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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第97話「二度目の、試み」

「——できたわ」





——虫騒ぎから——半月、後。






——一色が——工房に——紙を——持ってきた。








「——布を——横に——投げる——ための——数だ、な」






「——ええ」








——彼女は——表を——広げた。







「——速さと——向き。刻限ごとに——きちんと——出したわ」






「——この、通りに——投げれば——布は——星と——同じ——だけ——回る」







「——影は——止まるのか——!」






「——理屈では、ね」








「——理屈では、か」






「——やってみないと——分からないわ」









——だが。






——賢者が——渋い——顔を——した。







「——一つ——気に——なる、ことが——ある」






「——何?」







「——光が——押す、という——話だ」







——彼は——別の——紙を——引き寄せた。







「——押される——分を——見込む、とは——言ったが」






「——どれほど——押されるのか——測って——おらん」








「…………」







——一色が。






——ぴたり、と——止まった。







「——測ってないわね」






「——では——また——外れるぞ」








「——測る——方法が——ないのよ」







——一色は——首を——振った。







「——地上では——空気の——方が——ずっと——強いから——埋もれてしまう」






「——空の——上でしか——測れない」








「——では——一度——投げて——ずれを——見るしか——ないか」






「——そうなるわね」









——その、時。







——工房の——床が。






——ぴちょん、と——鳴った。








『——あの』







「——皆瀬さん?」







『——上から……来た』








「——また——蕎麦か——!!」







——賢者が——うんざりした——顔を——した。







「——読んで——ください」







——誠が——言った。








『——ええと……"よお"』







『——"天ぷら、うまいこと——いったで"』








「…………」







『——"冷たい——水で——さっと——混ぜたら——さくさくや"』







『——"粉が——ちょっと——残るくらいで——止めるんやな"』







『——"おおきに"』








「——よかったですね」







——誠が——嬉しそうに——言った。







「——よくない——!!」








『——まだ——ある』







『——"それでな。今度は——茶碗蒸しを——作ってみたんやけど"』








「——料理の——話は——もう——よい——!!」







『——"す"、が——立つんや』







『——"ぶつぶつに——なる"』








「——あ。それも——分かります」







——誠が——言った。







「——火が——強すぎるんです」






「——弱火で——じっくり——蒸すと——なめらかに——なります」








「——お前も——真面目に——答えるな——!!」







「——聞かれたので」








『——まだ——ある』







「——今度は——なんだ——!」








『——"そや。誠くん"』







『——"あの——布な"』








——工房が。






——ぴたり、と——静まった。








『——"光に——押されるん、気ィつけや"』







『——"あれ、案外——効くで"』








「…………」







「——どれほど——だ——!!」







——賢者が——飛びついた。







「——数を——言え——! 数を——!!」








『——"知らんけど"』







『——"ほな"』








「——毎度——それか——!!!」









——工房が。






——騒然と——なった。








「——おい——! やはり——見て——おるぞ——!」






「——布の、ことまで——知ってるわ——!」








「——だが——数は——言わぬ——!!」







——賢者が——地団駄を——踏んだ。







「——なぜだ——! 知って——おるなら——言えば——よかろう——!」








「——知らないんだと——思います」







——誠が——ぽつり、と——言った。







「——なんだと?」






「——あの、人——数の——話は——一度も——してません」








——誠は——考えながら——続けた。







「——"推進器を——つけたら——ええ"、とか——"光に——気を——つけろ"、とか」






「——向きは——教えてくれます」






「——でも——どれくらいか、は——一度も」








「…………」







——賢者が。






——腕を——組んだ。







「——確かに、な」






「——では——あの——男は——何を——知って——おるのだ」








「——見えてる、ことだけ——じゃ——ないでしょうか」







——誠は——静かに——言った。







「——僕たちが——やってることは——知ってる」






「——でも——計算は——してない」








「——ならば——ただの——野次馬では——ないか——!」






「——そうかも——しれません」









——だが。






——誠は。






——ふと——皆瀬を——見た。








「——皆瀬さん」






『——なに?』






「——今日も——"近く"、でしたか」








『…………』







——皆瀬が。






