第109話「石の、名前」
老竜の——弔いは。
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——高台で——行われた。
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——竜は——葬らぬ、という。
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——空に——還る——から、だ、と。
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「——せやから——ここで——ええねん」
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——藤原が——静かに——言った。
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「——空が——見える——ところなら」
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——集まったのは。
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——竜が——三十頭。
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——そして——地上と——地下から——数えきれぬ——人々、だった。
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「——多いな」
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——長が——訝しんだ。
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「——あの、爺は——ただ——空を——見て——おっただけだぞ」
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「——おじいさんが——見てくれたから——影が——保ったんです」
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——誠が——言った。
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「——布が——裂ける——前に——教えて——もらいました」
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「——ずれる——前に——教えて——もらいました」
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「——四年——一度も——影が——途切れませんでした」
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「…………」
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——長は。
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——しばらく——黙って。
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——そして——ぼそり、と——言った。
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「——知らなんだ」
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——そして。
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——誠は——一つの——提案を——した。
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「——壁に——名前を——刻ませて——ください」
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「——壁?」
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「——第五層に——ある——弔いの——壁です」
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——誠は——説明した。
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「——三年前に——作りました」
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「——亡くなった——方の——名前を——刻んでます」
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「——人の——壁であろう」
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——長が——首を——振った。
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「——竜の——名を——刻む——ものでは——あるまい」
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「——刻ませて——ください」
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——誠は——頭を——下げた。
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「——僕たちは——おじいさんに——助けられました」
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「——だから——刻みたいんです」
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「…………」
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——長は。
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——長い、こと——黙って。
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——そして——言った。
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「——好きに——せよ」
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「——ただし——一つ——言うて——おく」
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「——なんですか」
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「——あやつには——名が——ない」
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「…………え?」
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——誠が。
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——固まった。
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「——名前が——ない?」
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「——竜は——名を——持たぬ」
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——長は——けろり、と——言った。
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「——長い——年月を——生きる——ゆえ——名など——要らぬのだ」
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「——互いに——気配で——分かる」
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「——でも——藤原さんは——名前が——ありますよね」
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「——うちは——元が——人やからな」
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——藤原が——言った。
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「——生まれつきの——竜は——皆——名なしや」
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「…………」
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——誠は。
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——言葉を——失った。
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——四年。
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——毎日——通って。
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——毎日——話して。
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——一度も——名前を——聞かなかった。
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「——僕、ずっと——"おじいさん"、って——呼んでました」
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「——それで——よかろう」
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「——よくないです」
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——誠は——首を——振った。
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「——四年——一緒に——いたのに」
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「——名前も——聞かずに——いました」
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「…………」
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——その、時。
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「——師匠」
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——ルカが——口を——挟んだ。
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「——名前——あります」
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「…………え?」
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——一同が——振り返った。
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「——なんだと?」
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——長が——目を——見開いた。
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「——あの——僕、聞いたんです」
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——ルカは——帳面を——広げた。
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「——高台に——住み込んだ——時に」
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「——"おじいさん、お名前は"、って」
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「——なんと——答えた——!」
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「——"ない"、って」
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——ルカは——うつむいた。
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「——でも——僕、しつこく——聞いたんです」
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「——"じゃあ——なんて——呼べばいいんですか"、って」
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「——そしたら——?」
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——ルカは。
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——帳面の——ある——頁を——開いた。
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「——"好きに——呼べ"、って」
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「…………」
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「——だから——僕、書いたんです」
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——ルカは——帳面を——掲げた。
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——そこには。
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——毎日の——記録の——一番——上に。
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——同じ——文字が——並んでいた。
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——「空見の——爺さま」
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「…………」
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——高台が。
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——静まり返った。
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「——毎日——書いてました」
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——ルカは——ぼそり、と——言った。
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「——四年——分——あります」
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「——本人は——なんと——言うて——おった」
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——長が——尋ねると。
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——ルカは——初めて——笑った。
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「——"長い"、って」
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「…………」
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「——でも——消せ、とは——言われませんでした」
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「…………」
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——長は。
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——長い、こと——黙って。
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——そして——低く——言った。
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「——ならば——それが——名だ」
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——こうして。
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——弔いの——壁に。
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——初めて——竜の——名が——刻まれた。
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——「空見の——爺さま」
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「——彫るのは——僕が——やります」
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——ルカが——鑿を——手に——した。
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「——できるか」
