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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第96話「置くべき、場所」

十を——数えるほどの——影。





——それを——増やす。






——言うのは——たやすかった。








「——二枚——同時に——置けば——二十に——なるのか」







——賢者が——尋ねると。






——一色は——首を——振った。








「——ならないわ」






「——なぜだ」






「——同じ——場所に——置いたら——影も——同じ——場所に——できるもの」








——彼女は——図を——描いた。







「——濃い——影が——十——できるだけ」






「——長さは——変わらない」








「——では——どうする」






「——ずらして——置くのよ」








——一色は——線を——引いた。







「——一枚目が——流れ始めた——ところに——二枚目を——置く」






「——そうすれば——影が——繋がるわ」








「——なるほど——!」






「——ただし」







——一色は——渋い——顔を——した。







「——十を——数える——ごとに——一枚——要る」






「——一刻——保たせるなら——何枚だと——思う?」








「——え? ええと」







——賢者が——指を——折った。







「——一刻は——十を——数えるのが——三百六十——回」






「——では——三百六十——枚か——!」








「——一刻で——三百六十枚——!?」







——誠が——目を——剥いた。







「——三刻の——夜が——欲しいなら——千枚——!?」






「——毎日、よ」








「…………」







——工房が。






——凍りついた。








「——一万枚——織っても——十日で——尽きるぞ——!」






「——そうね」








「——では——無理では——ないか——!!」









——だが。






——誠は。






——じっと——図を——見つめていた。








「——一色さん」






「——何?」






「——なんで——影は——流れるんですか」








「——星が——回ってるからよ」







——一色は——当たり前の、ように——答えた。







「——布は——空に——留まってる。でも——下の——地面が——動いていく」






「——だから——影が——後ろへ——流れるように——見えるの」








「——じゃあ」







——誠は——ゆっくりと——言った。







「——布も——一緒に——動けば——いいんじゃ——ないですか」








「…………」







——一色の——動きが。






——止まった。








「——待って」






「——それ——できるんですか」








「——できる——かも——しれない」







——一色は——紙を——引き寄せた。







「——布を——真上に——置くから——置いていかれるの」






「——横向きに——投げて——星と——同じ——速さで——回らせれば」






「——影は——止まって——見えるわ——!」








「——それは——前に——出た——話では——ないか——!」







——賢者が——身を——乗り出した。







「——"落ち続けさせる"、というやつだ——!」






「——あの、時は——"回すと——同じ——場所に——留まらぬ"、と——切り捨てた——ぞ——!」








「——ええ。あの、時は——ね」







——一色は——顔を——上げた。







「——でも——あの、時と——今とで——違うことが——一つ——あるの」






「——何が——だ」








「——狙って——当てられるように——なったこと」








「…………」







——工房が。






——ざわめいた。








「——速さと——向きを——きちんと——揃えれば」






——一色は——早口に——なった。







「——布は——星と——同じ——だけ——回る」






「——影は——同じ——場所に——留まり続ける」







「——一枚で——何日も——保つわ——!」








「——それは——できるのか——!」






「——計算——してみないと」








「——また——計算か——!!」






「——学問とは——そういう——ものよ——!」









——その、時。







——工房の——床が。






——ぴちょん、と——鳴った。








『——あの』







「——皆瀬さん?」







『——また……上から』








「——神様か——!!」







——賢者が——飛んできた。







「——今度こそ——役に——立つ——ことを——言え——!」






「——読んで——ください」









『——ええと……"よお"』







『——"かえし、また——仕込んだで"』








「…………」







『——"今度は——味醂を——ちょっと——多めに——してみた"』







『——"甘くなりすぎるかと——思うたけど——三日——寝かせたら——ええ塩梅や"』








「——蕎麦の——話は——もう——よい——!!」







『——"それでな"』








「——来た——!!」







『——"天ぷらを——揚げたんやけどな"』








「——違った——!!」








『——"衣が——うまいこと——いかんのや"』






『——"べちゃっと——なる"』






『——"どないしたら——さくっと——なる?"』








「…………」







——工房が。