——少し——揺れた。







『——うん』








「…………」







——誠は。






——それ以上——何も——言わなかった。









——三日、後。






——二度目の——試みの——日が——来た。








「——皆さーん——!」







——竜の——背から——魔法使いの——声が——降る。







「——本日は——布を——横に——投げます——!」






「——うまく——いけば——影が——止まって——見える——はずです——!」








「——コメント——どないや」






「——"止まるの?"、"すごくない?"、"頼む"、って——!」









——荒野には。






——前より——ずっと——多くの——人が——集まっていた。







——地下から——上がってきた——者。





——各地から——来た——者。





——そして——影が——できた——という——噂を——聞いた——者。








「——ずいぶん——増えたな」







——賢者が——呟いた。







「——皆——見たいんですよ」







——誠は——微笑んだ。







「——十を——数える——ほどでも——影が——できたって」






「——皆——聞いてます」









「——では——始めるぞ——!」







「——今——何刻だ——!」






「——朝——四刻です——!」







——ルカが——日時計を——見て——答えた。








「——ならば——横へ——五つ——! 上へ——一つ——!」







——賢者が——表を——読み上げた。







「——それと——光に——押される——分だ——!」






「——見込みで——さらに——横へ——半つ——!」








「——見込み、か」






「——ええ。ここは——勘よ」








「——鴨撃ちで——ござんすね」







——駄々丸が——高座から——言った。







「——もう——分かった——!!」









——藤原が——弦を——引いた。







「——いくで——!」






「——点火——!!」








——ひゅうう。







——矢が——伸びた。







——真上では——なく。






——斜めに。






——横へ——流れるように。








「——百尺——! 手綱——外します——!」







——一段目——切り離し。






——二段目——点火。






——三段目。








『——回ってる』







——皆瀬の——声。







『——落ちてない。……ぐるっと——回ってる』








「——落ち続けて——おるのか——!」






「——理屈通りだわ——!」








「——今です——!!」







——留め具が——外れた。







『——広がった』








「…………」







——荒野の——全員が。






——足元を——見た。







——そして。







——すう、と。







——地面が——翳った。








「——来た——!!」






「——影だ——!!」








——だが。






——誰も——歓声を——上げなかった。







——皆——じっと——足元を——見ていた。








——十を——数える。







——影は——まだ——ある。







——二十。







——まだ——ある。







——三十。








「——止まって——おる——!!」







——賢者が——絶叫した。







「——影が——動いて——おらん——!!」








「——うおおおおお——!!」







——荒野が——爆発した。







「——止まった——!!」





「——影が——止まった——!!」





「——イーッ——!!」








「——皆さーん——!!」







——魔法使いが——叫んだ。







「——影が——止まってます——!! 動いてません——!!」






「——コメントが——見えません——!! 流れが——速すぎて——!!」









——一刻。







——影は——まだ——あった。







——二刻。







——まだ——ある。








「——泣ける——!!」







——一人の——老人が——影の——中で——座り込んだ。







「——三年ぶりだ……」






「——三年ぶりに——日陰に——おる……」








「——気を——つけて——ください——! 涼しいからって——長居すると——!」






「——いや——わしは——ここに——おる——!」






「——ここが——いいんだ——!」









——だが。






——三刻を——過ぎた——頃。







『——ずれてる』







——皆瀬が——言った。







「——え?」






『——布……少しずつ——動いてる』








「——光か——!」







——一色が——顔を——上げた。







「——押されてるのね——!」






「——どれくらいだ——!」








『——ゆっくり。……でも——確かに』








「——測れ——!! 今——測れ——!!」







——賢者が——叫んだ。







「——ルカ——! 影の——場所を——書け——!!」






「——はい——!!」









——そして——半日。






——影は——ゆっくりと——移動しながら。






——荒野を——横切っていった。








——そして——夕刻。







——影は——荒野の——端まで——流れて。






——消えた。








「…………」






「——どれくらい——保った」







——賢者が——尋ねると。






——ルカが——帳面を——見て——答えた。








「——半日、です」








「…………」







——荒野が。






——静まった。