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「——じいちゃんの——名前も——僕が——彫りました」
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——ルカは——静かに——言った。
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「——三年——前に」
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——そして——彫り終わった——夜。
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——壁の——前には。
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——列が——できていた。
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「——爺さま——ありがとう——ございました」
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「——影の——おかげで——うちの——ばあさんが——助かった」
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「——一度も——途切れなかったんだ」
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「——爺さま——って——誰?」
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——一人の——子どもが——尋ねた。
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「——空を——見てた——竜の——おじいさんだよ」
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——母親が——教えた。
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「——四年——ずっと——見ててくれたんだ」
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「——りゅう——!?」
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「——そうだよ」
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「——りゅうの——なまえ——ここに——あるの——!?」
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「——あるんだよ」
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——その——やりとりを。
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——竜族の——長が——聞いていた。
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「——八百屋」
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「——はい」
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「——一つ——頼みが——ある」
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「——なんですか」
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——長は。
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——壁を——見上げて——言った。
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「——残りの——六頭にも——名を——つけて——やってくれ」
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「…………え?」
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「——飛べぬ——者たちだ」
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——長は——静かに——言った。
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「——皆——名が——ない」
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「——だが——見て——おると」
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「…………」
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「——名が——あった、方が——よい——気が——してきた」
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「——長さん」
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「——なんだ」
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「——それ——長さんが——つけて——ください」
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「——なに?」
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「——僕がつけたら——僕の——呼び名です」
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——誠は——静かに——言った。
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「——でも——長さんが——つけたら」
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「——それは——一族の——名前に——なります」
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「…………」
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——長は。
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——長い、こと——黙って。
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——そして——ぼそり、と——言った。
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「——考えた、ことも——なかった」
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「——時間は——あります」
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——誠は——微笑んだ。
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「——十四年——ありますから」
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——その、夜。
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——誠は——高台に——上がった。
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——そこには。
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——ルカが——一人——座っていた。
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「——ルカ」
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「——師匠」
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「——今日の——空は——どうだ」
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——ルカは。
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——帳面を——開いて。
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——そして——読み上げた。
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「——昨日と——同じです」
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「——縁は——はっきり」
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「——塵は——なし」
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「——布は——全部——きちんと——広がってます」
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「——そうか」
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——誠は——隣に——腰を——下ろした。
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「——なあ、ルカ」
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「——はい」
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「——なんで——毎日——名前を——書いてたんだ」
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——ルカは。
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——しばらく——黙って。
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——そして——言った。
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「——師匠が——言ってたからです」
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「——僕が?」
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「——壁の——空白の、こと」
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——ルカは——空を——見上げた。
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「——"名前が——分からない——人の——ために——空けておく"、って」
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「——"いつか——思い出す——人が——いるかも——しれない"、って」
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「…………」
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「——だから——僕、思ったんです」
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——ルカは——静かに——言った。
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「——名前が——ないなら——後から——困る」
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「——なら——先に——書いておこう、って」
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「…………」
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——誠は。
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——弟子の——横顔を——見た。
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——二十三に——なっていた。
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「——ルカ」
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「——はい」
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「——お前——立派に——なったな」
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「——やめて——ください」
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——ルカが——顔を——赤くした。
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「——僕、まだ——数えてるだけです」
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「——それが——一番——難しいんだ」
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——誠は——笑った。
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「——じいちゃんが——言ってた」
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「——"地味なことを——丁寧に。飽きずに——続けろ"」
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「——知ってます」
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——ルカが——帳面を——開いた。
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「——ここに——書いてあります」
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——そこには。
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——毎日の——記録の——最初の——頁に。
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——同じ——言葉が——書いてあった。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「おじいさんの弔いを、高台で、やった。竜は葬らない。空に還るから。……人が、大勢、来た。長さんが、"あの爺は、ただ空を見ておっただけだぞ"、って。でも、おじいさんが見てくれたから、四年、一度も、影が途切れなかった。……壁に、名前を刻ませてください、って、頼んだ。長さんが、"好きにせよ。ただし、あやつには名がない"、って。……竜は、名を持たない。長い年月を生きるから、要らない。互いに気配で分かる。……僕、四年、毎日、通ってたのに、一度も、名前を聞かなかった。"おじいさん"、って、呼んでた。……そしたら、ルカが、"名前、あります"、って。高台に住み込んだ時に、聞いたって。"ない"、って言われても、しつこく、"じゃあ、なんて呼べばいいんですか"、って。"好きに呼べ"、って言われて、それで、書いてた。……"空見の爺さま"。四年分、毎日、記録の一番上に。本人は、"長い"、って言ってたけど、消せ、とは、言われなかった、って。長さんが、"ならば、それが名だ"、って。……壁に、初めて、竜の名前が、刻まれた。ルカが、彫った。三年前、じいちゃんの名前も、あの子が、彫った。……壁の前に、列ができた。子どもが、"りゅうの、なまえ、ここに、あるの?"、って。"あるんだよ"、って。……長さんが、"残りの六頭にも、名をつけてやってくれ"、って。だから、"長さんが、つけてください。僕がつけたら、僕の呼び名です。でも、長さんがつけたら、一族の名前になります"、って言った。"考えたこともなかった"、って。時間は、あります。十四年。……夜、高台に上がったら、ルカが、一人で、座ってた。"今日の空はどうだ"、って聞いたら、ちゃんと、読み上げてくれた。……なんで、毎日、名前を書いてたのか、聞いたら、"師匠が言ってたからです。壁の空白のこと。名前が分からない人のために、空けておく、って。だから、名前がないなら、後から困る。なら、先に、書いておこう、って"。……あの子、二十三に、なってた。立派になったな、って言ったら、"僕、まだ、数えてるだけです"、って。それが、一番、難しいんだ。……じいちゃんの言葉を、言おうとしたら、"知ってます。ここに書いてあります"、って。帳面の、最初の頁に、書いてあった。じいちゃん。ちゃんと、渡ってます」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。弔いの——壁に——刻まれた——「空見の——爺さま」、の——名が。
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——竜の——里の——習わしを——変えることを。
そして——名を——持たなかった——一族が。
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——名を——持ち始める——その、日から。
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——彼らが——何を——失い——何を——得るのかも。
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——今は……まだ、誰も——知らない。