——重い——沈黙に——包まれた。








「——おい」







——賢者が——低く——言った。







「——世界が——どうなって——おるか——知って——おるのか、あの——男は」






「——知ってると——思います」








——誠が——静かに——言った。







「——前に——弓のことを——知ってましたから」






「——なら——なぜ——天ぷらの——話を——する——!!」








「…………」







——誠は。






——答えられなかった。








『——まだ——ある』







——皆瀬が——揺れた。







「——読め——!」








『——"衣な。冷たい——水で——溶くと——ええ、って——聞いたんやけど"』






『——"なんでか——分からん"』







『——"混ぜすぎたら——あかん、とも——聞いた"』






『——"なんでや"』








「——知るか——!!」








「——あ。それ——分かります」







——誠が——ぽつり、と——言った。








「——なんだと?」






「——うちで——たまに——揚げるので」








——誠は——考えながら——言った。







「——混ぜすぎると——粘りが——出るんです」






「——粘りが——出ると——衣が——重くなって——油を——吸います」






「——だから——さっと——混ぜて——粉が——残るくらいで——止めるんです」








「——冷たい——水は?」






「——冷たいと——粘りが——出にくいんです」








「…………」







——賢者が。






——妙な——顔を——した。







「——待て」






「——はい?」








「——今の——話」







——彼は——ゆっくりと——言った。







「——"混ぜすぎると——粘る"」






「——"冷たいと——粘らぬ"」







「——それは——理屈が——あるのか」








「——え? 分かりません」







——誠は——首を——かしげた。







「——じいちゃんが——そう——してたので」






「——理由は——聞いたことが——ありません」








「…………」







——賢者は。






——しばらく——黙って。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——魔法使いを——呼べ」






「——え?」






「——虚空に——問うのだ」








「——天ぷらを——ですか——!?」






「——違う——!」








——賢者は——机を——叩いた。







「——だが——今の——話で——思い出した」






「——我らは——布の——ことを——何も——知らん」







「——空の——上で——布が——どう——振る舞うか」






「——一度も——問うて——おらぬ——!」








「…………」







——一色が。






——顔を——上げた。







「——確かに」






「——"どう——飛ばすか"、ばかり——聞いてたわ」








「——では——聞くぞ——!」









——半刻、後。






——高座が——組まれた。








「——皆さーん——! 本日の——問いです——!」







——魔法使いが——札を——掲げた。







「——"空の——高いところで——布は——どう——振る舞いますか"——!」








——虚空が——流れ始めた。







「——来ました——!」






「——読め——!」








「——"空気が——ほとんど——ないので——広げたら——広がったまま"——!」






「——"畳もうとする——力が——働かない"、そうです——!」








「——それは——ありがたい——!」







「——それと——"太陽の——光にも——押す——力が——ある"、って——!」








「…………なんだと?」







——工房が。






——静まった。








「——光が——押す、だと?」






「——"ものすごく——弱いですが——あります"、って——!」







——魔法使いが——読み続けた。







「——"薄くて——広いものほど——効きます"——!」






「——"それを——使って——進む——帆も——考えられています"、と——!」








「——帆——!?」







——一色が。






——立ち上がった。







「——待って。それ——大事だわ」






「——なぜだ」








「——私たちの——布は——薄くて——広いの」







——彼女は——早口に——なった。







「——つまり——置いた——布は——光に——押されて——ずれていく」






「——十を——数えるほどで——流れたのは——星が——回ったからだけじゃ——ない、かも——しれない」








「——それは——困るのでは——ないか——!」






「——困るわ。……でも」








——一色は。






——妙な——顔で——笑った。







「——使えるかも——しれない」








「——どういう、ことだ」






「——押される——向きが——分かってるなら」







——一色は——図に——線を——引いた。







「——最初から——押される——分を——見込んで——置けばいいの」






「——そうすれば——押されながら——ちょうどいい——場所に——来るわ」








「——鴨撃ちで——ござんすね」







——高座の——脇から——駄々丸が——言った。







「——また——それか——!!」









——だが。






——誠だけが。






——ふと——駄々丸を——見ていた。








(——駄々丸さん)






