第35話「エクスプロージョン」
静電気除去魔法を習得してから、十日ほどが過ぎた。
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「田中様、学院長様より、火急のお手紙です」
村に、魔法学院の使者が、慌てた様子で駆け込んできた。
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「またですか……」
誠は、少し身構えながら、手紙を開いた。
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「田中殿。先の『ライトニング』失敗の原因を、詳細に分析いたしました。結論として、二十時間もの長時間熟成が、貴殿の体力を著しく消耗させ、結果として、出力が著しく低下したものと判明しました。つきましては、熟成時間の短い、大魔法『エクスプロージョン』の習得を、提案いたします——」
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「今度は、エクスプロージョン、ですか」
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「田中さん、また、行くんですか」
エリナが、少し呆れたような、心配なような、複雑な表情で尋ねた。
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「せっかくの機会ですし……」
誠は、まだ、諦めきれずにいた。
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「田中殿、よく来てくれた」
学院長が、以前にも増して、興奮した様子で誠を迎えた。
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「今回の『エクスプロージョン』は、『ライトニング』とは違い、詠唱句の量が、遥かに少ない。だが、その分——」
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学院長は、少し、深刻な顔をした。
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「発動には、詠唱句を、極めて短時間で、一気呵成に唱える必要がある」
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「短時間で……ということは、早口、ということですか」
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「そうだ。しかも、通常の生徒の、十倍近い速度で、唱える必要がある。貴殿の膨大な魔力を、瞬間的に、圧縮して放出するためだ」
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「わかりました。やってみます」
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こうして、誠の「エクスプロージョン」習得訓練が、始まった。
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「まずは、この呪文を、私の後に続いて、唱えてみてくれ」
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学院長が、恐ろしい速さで、呪文を唱えた。
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「バクレツセヨ、カゲロウノホノオ、イマココニ、キョウレツナルバクハツヲ!」
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「え、えっと……」
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誠は、その速さに、ついていけなかった。
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「バク……バクレツ……セヨ……」
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「遅い! もっと速く!」
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一日目。
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「バクレツ……ゼヨ……カ、カゲロウ……あ、噛んだ」
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誠の舌が、思うように回らなかった。「バクレツセヨ」の部分だけで、既に、何度も舌を噛んでいた。
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「痛っ……」
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「田中殿、諦めるな! 早口言葉の練習だと思って、繰り返すのだ!」
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二日目。
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「バクレツセヨ、カゲロウノ、ホ、ホロオノ……あ、また噛んだ」
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誠の舌先には、既に、いくつもの小さな傷ができていた。
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「田中殿、少しずつ、速くなってきているぞ」
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「舌が……痛いです……」
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「休憩を挟みながら、続けよう」
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三日目。
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誠は、既に、寝る間も惜しんで、ひたすら早口の練習を続けていた。
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「バクレツセヨカゲロウノホノオイマココニキョウレツナルバクハツヲ……!」
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「おお、田中殿! ついに、詰まらずに、唱えられたぞ!」
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「本当、ですか……!」
誠は、疲労困憊しながらも、目を輝かせた。
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「よし、今度は、魔力を込めながら、唱えてみよう!」
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誠は、これまでの練習の成果を込め、渾身の力で、早口の呪文を、唱え始めた。
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「バクレツセヨ、カゲロウノホノオ、イマココニ、キョウレツナルバクハツヲ……!」
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その瞬間、誠の全身から、魔力が、一気に放出される感覚があった。
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「来る……!」
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学院長も、助手たちも、固唾を飲んで見守った。
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ひんやり。
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誠の手のひらから、爆発でも、炎でもなく——ただ、ひんやりとした、涼しい風が、一陣、そよいだ。
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「……あれ?」
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誠は、自分の手のひらを、まじまじと見つめた。
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「これ、涼しい、だけですね……」
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学院長も、困惑した様子で、記録用の水晶を確認した。
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「爆発の魔力反応は……確かに、あった。だが、出力が、ほぼ、周囲の温度を、わずかに下げる程度に、留まっている……」
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「学院長、これは、一体……」
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「うむ……。おそらく、貴殿の場合、魔力の圧縮に、あまりにも意識を集中させすぎた結果、爆発的な"熱"のエネルギーが、逆に、周囲の熱を吸収する方向に、変換されてしまったのだろう」
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「つまり……」
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「爆発ではなく……冷却、が、発動してしまった、ということだ」
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誠は、しばらく、呆然と、立ち尽くしていた。
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「三日間、舌を噛みながら、練習して……最終的に、出たのは、ちょっとした、涼しい風……」
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「田中殿……」
学院長も、さすがに、言葉に詰まっていた。
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「あの、これ、何かに、使えますかね……」
誠は、力なく尋ねた。
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学院長は、しばらく、考え込んだ。
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「……夏場、扇風機代わりに、使えるかもしれん」
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「扇風機、代わり……」
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「うむ。それに、静電気除去魔法と、組み合わせれば……夏の日、汗ばんだ体に、涼しい風を送りながら、静電気の心配もない、快適な状態を、作り出せるだろう」
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「田中殿、これは、これで、実用性が——」
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「学院長」
誠は、静かに、しかし、はっきりと、口を挟んだ。
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「僕、大魔法使いには、向いていないんだと思います」
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「そんなことは……いや、しかし……」
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学院長も、これまでの二回の結果を思い返し、反論の言葉を、見つけられずにいた。
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「田中殿、しかし、この、静電気除去と、涼風の魔法……夏場の農作業には、地味に、重宝するのではないか」
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「それは……確かに、そうかもしれません」
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誠は、少し、考えを改めた。派手さはないが、日々の暮らしには、確かに役立つかもしれない。
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「田中さん、また、変な魔法を、覚えてきたんですね」
村に戻った誠を、エリナが、苦笑いしながら迎えた。
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「はい……涼しい風が、出せるようになりました」
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「それは……夏場に、重宝しそうですね」
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「祖父ちゃんのノートにも、書いておこうと思います。『大魔法、二連続失敗。でも、生活魔法としては、悪くないかもしれない』って」
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「エクスプロージョンに挑戦したが、結果は、涼しい風だった。舌を三日間、噛み続けた甲斐が、これだった。じいちゃん、俺は、本当に、派手なことには、縁がないみたいだ。でも、静電気除去と、涼しい風。地味だけど、悪くない気もする」
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窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。この「静電気除去」と「涼風」の二つの生活魔法が、この後の農作業や、夏場の疫病予防——熱中症対策として、思いがけない形で、多くの人々の役に立っていくことになることを。
そして、学院長の探究心が、まだ、諦めていなかったことも——今はまだ、知る由もなかった。




