第106話「二十二年の、使い方」
蕎麦を——啜りながら。
⸻
⸻
⸻
——駄々丸は——妙な——顔を——した。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——旦那」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——はい」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——このつゆ——妙に——懐かしうござんす」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——じいちゃんの——作り方です」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——いや——そうじゃ——ござんせん」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——駄々丸は——首を——かしげた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんと——言いやすか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——"最近——飲んだ"、ような——気が——しやしてね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——何も——言わずに——おかわりを——注いだ。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——翌日から。
⸻
⸻
⸻
⸻
——本格的な——検討が——始まった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——では——整理するぞ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——紙を——広げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——星を——止めるには——二つ目の——月に——代わる——ものが——要る」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それは——小さくても——よい。重ければ——よい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一番——重いのが——ブラックホール、ですね」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うむ。だが——人には——作れぬ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——神様なら——作れる」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だが——作れば——消える」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——そこが——駄目です」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠が——きっぱりと——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うむ。お前は——そう——言うと——思うた」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——では——考えよう」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者は——紙に——三つの——問いを——書いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一、なぜ——神は——消えるのか
⸻
⸻
⸻
——二、消えずに——済む——方法は——ないか
⸻
⸻
⸻
——三、そもそも——ブラックホールで——なくても——よいのでは
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——三つ目——大事ですね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——身を——乗り出した。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——要るのは——"引く——力"、よ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ブラックホールで——なくても——同じ——力が——出せれば——いい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だが——中性子星も——白色矮星も——人には——作れんぞ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——そうね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——渋い——顔を——した。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——どれも——桁が——違いすぎるの」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——その、時。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——あの」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠が——手を——挙げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一つ——変なことを——聞いても——いいですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——お前の——"変なこと"、は——変では——ないから——言え」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——月って——一つで——いいんですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………は?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——きょとん、と——した。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——何を——言って——おる」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——いえ。前は——月が——二つ——あったんですよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——考えながら——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——大きいのと——小さいの」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——で——小さい、方が——消えた」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うむ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——じゃあ——小さい——月なら——いいんですよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だが——それでも——月だ。桁が——足らん」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一個——なら、ですよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ゆっくりと——顔を——上げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待って」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——今——なんて?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——小さいのを——たくさん——並べたら——どうですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——けろり、と——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——影の——布と——同じです」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——凍りついた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待て」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——机に——手を——ついた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——引く——力は——足し算に——なるのか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なるわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——早口に——なった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——重い——ものが——たくさん——あれば——その、分だけ——引く」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一つに——まとまってなくても——いいのよ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——では——岩を——たくさん——並べれば——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待って」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——止めた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——数を——計算するわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——半日、後。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——駄目、ね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——紙を——置いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——月一つ——分を——岩で——作るなら」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——この、星の——山を——全部——空へ——上げても——足りないわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——では——駄目か——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ええ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が——沈んだ。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——あの」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——だが——誠は——引かなかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一色さん。もう一つ——聞いていいですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——何?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんで——月と——同じ——だけ——要るんですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………は?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——僕たち——今——星を——"元に——戻そう"、と——してますよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——ゆっくりと——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——でも——本当に——欲しいのは」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——"落ちるのが——止まること"、ですよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——目を——見開いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待って」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それ——違うわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——違いますか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——違うのよ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——紙を——引き寄せた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——元の——道に——戻すなら——月一つ——分——要る」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——でも——落ちるのを——止めるだけなら」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——今——足りてない——分だけで——いいの——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それは——どれほどだ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待って——! 計算する——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一日。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——翌朝。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……三分の一」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——ぽつり、と——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんだと?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——月一つ——分の——三分の一で——足りる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——彼女は——顔を——上げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なぜだ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——星は——今——横にも——動いてるから」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——図を——描いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——真っ直ぐ——落ちてるわけじゃ——ないの」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——螺旋を——描きながら——寄っていってる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だから——ほんの——少し——外へ——引っ張れば——螺旋が——止まる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——三分の一なら——できるのか——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——できない」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんだ——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——でも」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——初めて——笑った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——"絶対に——無理"、から——"ものすごく——難しい"、に——なったわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ざわめいた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それは——大違いだ——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——立ち上がった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——"無理"、なら——考える——意味が——ない——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だが——"難しい"、なら——手が——ある——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——だが。