(——なんで——いつも——ちょうどいい、ことを——言うんだろう)








「——旦那? どうか——なさいやしたか」






「——いえ。なんでも——ないです」









——散会の——後。






——誠は——皆瀬の——そばに——しゃがんだ。








「——皆瀬さん」






『——なに?』






「——神様——他に——何か——言ってませんでしたか」








『——ううん。……あ』







——皆瀬が——ぷるん、と——揺れた。







『——最後に——ひとこと』







「——なんて——ですか」








『——"影、ええな"』








「…………」







——誠は。






——動きを——止めた。








「——影の、こと——知ってるんですか」






『——知ってるみたい』








「——見てるんでしょうか」







『——分かんない。……でも』








——皆瀬は。






——少し——困ったように——揺れた。







『——なんか……近くから——喋ってる——感じが——した』








「——近く?」






『——うん。……上、じゃ——なくて』








「…………」







——誠は。






——ゆっくりと——広場を——見回した。







——人々が——行き交っている。







——その——中に。







——煙管を——ふかす——後ろ姿が——あった。








「…………」







「——旦那——! 麦茶を——一杯——おくんなせェ——!」







——駄々丸が——振り返って——手を——振った。







「——あ。はい——! 今——いきます——!」









——誠は。






——首を——振って——立ち上がった。







(——気の、せいだ)







——そう——思うことに——した。






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「影を、増やす話。同じ場所に、二枚、置いても、濃くなるだけで、長さは変わらない。ずらして置いて、繋ぐしかない。でも、十を数えるごとに、一枚。三刻の夜なら、千枚。毎日。……一万枚、織っても、十日で尽きる。……そこで、聞いてみた。"なんで、影は、流れるんですか"、って。星が回るから、布は置いていかれる。じゃあ、布も、一緒に動けばいい。……一色さんが、"できるかもしれない"、って。横向きに投げて、星と同じ速さで回らせれば、影は止まって見える。前に、"回すと同じ場所に留まらぬ"、って、切り捨てた話だけど、今は、狙って当てられる。……そこへ、神様から、便り。内容は、"かえし、また仕込んだ"、"味醂を多めにした"、"それでな"——来た、と思ったら、"天ぷらを揚げたんやけど、衣が、べちゃっとなる。どないしたら、さくっと、なる?"。……賢者さん、絶叫してた。でも、僕、答えを、知ってた。混ぜすぎると、粘りが出て、油を吸う。冷たい水だと、粘りにくい。じいちゃんが、そうしてた。理由は、聞いたことがない。……そしたら、賢者さんが、"今の話で、思い出した。我らは、布のことを、何も知らん。空の上で、布がどう振る舞うか、一度も問うておらぬ"、って。……虚空の方々に、聞いたら、空気がないから、広げたら広がったまま。それと——"太陽の光にも、押す力がある"、って。薄くて広いものほど、効く。帆にも使える、って。一色さんが、"押される分を、見込んで置けばいい"、って。駄々丸さんが、"鴨撃ちでござんすね"、って。……なんで、あの人、いつも、ちょうどいいことを、言うんだろう。……散会の後、皆瀬さんに、聞いたら、神様、最後に、"影、ええな"、って、言ってたって。影のこと、知ってる。しかも、"近くから、喋ってる感じがした。上じゃなくて"、って。……広場を、見回したら、駄々丸さんが、麦茶を、頼んできた。気のせいだ。じいちゃん、気のせい、ですよね」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「上、じゃなくて——近くから」、という——皆瀬の——その——一言が。




——この、物語で——最も——大きな——秘密の——入り口で、あったことを。


そして——「気の、せいだ」、と——打ち消した——その、癖が。




——彼を——三年——遠回りさせることも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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