一変した。
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「田中殿、それは、極めて、重大な事象だ! 神々からの、直接の御告げなど、歴代の勇者にすら、そう頻繁にあることではない!」
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「そう、なんですか……」
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「して、どのような、内容だったのだ!」
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誠は、少し、言いにくそうに、口を開いた。
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「その……レベルが、1上がって、2になったそうです」
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「レベル、2……?」
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学院長の表情が、微妙に、曇った。
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「それは……その、随分と、控えめな数字、だな」
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「はい。あと、力がちょっと、素早さもそこそこ、運は……ぼちぼち、上がったらしいです」
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「ぼちぼち……」
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「学院長、これって、普通、どのくらいのペースで、上がるものなんですか」
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誠は、素朴な疑問を、投げかけた。
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学院長は、少し、言葉を選びながら、答えた。
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「一般的な冒険者であれば……初心者の討伐でも、もう少し、まとまった経験値が入るのが、通例だが」
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「ということは……」
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「田中殿の場合、これまでの、竜の足止め、ゴブリンの群れの一件、疫病の対応……あれだけの功績を積みながら、レベルが2、ということは……」
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「必要経験値が、恐ろしく、高い設定になっている、ということなのだろう」
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「つまり……」
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「レベル3に到達するまでには……相当な、道のりが、必要になるだろうな」
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誠は、深く、ため息をついた。
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「あの、七営業日以内に異議申し立て、っていうのも、言ってたんですが……」
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「神相手に、異議申し立てなど、聞いたことがない。おそらく、形式的な文言だろう」
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「ですよね……」
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村に戻った誠は、この一件を、エリナに話した。
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「トイレで、神様から、レベルアップの連絡……ですか」
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エリナは、しばらく、何とも言えない表情で、誠を見つめた。
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「田中さんは、本当に、大事なことが、いつも、変なタイミングで起こりますね」
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「自分でも、そう思います……」
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「にしても、レベル2、ですか」
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エリナは、少し、笑いを堪えるように言った。
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「あれだけ、色んなことをされてきたのに」
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「本当に、その通りです……」
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誠は、力なく、肩を落とした。
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「学院のトイレで、用を足している最中に、神様から、レベルアップの通知を受けた。関西弁の、妙に軽い口調の神様だった。レベルは2になったらしい。あれだけ色々やってきて、まだレベル2らしい。次のレベルアップまで、一体、どれだけかかるんだろう。じいちゃん、俺は、こんなことでも、素直に喜んでいいのか、分からないよ」
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窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。この「天界サポートセンター」からの連絡が、この後も、不定期に——そして、決まって、誠が最も無防備な瞬間に——届き続けることになることを。
そして、レベル3への道のりが、想像を絶するほど、遠いものであることも——今はまだ、知る由もなかった。




