第108話「見方を、渡す」
翌朝から。
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——ルカが——高台に——住み込んだ。
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「——師匠。しばらく——こっちで——寝ます」
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「——大丈夫か」
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「——大丈夫です」
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——ルカは——帳面を——抱えていた。
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「——一日でも——早い、方が——いいですから」
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「…………」
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——誠は。
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——何も——言わずに——弟子の——頭に——手を——置いた。
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——初日。
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「——小僧。空を——見よ」
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「——はい——!」
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「——何が——見える」
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「——太陽です——!」
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「——他には」
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「——ええと……影の——布と——雲です——!」
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「——それだけ、か」
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「——はい」
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「——ならば——まだ——何も——見えて——おらぬ」
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「…………え?」
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——ルカが——きょとん、と——した。
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「——一日中——見て——おれ」
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「——一日中——ですか——!?」
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「——うむ」
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——三日。
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——ルカは——空を——見続けた。
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「——おじいさん——! 何も——分かりません——!」
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——四日目に——音を——上げた。
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「——同じ——ですか」
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「——同じ、です——!」
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「——ならば——書け」
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——老竜は——けろり、と——言った。
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「——"同じ"、と」
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「——それだけ——ですか——!?」
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「——小僧。前に——申して——おったな」
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——老竜は——ゆっくりと——言った。
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「——"同じ"、が——続くから——"違う"、が——分かる、と」
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「——あ」
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「——ならば——書け」
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——十日。
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——二十日。
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——三十日。
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——ルカは——「同じ」、を——書き続けた。
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——そして——四十日目。
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「——おじいさん——!」
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——ルカが——飛び上がった。
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「——なんだ」
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「——今日——違います——!」
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「——ほう」
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「——なんて——言えばいいのか——分からないんですけど——!」
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——ルカは——必死に——空を——指した。
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「——なんか——縁が——ぼやけてます——!」
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「…………」
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——老竜が。
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——ゆっくりと——首を——下ろした。
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「——小僧」
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「——は、はい——!」
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「——見えたな」
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「——え?」
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「——それが——"見る"、ということだ」
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——老竜は——静かに——言った。
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「——今日は——空に——細かい——塵が——出て——おる」
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「——だから——縁が——ぼやける」
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「——四十日——見て——おったから——分かったのだ」
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「…………」
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——ルカは。
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——帳面を——抱えたまま——立ち尽くしていた。
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「——おじいさん」
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「——なんだ」
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「——僕、初めて——空が——見えました」
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「——うむ」
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——老竜は。
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——少しだけ——笑ったように——見えた。
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——そして——半年。
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——ルカは——見る——目を——養っていった。
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「——今日の——布——第十二番——端が——ほつれてます——!」
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「——早い、な」
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「——おじいさんより——早かったですか——!?」
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「——調子に——乗るな」
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——だが。
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——老竜の——目は。
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——確実に——霞んでいった。
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「——小僧」
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「——はい」
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「——今日の——太陽は——どうだ」
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「——昨日と——同じです」
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「——そうか」
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——老竜は——空を——見上げたまま——言った。
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「——我には——もう——分からぬ」
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「…………」
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——ルカは。
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——帳面を——強く——握った。
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「——おじいさん」
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「——なんだ」
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「——僕が——見ます」
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「——うむ」
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「——毎日——教えます」
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「——それは——よい」
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——老竜は——目を——閉じた。
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「——耳は——まだ——利く」
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——それから。
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——高台の——習わしが——変わった。
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「——おじいさん。今日の——太陽です」
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——ルカが——読み上げる。
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「——昨日と——同じ。縁は——はっきり。塵は——なし」
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「——布は——第七番が——少し——ずれてます」
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「——ずれは——どちらだ」
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「——南です」
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「——ならば——三日で——直せ」
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「——はい——!」
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——見えなくなった——老竜が。
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——聞いて——判ずる。
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——見える——ルカが。
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——見て——伝える。
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——二人で——一つの——目に——なっていた。
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——十年目。
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——弓が——九十を——超えた。