——そして。







「——半日——!!」







——一色が——叫んだ。







「——十を——数える——ほどから——半日よ——!!」






「——四千倍以上だわ——!!」








「——おおおおお——!!」








「——待て——! 計算せい——!」







——賢者が——紙を——引き寄せた。







「——半日——保つなら——三刻の——夜には——何枚——要る——!」






「——待って。……ええと」








——一色は——猛烈な——速さで——数字を——書いた。







——そして。







——顔を——上げた。








「——一日——六枚」








「——六枚——!?」







「——千枚が——六枚に——なったわ——!」








「——うおおおおお——!!」







——荒野が——沸き返った。








「——一日——六枚なら——!」







——賢者が——指を——折った。







「——一年で——二千二百枚——!」






「——今の——織りの——速さなら——追いつく——!!」








「——できる——!!」






「——夜が——戻せる——!!」









——歓声の——中で。






——誠は。






——じっと——空を——見上げていた。








「——旦那。喜ばねェんで——ござんすか」







——駄々丸が——並んだ。







「——喜んでますよ」







——誠は——微笑んだ。







「——ただ——一つ——気に——なってて」








「——何がで?」






「——神様が——"光に——気を——つけろ"、って——言ったんです」








——誠は——駄々丸を——見た。







「——あれ——なかったら——僕たち——半日——保つとも——思わずに」






「——見込みも——入れずに——投げてました」








「——ほう」






「——そしたら——今日は——失敗してたと——思います」








「…………」







——駄々丸は。






——煙管を——ふかして。






——そして——のんびりと——言った。








「——ありがてェ——ことで——ござんすね」






「——はい」








「——ですがねェ、旦那」







——駄々丸は——扇子を——開いた。







「——なんで——蕎麦の——ついでに——言うんでござんしょうね」








「…………」







——誠は。






——駄々丸の——横顔を——見た。







——本人は。






——ただ——不思議そうに——首を——かしげているだけ、だった。








「——駄々丸さん」






「——へえ」






「——昨夜——よく——眠れましたか」








「——え?」







——駄々丸は。






——きょとん、と——した。







「——妙な、ことを——お聞きになる」






「——なんとなく、です」








「——そうですねェ」







——駄々丸は——首を——さすった。







「——近頃——妙に——寝覚めが——悪うござんしてね」






「——夢も——見て——ねェのに——起きると——疲れて——おりやす」








「…………」







——誠は。






——それ以上——何も——聞かなかった。






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「一色さんが、布を横に投げる表を、作ってきた。でも、賢者さんが、"光に押される分を、測っておらん"、って。地上では、空気の方が強いから、埋もれて、測れない。……そこへ、神様から、便り。"天ぷら、うまいこと、いったで。おおきに"。それは、よかった。でも、次が、"茶碗蒸しに、すが立つ"。……火が強すぎるんです。弱火で、じっくり。賢者さんに、"お前も、真面目に答えるな"、って、怒られた。聞かれたので。……そして、最後に、"そや。あの布な。光に押されるん、気ィつけや。案外、効くで"、って。賢者さんが、"数を言え"、って、飛びついたけど、"知らんけど"、で、切れた。……でも、僕、思った。あの人、向きは、教えてくれるけど、数は、一度も言わない。たぶん、見えてることだけ、知ってて、計算は、してないんだと思う。……三日後、二度目の試み。布を、横に投げた。回った。落ち続けて、ぐるっと。留め具を外して、広げたら——影が、止まった。十、二十、三十を数えても、動かない。皆、爆発した。一刻、二刻。おじいさんが、影の中で、座り込んで、"三年ぶりに、日陰におる。ここがいいんだ"、って、泣いてた。……三刻過ぎに、皆瀬さんが、"ずれてる"、って。光に、押されてた。ルカが、その場所を、全部、書き留めた。半日で、荒野の端まで、流れて、消えた。……半日。十を数えるほどから、半日。一色さんが、"四千倍以上"、って。計算したら、三刻の夜に、一日、六枚。千枚が、六枚に、なった。一年で、二千二百枚。今の織りなら、追いつく。皆、沸き返ってた。……でも、僕、気になってた。神様が、"光に気をつけろ"、って言わなかったら、見込みを入れずに、投げてた。今日は、失敗してた。……駄々丸さんに、その話を、したら、"なんで、蕎麦のついでに、言うんでござんしょうね"、って。それから、"昨夜、よく眠れましたか"、って、聞いてみた。"近頃、妙に、寝覚めが悪い。夢も見てねェのに、起きると疲れてる"、って。……じいちゃん。それ以上は、聞けませんでした」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「夢も——見て——ねェのに——起きると——疲れて——おりやす」、という——その——一言が。




——どういう、ことで——あったのかを。


そして——問いかけを——途中で——止めた——その、優しさが。




——真実を——さらに——三年——遠ざけることも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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