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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第120話「ハラムの、里」

翌朝。





——誠は——荷を——まとめていた。







「——師匠。本当に——行くんですか」







——ルカが——尋ねた。







「——行く」






「——遠いですよ」








「——藤原さんに——お願いした」







——誠は——荷を——背負った。







「——半日で——着くそうだ」








「——僕も——行きます」






「——駄目だ」








——誠は——首を——振った。







「——お前は——空を——見なきゃ——ならん」






「——一日くらい——!」








「——ルカ」







——誠は——弟子を——見た。







「——空見の——爺さまは——四年——一日も——休まなかった」








「…………」







——ルカは。






——うつむいて。






——そして——帳面を——抱え直した。








「——分かりました」






「——気を——つけて」









——藤原の——背に——乗って。






——一行は——飛んだ。







——誠。





——一色。





——駄々丸。





——そして——ゴードン。








「——ゴードンさん。里まで——どうやって——来たんですか」







——誠が——尋ねると。






——ゴードンは——ぼそり、と——答えた。








「——歩いた」






「——歩いた——!?」








「——四十日、かかった」







——ゴードンは——けろり、と——言った。







「——夜しか——歩けんからな」








「…………」







——誠は。






——言葉が——出なかった。








「——なぜ——来たんですか」







「——噂を——聞いた」








——ゴードンは——遠くを——見た。







「——"空に——影を——作った——者が——おる"、と」






「——なら——うちにも——作って——もらえるかも——しれん、と——思うた」








「…………」







「——里の——者に——止められた」







——ゴードンは——ぼそり、と——続けた。







「——"死ぬぞ"、と」






「——だが——待って——おっても——死ぬからな」








「…………」









——眼下の——景色が——変わっていった。







——影の——帯を——抜けると。







——世界は——白く——なった。








「……なんですか——これ」







——誠が——呟いた。







「——灼けとるんや」








——藤原が——低く——言った。







「——土が——焼けて——白う——なっとる」






「——草は——一本も——生えへん」








「…………」







——一色が。






——口を——押さえていた。







「——私、知らなかった」






「——計算では——見てたのに」








「——数字と——現地は——違いやすからね」







——駄々丸が——静かに——言った。









——半日、後。






——ハラムの——里に——着いた。







——いや。







——里は——地上には——なかった。








「——下だ」







——ゴードンが——岩の——裂け目を——指した。







「——洞穴、ですか」






「——うむ」









——降りると。






——暗く——狭い——空間に。






——人が——ひしめいていた。








「——ゴードン——!!」







——一人の——老女が——駆け寄った。







「——生きて——おったのか——!!」






「——ああ」








「——四十日——帰らんから——死んだと——思うて——!!」







——老女は——泣いていた。








「——連れて——きた」







——ゴードンが——後ろを——指した。







「…………」







——洞穴が。






——静まり返った。








「——初めまして」







——誠が——頭を——下げた。







「——田中誠と——申します」






「——八百屋を——やっております」








「…………」







——誰も——答えなかった。







——皆——痩せていた。






——そして——皆——誠を——じっと——見ていた。








「——八百屋?」







——ようやく——一人が——言った。







「——なぜ——八百屋が——来る」








「——遅れました」







——誠は——深く——頭を——下げた。







「——二十年——遅れました」








「…………」









——洞穴の——中を——見せて——もらった。







——広さは——地下の——一つの——層の——十分の一も——ない。






——そこに——三百人が——住んでいた。








「——水は」






「——奥の——湧き水だ」






「——飯は」






「——苔と——虫だ」








「…………」







——一色が。






——顔を——背けた。








「——二十年——これで——ですか」






「——うむ」








「——何人——いましたか」







——誠が——尋ねると。






——老女が——ぽつり、と——答えた。








「——最初は——千二百」








「…………」







——誠は。






——その場に——立ち尽くした。








「——九百」






「——九百——死んだんですか」








「——うむ」








「…………」







——駄々丸が。






——黙って——煙管を——しまった。









——その、夜。






——誠は——洞穴の——外に——出た。







——空には——太陽が——ある。







——夜が——来ない。







——影が——ない、から。








「……ここは——まだ」







——誠は——呟いた。







「——二十年——前の——ままなんだ」








「——旦那」







——駄々丸が——隣に——立った。







「——泣きなせェ」








「——泣きません」







——誠は——首を——振った。







「——なんでで?」








「——僕が——泣いたら」







——誠は——洞穴の、方を——見た。







「——あの——人たちが——気を——遣います」








「…………」







——駄々丸は。






——長い、こと——黙って。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——旦那は——ずるうござんすね」