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「——あと——十だ——!」
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——賢者が——帳面を——叩いた。
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「——来年には——百に——なる——!」
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「——早かったですね」
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——誠が——しみじみと——言った。
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「——十年、だぞ」
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「——十年で——九十です」
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——誠は——微笑んだ。
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「——最初の——一本に——一年——かかったのに」
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「——それは——そうだが」
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——だが。
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——その——年の——冬。
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——高台から——ルカが——駆け下りてきた。
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「——師匠——!!」
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「——どうした——!」
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「——おじいさんが——!!」
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——高台に——駆け上がると。
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——老竜は。
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——横に——なっていた。
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「——おじいさん——!!」
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「——騒ぐな」
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——老竜は——目を——閉じたまま——言った。
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「——起きられぬだけだ」
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「——医者を——呼びます——!」
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「——竜の——医者は——おらぬ」
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「…………」
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——誠は。
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——老竜の——傍らに——座り込んだ。
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「——八百屋」
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「——はい」
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「——十四年——保たぬ、と——言うたな」
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「…………」
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「——四年で——済んだ」
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——老竜は——低く——笑った。
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「——存外——早かったな」
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「——おじいさん——!」
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「——泣くな、小僧」
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——老竜は。
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——ゆっくりと——首を——動かした。
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「——今日の——太陽は——どうだ」
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「…………」
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——ルカは。
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——涙を——拭って。
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——そして——空を——見上げた。
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「——昨日と——同じです」
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「——縁は——はっきり」
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「——塵は——なし」
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「——布は」
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「——全部——きちんと——広がってます」
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「——ほつれは」
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「——ありません」
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「…………」
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——老竜は。
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——ふう、と——息を——吐いた。
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「——よい——空だ」
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「…………」
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「——八百屋」
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「——はい」
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「——一つ——言うて——おく」
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——老竜は。
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——静かに——言った。
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「——我は——四年——空を——見た」
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「——飛べなく——なって——三年——地面を——見て——おった」
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「——だが——後の——四年は——空を——見た」
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「…………」
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「——七年の——うち——四年、だ」
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——老竜は——ゆっくりと——言った。
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「——悪くない——割合だ」
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「——おじいさん」
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「——うむ」
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「——ありがとう——ございました」
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——誠は——深く——頭を——下げた。
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「——礼を——言うな」
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——老竜は——ぼそり、と——言った。
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「——我は——ただ——見て——おっただけだ」
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「——違います」
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——誠は——首を——振った。
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「——加速が——止まったのを——最初に——見つけたのは——おじいさんです」
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「——世界中で——一人だけです」
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「…………」
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——老竜は。
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——しばらく——黙って。
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——そして——言った。
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「——小僧」
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「——はい」
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「——明日から——一人だ」
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「——おじいさん——!!」
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「——泣くな、と——言うて——おる」
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——老竜は。
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——ゆっくりと——目を——開けた。
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——霞んだ——目で。
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——それでも——空の、方を——向いて。
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「——見えて——おるか」
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「——見えてます——!!」
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「——ならば——よい」
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——老竜は。
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——静かに——目を——閉じた。
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「——後は——任せた」
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「ルカが、高台に、住み込んだ。老竜さんが、"空を見よ。何が見える"、って。ルカ、"太陽です。影の布と、雲です"、って答えたら、"ならば、まだ何も見えておらぬ。一日中、見ておれ"、って。……三日で、音を上げた。何も分かりません、って。"ならば書け。同じ、と"。ルカが、前に自分で言った言葉を、返された。"同じが続くから、違うが分かる"。……四十日目に、"今日、違います。縁が、ぼやけてます"、って。老竜さんが、"見えたな。それが、見る、ということだ"、って。今日は空に細かい塵が出てるから、縁がぼやける。四十日、見ておったから、分かったのだ、って。……ルカ、"僕、初めて、空が見えました"、って。……半年で、ルカの目は、上がった。第十二番のほつれを、老竜さんより早く、見つけた。"調子に乗るな"、って、言われてたけど。……でも、老竜さんの目は、確実に、霞んでいった。"今日の太陽はどうだ"、"昨日と同じです"、"そうか。我にはもう、分からぬ"、って。……ルカが、"僕が見ます。毎日、教えます"、って。"それはよい。耳は、まだ利く"、って。……それから、見えない老竜さんが、聞いて判じて、見えるルカが、見て伝える。二人で、一つの目に、なってた。……十年目。弓が九十を超えた。来年には百。最初の一本に、一年かかったのに。……でも、その年の冬。老竜さんが、起きられなくなった。医者を呼びます、って言ったら、"竜の医者はおらぬ"、って。……"十四年、保たぬ、と言うたな。四年で済んだ。存外、早かったな"、って、笑ってた。……最後に、"今日の太陽はどうだ"、って。ルカが、涙を拭いて、"昨日と同じです。縁ははっきり。塵はなし。布は、全部、きちんと広がってます。ほつれは、ありません"、って。……"よい空だ"、って。……それから、僕に、"我は四年、空を見た。飛べなくなって三年、地面を見ておった。だが、後の四年は、空を見た。七年のうち、四年だ。悪くない割合だ"、って。……礼を言ったら、"我はただ、見ておっただけだ"、って。違います。加速が止まったのを、最初に見つけたのは、世界中で、おじいさん一人だけです。……最後に、ルカに、"明日から一人だ"、"見えておるか"、"見えてます!"、"ならば、よい。後は、任せた"、って。……じいちゃん。おじいさんが、渡していきました」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。老竜が——最期に——「よい——空だ」、と——言った——その、空を。
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——本当は——もう——見て——いなかったことを。
そして——弟子の——読み上げる——声だけで。
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——四年——見続けた——空を——思い描いて——逝った、ことも。
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——今は……まだ、誰も——気づいて——いない。




