第104話「呼び方を、変える」
「——神様に——頼むのか」
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——賢者が——低く——言った。
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「——はい」
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「——だが——あの——男は——蕎麦の——話しか——せぬぞ」
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「——それは——僕たちの——聞き方が——悪いんだと——思います」
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——誠が——言った。
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「——なに?」
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「——今まで——ずっと——"教えて——ください"、って——言ってました」
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——誠は——考えながら——続けた。
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「——でも——今度は——違います」
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「——"作って——ください"、です」
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「——同じ、ことでは——ないのか」
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「——全然——違います」
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——誠は——首を——振った。
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「——教えるのは——ただですけど」
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「——作るのは——ただじゃ——ありません」
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「…………」
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——賢者が。
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——妙な——顔を——した。
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「——お前——何を——考えて——おる」
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「——商いです」
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——その、夜。
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——誠は——高台に——上がらず。
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——工房で——一人。
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——紙に——向かっていた。
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「——師匠。何を——書いてるんですか」
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——ルカが——覗き込んだ。
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「——手紙だ」
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「——誰に——ですか」
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「——神様に」
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「——神様に——手紙——書けるんですか——!?」
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「——皆瀬さんに——読んで——もらう」
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——誠は——ペンを——止めずに——言った。
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「——でも——ちゃんと——書いてから——渡したい」
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「——なぜ——ですか」
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「——大事な——お願いだから」
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——三日。
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——誠は——書いては——破り。
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——書いては——破った。
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「——師匠。何が——難しいんですか」
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「——最初の——一行だ」
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——誠は——頭を——掻いた。
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「——"星を——止めて——ください"、って——書くと」
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「——たぶん——"気に——せんでええ"、で——終わる」
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「——じゃあ——どう——書くんですか」
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「——それを——考えてる」
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——四日目。
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——誠は。
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——ふと——手を——止めた。
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「……そうか」
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「——どうしました?」
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「——僕、間違えてた」
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——誠は——新しい——紙を——広げた。
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「——あの、人——"教えて——ください"、には——答えないんだ」
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「——でも——ちゃんと——答えてくれた、ことが——あった」
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「——いつ——ですか」
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「——蕎麦つゆの——時だ」
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「…………え?」
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——ルカが——きょとん、と——した。
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「——あの、人が——聞いてきたんだよ」
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——誠は——言った。
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「——"かえしは——どう——作る"、って」
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「——僕は——それに——答えた」
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「——そしたら——礼を——言われて——弓の——ことを——教えてくれた」
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「…………」
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「——あの、人は——"借り"、を——作りたがらないんだ」
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——誠は——ペンを——取った。
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「——だから——こっちが——先に——貸すんだ」
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——そして——書き上げた。
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——ごく——短い——文、だった。
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「——皆瀬さん。お願いします」
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『——うん。……読むよ』
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——「神様へ」
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——「田中です」
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——「一つ、お知らせが、あります」
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——「三年前に、消えた、二つ目の月ですけど」
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——「あれが、なくなったせいで、星が、太陽に、落ちています」
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——「調べて、分かりました」
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——「あと、二十二年です」
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——「以上です」
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——「蕎麦、うまくできましたか」
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「…………」
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——工房が。
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——妙な——空気に——なった。
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「——それだけ、か」
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——賢者が——訝しんだ。
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「——頼まぬのか」
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「——頼みません」
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「——なぜだ——!」
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「——頼んだら——断られます」
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——誠は——静かに——言った。
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「——でも——知らせただけなら——断れません」
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「…………」
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——賢者は。
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——長い、こと——黙って。
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——そして——ぼそり、と——言った。
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「——恐ろしい——男だな、お前は」
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「——八百屋ですから」
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——そして——待った。
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——一日。
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——三日。
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——七日。
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——返事は——なかった。
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「——駄目、か」
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——賢者が——うなだれた。
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「——待ちましょう」
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「——いつまでだ——!」
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「——あの、人——蕎麦の——話は——毎月——してきます」
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——誠は——けろり、と——言った。
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「——だから——そのうち——来ます」
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——十五日目。
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『——来た』
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——皆瀬が——揺れた。
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「——読め——!!」
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『——ええと……"よお"』
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『——"蕎麦な"』
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「——蕎麦か——!!」
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『——"最近——打っとらん"』
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「…………え?」
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——工房が。
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——ぴたり、と——静まった。
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『——"なんや——気が——のらんでな"』
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『——"ほな"』
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「…………」
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「——それだけ、か——!?」