「——なぜですか」






「——自分に——泣く、ことも——許さねェ」








「…………」









——翌朝。






——誠は——洞穴の——中央に——立った。








「——皆さん」







——三百人が——顔を——上げた。







「——お願いが——あります」








「——なんだ」






「——お名前を——教えて——ください」








「…………は?」







——洞穴が。






——妙な——空気に——なった。








「——名前?」






「——はい」








「——それが——何に——なる——!」







——若い——男が——立ち上がった。







「——飯を——くれ——! 水を——くれ——! 影を——くれ——!」






「——名前など——聞いて——どうする——!!」








「——飯は——持ってきました」







——誠が——荷を——下ろした。







「——芋が——三百——分です」






「——それと——藤原さんが——明日——もう——三千——運んで——きます」








「…………」







「——影も——作ります」







——誠は——続けた。







「——弓を——一本——ここに——立てます」






「——一年——かかります」








「——一年——!?」






「——すみません。それが——一番——早いです」








「…………」







「——それで——名前です」







——誠は——帳面を——開いた。







「——なぜ——名前が——要る——!」








——誠は。






——しばらく——考えて。






——そして——言った。








「——僕、二十年——ここに——来ませんでした」








「…………」







「——なぜかと——いうと」







——誠は——静かに——言った。







「——ここに——人が——いると——思ってなかったからです」








「…………」







「——地図の——上では——見てました」






「——"この、あたりにも——里が——ある"、と」







「——でも——それは——地名です」






「——人では——ありませんでした」








「…………」







——洞穴が。






——静まり返った。








「——だから——名前を——聞きます」







——誠は——顔を——上げた。







「——三百人——全部——聞きます」






「——そうしたら——僕、もう——忘れられません」








「…………」







——若い——男は。






——立ったまま——動かなかった。







——そして。







——ぽつり、と——言った。








「——ネイル」








「——え?」






「——俺の——名だ」








「——ネイルさん」







——誠は——帳面に——書いた。







「——ありがとう——ございます」








「…………」







——そして。







——次々と——手が——挙がった。








「——マーサだ」





「——ヨナ」





「——うちの——子は——テオ、って——いいます」








「——待って——ください——! 書きます——!」







——誠が——必死に——ペンを——走らせた。







「——ゆっくり——お願いします——!」








「——旦那。手が——足りやせんね」







——駄々丸が——帳面を——取り出した。







「——あっしも——書きやしょう」






「——私も」








——一色も——加わった。









——半日、かけて。






——三百の——名が——書き取られた。








「——終わりました」







——誠が——帳面を——閉じた。







「——それで——どうする——!」







——ネイルが——尋ねた。








「——貼り出します」







「——どこに——!」






「——全部の——町に」








——誠は——きっぱりと——言った。







「——"ハラムの——里に——三百人——おられます"、と」






「——名前を——全部——書いて——貼ります」








「——なぜ——そんなことを——!」








「——そうしないと——皆——忘れるからです」







——誠は——静かに——言った。







「——僕みたいに」








「…………」









——帰りの——空で。







「——誠」







——一色が——口を——開いた。







「——はい」






「——あなた——分かってる?」








「——何が——ですか」






「——赤い——里は——七番目までじゃ——ないのよ」








——一色は——低く——言った。







「——衛星で——数えたら——百を——超えてるわ」








「——知ってます」