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——さらに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一色さん。もう一つ——いいですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——まだ——あるの?」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——はい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——申し訳なさそうに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——三分の一を——"一度に"、置かないと——駄目ですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——固まった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待って」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——何を——言おうと——してるの」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年——あります」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——静かに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——毎年——少しずつ——足していけば」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年で——三分の一に——なりませんか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——完全に——静まり返った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一色」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——かすれた——声で——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——できるのか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ペンを——取った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——猛烈な——速さで——書き始めた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——三日。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房の——灯りは——消えなかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——四日目。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——できる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色が——立ち上がった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——本当か——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——条件が——あるけれど」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——彼女は——紙を——掲げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一つ。置く——場所を——寸分——違えないこと」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ずれたら——引く——向きが——狂うわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二つ。二十二年——一度も——休まないこと」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一年——休めば——一年——延びる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——三つ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——顔を——上げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——重い——ものを——ものすごい——量——空へ——上げること」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——どれほどだ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——今の——弓で——毎日——打ち上げて」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——静かに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年——足りないわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんだと——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——弓が——十では——足りないの」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——では——いくつ——要る——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——百」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——沈黙した。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——百、か」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——うめいた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——十を——作るのに——一年——かかった」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——百なら——十年だ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年——ありますよ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠が——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——十年——作って——十二年——打ち続ければ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——足りますか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——足りない」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一色は——首を——振った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——作りながら——同時に——打つのよ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——できた、そばから——使う」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それで——ようやく——間に——合うわ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——しばらく——黙って。
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——顔を——上げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——やりましょう」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待て、田中」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者が——止めた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年だぞ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一日も——休まず、だ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——世界中の——者が、だ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——分かってます」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——分かって——おらぬ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者は——珍しく——声を——荒らげた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——三年でも——皆——参りかけた——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それを——二十二年、だぞ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——途中で——必ず——折れる——者が——出る——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——長い、こと——黙って。
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——賢者さん。うち——百年——続いてます」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なに?」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——八百屋、です」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——静かに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ひいじいちゃんが——始めて——じいちゃんが——継いで——僕が——継ぎました」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——百年——毎朝——店を——開けてます」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——一人では——無理です」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——続けた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——でも——渡していけば——続きます」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ぐっ、と——言葉に——詰まった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それに——二十二年、って」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——ふと——笑った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ルカが——三十五に——なるまでです」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——あの子なら——できます」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——その、時。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——工房の——入り口で。
⸻
⸻
⸻
⸻
——帳面を——抱えた——ルカが——立っていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ルカ——!? 聞いてたのか——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——はい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——ルカは。
⸻
⸻
⸻
⸻
——帳面を——胸に——抱えて。
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして——真っ直ぐに——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——僕、やります」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ルカ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——二十二年、ですよね」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——ルカは——けろり、と——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——僕、もう——三年——毎日——数えてます」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——あと——十九年——増えるだけです」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——賢者は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——天を——仰いだ。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——この——師弟は」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——桁が——おかしい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「駄々丸さんに、蕎麦を、打った。"妙に懐かしい。最近、飲んだような気がする"、って。何も、言わずに、おかわりを、注いだ。……翌日から、検討。星を止めるには、二つ目の月に代わるものが要る。小さくても、重ければいい。一番重いのが、ブラックホール。でも、人には作れない。神様なら作れるけど、消える。……そこが、駄目です。……だから、聞いた。"小さいのを、たくさん並べたら、どうですか。影の布と、同じです"、って。一色さんが、"引く力は、足し算になる。一つにまとまってなくても、いい"、って。でも、岩で作るなら、この星の山を全部上げても、足りない。……だから、もう一つ、聞いた。"なんで、月と同じだけ、要るんですか。本当に欲しいのは、落ちるのが止まることですよね"、って。……一色さん、"それ、違うわ"、って。元の道に戻すなら、月一つ分。でも、落ちるのを止めるだけなら、今、足りてない分だけでいい。……計算したら、三分の一。星は、真っ直ぐ落ちてるんじゃ、なくて、螺旋を描きながら寄ってるから、少し外へ引けば、止まる。……"できない。でも、絶対に無理、から、ものすごく難しい、になったわ"、って。賢者さんが、"それは大違いだ"、って。……それから、もう一つ。"三分の一を、一度に置かないと、駄目ですか"、って。二十二年、あります。毎年、少しずつ足していけば。……一色さん、三日、計算して、"できる"、って。条件は三つ。置く場所を、寸分違えないこと。二十二年、一度も休まないこと。そして——弓が、百、要る。……十を作るのに、一年かかった。百なら、十年。でも、作りながら、同時に打つ。できたそばから、使う。それで、ようやく間に合う。……賢者さんが、"三年でも、皆、参りかけた。二十二年、途中で必ず、折れる者が出る"、って。……だから、言った。うち、百年、続いてます。ひいじいちゃんが始めて、じいちゃんが継いで、僕が継いだ。百年、毎朝、店を開けてます。一人では、無理です。でも、渡していけば、続きます。……それと、二十二年って、ルカが三十五になるまでです。あの子なら、できます。……そしたら、入り口に、ルカが、立ってた。聞いてた。"僕、やります。もう三年、毎日、数えてます。あと十九年、増えるだけです"、って。賢者さんが、"この師弟は、桁がおかしい"、って。じいちゃん。二十二年、やります」
⸻
心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
⸻
⸻
——たとえ——空に——見えなくても。
⸻
⸻
⸻
まだこの時の誠は知らない。「渡していけば——続きます」、という——その、言葉が。
⸻
⸻
——後に——なって——本当に——試される——日が——来ることを。
そして——二十二年、という——年月の——間に。
⸻
⸻
——渡す——側に——回る——者が。
⸻
⸻
⸻
——誰に——なるのかも。
⸻
⸻
⸻
——今は……まだ、誰も——知らない。




