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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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第33話「進化する細菌」

皆瀬——細菌族の集落を訪れるようになって、一ヶ月が過ぎた頃だった。



「田中くん、実は、折り入って、相談があるの」


皆瀬の声が、いつになく、真剣な響きを帯びていた。



「どうした?」



「うちの一族……いえ、この集合体としての私たちは、実は、ある問題を抱えていて」



皆瀬は、霧を、ゆっくりと揺らめかせながら、説明を始めた。



「私たちは、無数の微小な個体の集合で、意識を保っている。でも、個々の細胞レベルでは、脆弱すぎて、外敵にも、環境の変化にも、とても弱いの」



「弱い、というと」



「例えば、乾燥が続くと、個体数が激減する。強い魔力を持つ魔物に襲われると、あっという間に、集合体の一部が、消滅してしまう」



誠は、真剣に耳を傾けた。



「もし、もっと、頑丈な『器』があれば……この集合意識を、安定して、維持できるかもしれない」



「器、か……」


誠は、少し考え込んだ。



「あの、田中殿」


長老が、横から、遠慮がちに口を挟んだ。



「実は、我らの間で、こんな言い伝えがございます。『強き衝撃を受けた生命は、時に、より強靭な形へと、生まれ変わる』と」



「それは……」



誠の脳裏に、ふと、あの忌々しい"体質"のことが、よぎった。



(まさか、あれを、逆に使えないか……?)



「あの、実は、僕には、少し変わった体質がありまして」


誠は、恐る恐る、これまでの経緯を——戦うと、なぜか相手が覚醒し、レベルアップしてしまうという、あの不運な体質を——説明した。



「その体質……もしや」


長老が、複眼——ではなく、細菌族特有の感覚器官を、大きく見開いた(ように、誠には感じられた)。



「田中殿、それは、災いではなく、もしや……祝福なのでは」



「祝福、ですか」



「はい。強制的に、対象の潜在能力を、極限まで引き出す力。これは、通常の攻撃魔法とは、全く異なる、特異な才能かもしれません」




「田中くん、試してみない?」


皆瀬が、興味深げに提案した。



「私の一部——集合体のごく一部を、あなたの、その"体質"で、刺激してみてほしいの」



「危険は、ないのか」


誠は、慎重に尋ねた。



「集合体の一部だから、仮に、何か問題があっても、全体には、影響しないはず。それに……」



皆瀬の声が、少し、期待に満ちた響きを帯びた。



「私、ずっと、興味があったの。自分の体が、どこまで、変化できるのか」




こうして、誠は、慎重に、実験を行うことになった。



「よし……いくぞ」


誠は、皆瀬が指定した、湿地の一角に集めた、集合体のごく一部——小さな霧の塊に向かって、木の棒を、そっと振り下ろした。



「えいっ」



木の棒が、霧に触れた瞬間——



「おお……!」



霧の塊が、まばゆく輝き始めた。



「これは……!」


長老が、驚愕の声を上げた。



光が収まると、そこには——先ほどまでの、頼りない霧ではなく、確かな輪郭を持った、ぷるぷると震える、半透明の物体が、姿を現していた。



「これは……スライム、か……?」


誠は、以前、水汲みの際に遭遇した、あの生き物を思い出しながら、呟いた。



「田中くん、これ……私、なんだけど……」



小さなスライムが、ぷるん、と震えた。皆瀬の声が、その振動と共に、はっきりと響いた。



「体が……ある……! ちゃんと、輪郭が、あるのを、感じる……!」



「成功、なのか?」



「うん……! 田中くん、これ、すごい……! 集合体としての意識を保ったまま、確かな『体』を、手に入れられた……!」




長老が、その光景を、食い入るように見つめていた。



「田中殿……これは、まさに、我らの一族にとって、悲願の進化かもしれません」



「もっと、大規模に、試してみてもいいか?」


誠が、慎重に確認した。



「お願い……! 私、もっと、この体で、色んなことを、感じてみたい……!」




数日かけて、誠は、集合体の各部を、少しずつ、その"体質"で刺激していった。効果は、劇的だった。



かつては、頼りない霧の塊でしかなかった細菌族の集合体は、一つ一つが、確かな輪郭を持つ、小さなスライムのような存在へと、姿を変えていった。



「これで、乾燥にも、外敵にも、以前より、遥かに強くなった……!」


長老が、感動した様子で、新しく生まれた「一族」を見渡した。



「田中殿、本当に、感謝いたします。この進化は、我らの一族にとって、まさに、革命的な出来事です」



「僕は、ただ、いつもの不運な体質を、使っただけです」



「不運ではありません」


長老が、きっぱりと、言い切った。



「これは、貴殿にしかできない、唯一無二の、才能です」




「田中くん」


新しい体を得た皆瀬——ぷるぷると震える、小さなスライムの姿になった彼女——が、誠に向かって、嬉しそうに揺れた。



「これで、私、動けるようになった。移動も、できるし、感触も、ちゃんと、感じられる」



「よかったな、皆瀬」



「ありがとう、田中くん。あなたの、その"不運"のおかげで、私は、新しい体を、手に入れられた」



「不運が、役に立つとはな」


誠は、苦笑いしながら、そう呟いた。




その日の夜、湿地の集落では、ちょっとした祝いの席が設けられた。



「これからは、我ら細菌族改め……」


長老が、皆を代表して、宣言した。



「『霧霊(むれい)スライム族』として、新たな歴史を、歩んでまいります」



「霧霊スライム族、か。いい名前だな」


誠が、そう呟いた。



「田中くん」


皆瀬——スライムの姿の彼女が、誠の足元に、ぷるんと近づいてきた。



「今度、竜崎くんや、鈴森さんにも、この姿、見せに行っていい?」



「もちろん。きっと、驚くと思うぞ」




「にしても」


誠は、自分の手のひらを、しみじみと見つめた。



「僕の、この、戦うと相手が覚醒するっていう体質、まさか、こんな形で、役に立つ日が来るとは、思わなかったな」



「田中くんの"不運"、実は、ものすごい可能性を、秘めてるのかもね」


皆瀬が、揺れながら、そう言った。




その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「僕の困った体質を使って、皆瀬たち細菌族を、スライムのような、確かな体を持つ姿に進化させることができた。長年、悩みの種だった不運が、初めて、誰かの役に立った気がする。じいちゃん、悪いことばかりじゃ、なかったのかもしれないな」



窓の外、二つの月が、新しく生まれた霧霊スライム族の集落を、優しく照らしていた。



まだこの時の誠は知らない。この「意図的な覚醒能力の活用」が、この後、思いがけない形で——王国の様々な種族や、そして、この後の大きな戦いにおいて、極めて重要な役割を果たしていくことになることを。


そして、この体質が、単なる「不運」ではなく、誠自身の中に眠る、もう一つの、隠された才能の片鱗に過ぎなかったことも——今はまだ、知る由もなかった。

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