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——賢者が——叫んだ。
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『——うん』
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「——なんだ——それは——!!」
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「——ふざけて——おるのか——!!」
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——だが。
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——誠だけが。
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——じっと——動かなかった。
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「——田中?」
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「…………」
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——誠は。
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——ゆっくりと——顔を——上げた。
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「——賢者さん」
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「——なんだ」
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「——あの、人——初めて——弱音を——吐きました」
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「…………なに?」
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「——三年——毎月——蕎麦の——話を——してきたんです」
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——誠は——静かに——言った。
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「——楽しそうに」
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「——一度も——欠かさず」
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「——それが——今日は——"気が——のらん"、です」
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「…………」
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——工房が。
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——静まり返った。
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「——手紙が——効いたのか」
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「——たぶん」
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「——だが——何も——言うて——おらぬぞ」
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「——言えないんだと——思います」
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——誠は——うつむいた。
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「——たぶん——あの、人」
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「——知ってたんです」
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「…………」
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「——月が——消えたことも」
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「——それで——星が——落ちてることも」
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「——最初から——知ってたんです」
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「——ならば——なぜ——黙って——おった——!!」
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——賢者が——机を——叩いた。
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「——分かりません」
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——誠は——首を——振った。
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「——でも——一つだけ——分かったことが——あります」
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「——なんだ」
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「——あの、人——今——蕎麦を——打てないくらい」
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——誠は——静かに——言った。
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「——参ってます」
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「…………」
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——その、夜。
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——誠は——高台に——上がった。
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「——おじいさん」
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「——今日は——遅いな」
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「——すみません」
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——誠は——湯呑みを——置いた。
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「——おじいさん。一つ——聞いても——いいですか」
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「——なんだ」
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「——誰かに——謝られたら——許しますか」
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「…………む?」
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——老竜が。
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——首を——傾げた。
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「——妙な、ことを——聞くな」
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「——すみません」
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「——誰の——ことだ」
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「——言えません」
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「……ふん」
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——老竜は。
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——空を——見上げたまま——言った。
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「——謝られたら——腹が——立つ」
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「——え?」
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「——"すまぬ"、で——飛べるように——なるか」
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「…………」
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「——だが、な」
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——老竜は——続けた。
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「——謝った——後に——何を——するかで——変わる」
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「——というと?」
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「——謝って——それきりなら——ただの——逃げだ」
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——老竜は——静かに——言った。
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「——だが——謝った——後に——手を——動かす——者は」
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「——許す」
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「…………」
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——誠は。
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——深く——頷いた。
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「——ありがとう——ございます」
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「——何が、だ」
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「——手紙の——書き方が——分かりました」
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——翌日。
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——誠は——二通目を——書いた。
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——今度は——一行、だった。
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『——読むね』
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——「神様へ」
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——「謝らなくて、いいので、手伝ってください」
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——「田中」
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「…………」
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——工房が。
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——静まった。
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「——それだけ、か」
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「——それだけです」
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——誠は——にっこりと——笑った。
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「——あの、人——謝るのが——一番——嫌なんだと——思います」
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「——だから——謝らなくて——いい、って——書きました」
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「…………」
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——賢者は。
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——ぐっ、と——言葉に——詰まって。
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——そして——顔を——背けた。
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「——お前は——本当に」
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「——なんですか」
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「——人の——逃げ道を——塞ぐのが——上手い」
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「——塞いで——ないですよ」
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——誠は——首を——振った。
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「——通り道を——空けただけです」
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「神様に、頼むことにした。でも、"教えてください"、じゃ、駄目だ。あの人、それには、答えない。……三日、書いては、破った。四日目に、気づいた。あの人が、ちゃんと答えてくれたのは、蕎麦つゆの時だ。あの人が、先に、聞いてきた。僕が、答えた。そしたら、礼を言われて、弓のことを、教えてくれた。……あの人は、借りを作りたがらない。だから、こっちが、先に、貸す。……それで、書いた。頼まずに、知らせるだけ。"月が消えたせいで、星が落ちてます。あと二十二年です。以上です。蕎麦、うまくできましたか"、って。賢者さんが、"頼まぬのか"、って。頼んだら、断られます。でも、知らせただけなら、断れません。"恐ろしい男だな"、って。八百屋ですから。……十五日、返事が、なかった。そして、来た。……"蕎麦な。最近、打っとらん。なんや、気がのらんでな"。それだけ。賢者さん、"ふざけておるのか"、って、叫んでた。……でも、僕、分かった。あの人、三年、毎月、楽しそうに、蕎麦の話を、してきた。一度も、欠かさず。それが、今日は、"気がのらん"。……初めて、弱音を、吐いた。たぶん、知ってたんだ。月のことも、星のことも。最初から。……なぜ、黙ってたのかは、分からない。でも、一つだけ、分かった。あの人、今、蕎麦を打てないくらい、参ってる。……夜、老竜さんに、聞いた。"誰かに謝られたら、許しますか"、って。"謝られたら、腹が立つ。すまぬ、で、飛べるようになるか"、って。……でも、"謝った後に、何をするかで、変わる。謝って、それきりなら、ただの逃げだ。だが、謝った後に、手を動かす者は、許す"、って。……翌日、二通目を、書いた。一行だけ。"謝らなくて、いいので、手伝ってください"。……あの人、謝るのが、一番、嫌なんだと思う。だから、謝らなくていい、って、書いた。賢者さんが、"人の逃げ道を塞ぐのが、上手い"、って。塞いでません。通り道を、空けただけです。じいちゃん。返事、来るかな」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。「謝らなくて——いいので」、という——その——一行を。
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——遥かな——天で——読んだ——男が。
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——三年ぶりに——声を——上げて——泣いたことを。
そして——その、涙を。
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——たった一人——見ていた——者が。
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——地上で——煙管を——ふかして——いたことも。
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——今は……まだ、本人すら——知らない。




