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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
大魔法士への道

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第34話「大魔法士への道」

霧霊スライム族の一件から、数日後のことだった。


⸻


「田中さん、また、魔法学院から、お手紙です」


エリナが、少し驚いた様子で、封筒を届けてきた。


⸻


「今度は、何でしょうか」


誠は、少し身構えながら、手紙を開いた。


⸻


「田中誠殿。先の特別課程における貴殿の魔力量、及び、その後の実践活用例(細菌族の進化事例)について、詳細な報告を受けました。貴殿の魔力は、単なる『制御不能』ではなく、特定条件下において、極めて高度な発動を見せる可能性があることが、新たな研究により示唆されております。つきましては、大魔法『ライトニング』の習得に向けた、特別指導を実施したく——」


⸻


「大魔法……ライトニング……」


誠は、思わず、その言葉を、口の中で繰り返した。


⸻


「田中さん、これって……」


⸻


「大魔法使いに、なれるかもしれない、ってことですよね」


⸻


誠の胸に、これまで感じたことのない、高揚感が湧き上がってきた。勇者にも、賢者にもなれず、大魔法使いの選定でも失敗した、あの日から、ずっと。


⸻


(今度こそ……!)


⸻


「エリナさん、行ってきます!」


⸻


⸻


こうして誠は、再び、王都の魔法学院へと向かうことになった。


⸻


「田中殿、よく来てくれた」


学院長が、以前よりも、いくぶん興奮した様子で、誠を迎えた。


⸻


「あの、本当に、大魔法が、使えるようになるんでしょうか」


⸻


「可能性は、十分にある。貴殿の魔力量は、歴代でも最上位クラスだ。問題は、制御だったが……」


⸻


学院長は、分厚い書物を、机の上に広げた。


⸻


「大魔法『ライトニング』は、通常の呪文詠唱とは、少し異なる発動方式を取る。膨大な魔力を、体内で、段階的に"熟成"させていく必要がある」


⸻


「熟成、ですか」


⸻


「詳しく言えば、この呪文書に記された、無数の詠唱句を、一つ一つ、順を追って、脳内に、深く刻み込んでいく。それにより、体内の魔力が、少しずつ、変質していくのだ」


⸻


「なるほど……」


⸻


「では、始めるとしよう。この、専用の座を使う」


⸻


誠は、学院の奥にある、特別な儀式用の椅子に、腰を下ろした。


⸻


「この椅子に座り、私の朗読する詠唱句を、頭の中で、繰り返し、なぞってほしい。魔力が十分に熟成されれば、自然と、口が動くはずだ」


⸻


「わかりました」


⸻


⸻


学院長の朗読が、始まった。


⸻


「天の裂け目より来たりし、雷霆の使者よ……」


⸻


誠は、その言葉を、頭の中で、丁寧になぞっていった。


⸻


「汝、我が魂の共鳴に応じ、来たれ……」


⸻


不思議な感覚だった。言葉が、脳の奥深くに、染み込んでいくような感じがする。


⸻


一時間が経過した。


⸻


「雲海を切り裂く、白き刃となりて……」


⸻


まだ、続いていた。誠の頭の中には、次々と、新しい詠唱句が、流れ込んでくる。


⸻


三時間が経過した。


⸻


「田中殿、体調は、大丈夫か」


⸻


「はい……なんとか。でも、頭の中が、どんどん、言葉で埋まっていくような感じがします」


⸻


「それは、良い兆候だ。続けよう」


⸻


⸻


五時間、六時間と、時間が過ぎていった。


⸻


「轟く音、燦然と輝く光……」


⸻


「我が体は、雷そのものとならん……」


⸻


誠の口が、いつしか、無意識のうちに、詠唱句を、小さく呟き始めていた。


⸻


「すごい……! 自然と、口が、動いています……!」


⸻


「その調子だ、田中殿! 魔力の熟成が、順調に進んでいる証拠だ!」


⸻


⸻


十時間が経過した。


⸻


「千の稲妻、万の雷鳴……」


⸻


誠の目は、既に、疲労で赤く充血していた。それでも、頭の中には、まだ、次々と、新しい詠唱句が、流れ込んでくる。


⸻


「学院長……これ、いつまで、続くんですか……」


⸻


「もう少しだ、田中殿! 貴殿の魔力量なら、通常の生徒の、十倍以上の詠唱句を、詰め込む必要がある!」


⸻


「じゅ、十倍……」


⸻


⸻


十五時間が経過した。


⸻


「我こそは、天の怒りを、体現する者……」


⸻


誠の意識は、既に、朦朧としていた。しかし、口だけは、勝手に、次々と、詠唱句を紡ぎ続けていた。


⸻


(これ、本当に、終わるのか……?)