「——全部——回るの?」






「——回ります」








「——十八年——しかないのよ——!」







——一色が——声を——荒らげた。







「——衛星も——上げなきゃ——ならない——!」






「——弓も——回さなきゃ——ならない——!」






「——あなたが——里回りに——時間を——使ったら——!」








「——一色さん」







——誠が——遮った。







「——星を——救って——何を——するんでしたっけ」








「…………」







——一色が。






——固まった。








「——十八年——後に——星が——助かって」







——誠は——静かに——言った。







「——その、時に——ハラムの——里が——空だったら」







「——僕たち——何を——救ったんでしょうか」








「…………」







——一色は。






——長い、こと——黙って。






——そして——深く——息を——吐いた。








「——分かったわ」






「——一色さん」






「——ただし——条件が——ある」








——彼女は——顔を——上げた。







「——あなた——一人で——回らないで」








「——え?」






「——百を——超えるのよ」








——一色は——きっぱりと——言った。







「——あなた——五十七でしょう」






「——保たないわ」








「…………」







「——手分けするのよ」







——一色は——言った。







「——名前を——聞きに——行く——人を——増やすの」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——笑った。








「——一色さん」






「——何?」






「——それ——僕が——言おうと——してました」








「——先に——言ったわ」






「——ありがとう——ございます」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「ハラムの里に、行った。藤原さんに乗せてもらって、半日。ルカは、置いてきた。空を見なきゃ、ならないから。……ゴードンさんに、どうやって来たのか聞いたら、"歩いた。四十日、かかった。夜しか歩けんからな"、って。……里の者に、"死ぬぞ"、と止められたけど、"待っておっても死ぬからな"、って。……影の帯を抜けたら、世界が、白かった。藤原さんが、"土が焼けて白うなっとる。草は一本も生えへん"、って。一色さんが、"私、知らなかった。計算では見てたのに"、って。駄々丸さんが、"数字と現地は、違いやすからね"、って。……里は、地上じゃ、なかった。岩の裂け目の下。狭い洞穴に、三百人。水は湧き水、飯は苔と虫。二十年、それで。……何人いたか聞いたら、"最初は千二百"、って。……九百、死んでた。……夜、外に出た。太陽が、ある。夜が来ない。ここは、二十年前の、ままだった。駄々丸さんに、"泣きなせェ"、って言われたけど、泣かなかった。僕が泣いたら、あの人たちが、気を遣う。……"旦那は、自分に泣くことも許さねェ"、って、言われた。……翌朝、皆に、お願いした。"お名前を教えてください"、って。若い人が、"飯をくれ、水をくれ、影をくれ。名前など聞いてどうする"、って、怒った。飯は持ってきたし、藤原さんが明日、三千運ぶ。弓も一本、立てます。一年かかりますけど。……それで、名前です、って言った。なぜ要るのか聞かれたから、答えた。僕、二十年、ここに来なかった。なぜかというと、ここに人がいると、思ってなかったから。地図の上では見てた。でも、それは地名で、人じゃ、なかった。……だから、名前を聞きます。三百人、全部。そうしたら、僕、もう、忘れられません、って。……怒ってた人が、ぽつり、と、"ネイル"、って。それから、次々と、手が挙がった。半日で、三百。駄々丸さんも、一色さんも、書いてくれた。……全部の町に、貼り出します、って言った。"ハラムの里に、三百人おられます"、って、名前を全部書いて。そうしないと、皆、忘れるから。僕みたいに。……帰りに、一色さんが、"赤い里は、百を超えてる。全部回るの"、って。回ります。"十八年しかないのよ"、って、怒られたから、聞いた。星を救って、何をするんでしたっけ、って。十八年後に星が助かって、その時、ハラムの里が空だったら、僕たち、何を救ったんでしょうか。……一色さん、黙って、"分かったわ。ただし、一人で回らないで。あなた、五十七でしょう。保たないわ。手分けするのよ"、って。……それ、僕が言おうとしてました。じいちゃん、先を越されました」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。この、日——三百の——名を——書き取った——帳面が。




——やがて——世界中に——広がる——ことに——なるのを。


そして——名を——聞いて——回る——という——それだけの——ことが。




——十八年の——うちで——最も——多くの——命を——救うことに——なるのも。





——今は……まだ、誰も——数えて——いない。

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