⸻


「田中殿、まだ、いけるか!」


⸻


「は、はい……多分……」


⸻


⸻


十八時間が経過した頃、誠の体が、限界に近づいていた。


⸻


「頭が……パンクしそうです……」


⸻


「もう少しだ! 魔力の器が、満タンに近づいている兆候が、見え始めている!」


⸻


⸻


そして、二十時間が経過した、その瞬間——


⸻


「我が名において、命じる。来たれ、雷霆よ……!」


⸻


誠の口から、これまで頭の中に刻まれ続けた、無数の詠唱句の、最後の一節が、自然と、こぼれ落ちた。


⸻


「ライ……トニング……!」


⸻


⸻


誠の全身が、まばゆく光った。学院長も、周囲で見守っていた助手たちも、固唾を飲んで見守った。


⸻


「来る……! 大魔法が……!」


⸻


⸻


パチッ。


⸻


小さな、本当に小さな、静電気のような音とともに——誠の指先から、一筋の、ごく細い、蚊が飛ぶ程度の光の線が、放たれた。


⸻


「……え?」


⸻


その光は、目の前の机の上に置かれた紙切れを、わずかに揺らした程度で、消えてしまった。


⸻


⸻


「……これで、終わり、ですか?」


誠は、放心状態で、そう尋ねた。


⸻


「……」


⸻


学院長も、助手たちも、しばらく、言葉を失っていた。


⸻


「学院長、これ、大魔法……なんですよね?」


⸻


「……理論上は」


⸻


「理論上は?」


⸻


「二十時間もの魔力熟成の末に、発動した『雷』が……その、紙切れを、わずかに揺らす程度の、静電気並みの威力とは……」


⸻


⸻


「まさか、こんな結果になるとは……」


学院長が、書物を、何度もめくり返しながら、呆然と呟いた。


⸻


「貴殿の魔力量は、間違いなく、規格外だ。しかし、その出力への変換効率が……信じられないほど、低い」


⸻


「効率が、低い、ということは……」


⸻


「例えるなら……大河の水を、針の穴から、絞り出しているような状態だ」


⸻


誠は、その説明に、力なく肩を落とした。


⸻


「じゃあ、この二十時間は……」


⸻


「無駄では、ない! 貴殿の中に、確かに、大魔法の"型"は、刻まれた! ただ、その、出力の変換に、まだ、大きな課題が……」


⸻


⸻


「田中殿、正直に、申し上げよう」


学院長が、深く、息を吐いた。


⸻


「この威力では、戦闘は、おろか、火を灯すことすら、覚束ない」


⸻


「そう、ですか……」


⸻


誠は、既に、疲労困憊で、それ以上、落胆する気力すら、残っていなかった。


⸻


⸻


「あの、学院長」


誠は、最後の力を振り絞って、尋ねた。


⸻


「この魔法、何かに、使い道は……」


⸻


学院長は、しばらく、考え込んだ。


⸻


「……強いて言うなら、静電気除去、くらいには、使えるかもしれん」


⸻


「静電気、除去……」


⸻


「うむ。冬場、扉のノブに触れる前などに、この魔法を、軽く使えば、バチッと、痛い思いをせずに済むだろう」


⸻


⸻


誠は、二十時間の苦行の末に得た「大魔法」が、静電気除去程度の実用性しか持たないという事実に、しばし、天を仰いだ。


⸻


⸻


「田中殿、しかし」


学院長が、少し、真剣な顔で付け加えた。


⸻


「この熟成の過程で、貴殿の脳内に刻まれた、大魔法の"型"そのものは、消えるわけではない。将来、何らかの拍子に、出力の変換効率が、劇的に改善される可能性も——」


⸻


「まあ、いいです」


誠は、力なく、笑った。


⸻


「静電気除去、地味に便利かもしれませんし」


⸻


⸻


村へ戻る道すがら、誠は、ぐったりとした様子で、荷馬車に揺られていた。


⸻


「田中さん、大魔法は、どうでしたか」


⸻


エリナが、店に戻った誠を、心配そうに出迎えた。


⸻


「静電気除去魔法が、使えるようになりました」


⸻


「……え?」


⸻


「二十時間、頭に詠唱句を叩き込まれ続けた結果、習得したのが、静電気除去魔法でした」


⸻


エリナは、しばらく、ぽかんとした顔をしていたが、やがて、堪えきれずに、吹き出した。


⸻


「ふふっ……田中さんらしい、というか……」


⸻


「笑い事じゃないですよ……本当に、疲れました……」


⸻


⸻


その夜、誠は、祖父のノートに、震える手で、こう書き加えた。


「大魔法士になれるかもしれないと、期待して魔法学院に行った。二十時間、頭に詠唱句を叩き込まれ続けた末に、発動した魔法は……静電気除去だった。じいちゃん、俺は、本当に、大きなことには、縁がないみたいだ」


⸻


窓の外、二つの月が、疲れ果てた誠を、静かに見下ろしていた。


⸻


まだこの時の誠は知らない。この「静電気除去魔法」が、この後、思いがけない場面で——ある重要な局面において、地味ながらも、決定的な役割を果たすことになることを。


そして、この二十時間の魔力熟成が、誠の体の奥深くに、まだ目覚めぬ何かを、静かに刻み込んでいたことも——今はまだ、知る由もなかった。

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