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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第92話「織る、ということ」

薄布の——織り方を——習う。





——言うのは——たやすかった。







「——では——参ります」







——虫人族の——長が——糸を——手に——取った。







——広間には。






——二百人ほどが——集まっていた。








「——見ていて——ください」







——長の——六本の——手が。






——ふわり、と——動いた。







——糸が——絡み。






——編まれ。






——見る間に——薄い——面が——できていく。








「——おおお——!」






「——速い——!」








「——では——皆さんも——どうぞ」









——広間が。






——静まり返った。








「……あの」







——誰かが——手を——挙げた。







「——手が——足りません」








「…………」







——長が。






——きょとん、と——した。







「——え?」






「——僕たち——手が——二本しか——ないんです」








「…………」







——長は。






——自分の——六本の——手を——見た。







——そして。






——絶望的な——顔に——なった。








「——申し訳——ありません——!」






「——気づいて——おりませんでした——!」








「——長さんの——せいじゃ——ありません——!」







——誠が——慌てて——言った。







「——でも——これでは——教えられません」







——長は——うなだれた。







「——この——織り方は——六本——要るのです」






「——二本で——できる——ものでは——」








「——待って——ください」







——誠が——遮った。







「——長さん。今——六本で——何を——してましたか」








「——え?」






「——一本ずつ——何を——してたか——教えて——ください」








「…………」







——長は。






——自分の——手を——見ながら——数え始めた。








「——右の——一本目は——糸を——送り」






「——二本目は——押さえ」






「——三本目は——通し」






「——左の——一本目は——受け」






「——二本目は——締め」






「——三本目は——次の——糸を——用意」








「——六つ——ですね」







——誠は——にっこりと——笑った。







「——じゃあ——三人でやりましょう」








「…………は?」







「——一人が——二つずつ——受け持てば——六つに——なります」








「——ですが——それでは——息が——合いません——!」







——長が——首を——振った。







「——この——織りは——寸分の——ずれも——許されぬのです——!」






「——一つの——身体だから——できるのです——!」








「——それなら——大丈夫です」







——誠は——広間を——見回した。







「——ここに——いる——皆さん」






「——一万二千人で——寸分の——ずれも——なく——詠唱を——揃えた——人たちですから」








「…………」







——広間が。






——ざわり、と——揺れた。







「——そういえば——そうだな」





「——あれ——できたんだから——三人くらい——なんとかなるだろ」





「——やってみるか——!」









——だが。






——現実は——甘くなかった。








「——遅い——! そこで——締めろ——!」






「——待って——! まだ——通してない——!」






「——切れた——!」








——初日。






——二百人が——挑んで。






——一枚も——できなかった。








「——難しい——!」






「——長さんは——なぜ——あんなに——簡単に——!」








「——三百年——やって——おりますので」







「——三百年——!?」









——だが。






——三日目に。






——最初の——一枚が——できた。








「——できた——!!」






「——できたぞ——!!」








——だが——長は。






——それを——手に——取って——首を——振った。







「——目が——粗すぎます」






「——これでは——風で——破けます」








「…………」






「——やり直し、ですか」






「——はい」









——五日目。






——十枚。全部——不合格。







——七日目。






——三十枚。三枚だけ——合格。







——十日目。






——五十枚。二十枚——合格。








「——上がって——きたな」







——賢者が——帳面を——見て——頷いた。







「——だが——三千枚には——まだ——遠い」








「——それと——もう一つ——問題が——あります」







——一色が——渋い——顔で——言った。







「——糸が——足りません」








「——なんだと?」






「——虫人族の——糸は——限りが——あるの」








——一色は——長を——見た。







「——どれくらい——出せますか」






「——一族——総出でも——月に——五十枚——分ほど」








「——月に——五十——!?」







——賢者が——頭を——抱えた。







「——三千枚なら——五年だ——!」








「——待って——ください」







——誠が——手を——挙げた。







「——長さん。糸は——何から——できるんですか」








「——我らが——出します」







——長は——腹の——あたりを——示した。







「——食べた——ものから——作るのです」







「——何を——食べると——たくさん——出ますか」








「…………」







——長が。






——ぽかん、と——した。







「——考えた——ことが——ありません」








「——え?」






「——地下に——移って、から——出された——ものを——食べて——おりました」







——長は——申し訳なさそうに——言った。







「——里に——おった——頃は——若葉を——食べて——おりましたが」






「——今は——干し芋ばかりで」








「——若葉——!!」







——誠が——立ち上がった。







「——ルカ——! 畑の——間引き菜——どれくらい——ある——!?」








「——え? 山ほど——ありますけど——!」







——ルカが——きょとん、と——した。







「——捨ててます——! 食べても——おいしくないので——!」








「…………」







——広間が。






——静まった。








「——長さん。これ——食べられますか」







——誠が——差し出した——間引き菜を。






——長は——一口——食べて。






——そして——動きを——止めた。








「…………」






「——長さん?」







「——三百年——ぶりです」








——長の——目から。






——涙が——こぼれた。







「——里の——味です」








「…………」







「——なんで——言わないんですか——!!」







——誠が——叫んだ。







「——毎日——捨ててたんですよ——!!」








「——聞かれ——ませんでしたので」








「——また——それか——!!!」







——賢者が——絶叫した。









——だが。






——効き目は——劇的、だった。








——五日、後。







「——糸が——三倍——出て——おります——!!」







——長が——飛び上がった。







「——それに——質が——違います——! 里に——おった——頃の——糸です——!」








「——月に——百五十枚——分——!?」







——一色が——計算し直した。







「——それなら——三千枚まで——二十月」






「——一年と——八月ね」








「——まだ——長いな」






「——でも——五年より——ずっと——短いわ」









——そして。






——誠は——気づいた。








「——長さん」






「——はい」






「——虫人族の——皆さん——三百年——里の——ものを——食べてなかったんですね」








「——はい」






「——他の——種族は——どうなんでしょう」








「…………」







——広間が。






——しん、と——なった。








「——鬼族の——皆さん。里で——何を——食べてましたか」







「——え? ……そういや——川魚の——干したのが——好物だったなァ」







——グランデルが——首を——かしげた。







「——地下に——来てから——食っとらんゥ」








「——魔族の——皆さんは」






「——溶岩の——そばの——苔だ」







——魔王が——ぼそり、と——言った。







「——だが——地下には——生えぬ」








「——それ——第九層の——熱い——ところに——生えてませんか」







——ルカが——手を——挙げた。







「——緑の——ぬるぬるした——やつ」








「…………」







——魔王が。






——ゆっくりと——立ち上がった。







「——案内せい」









——三日、後。







——地下は——ちょっとした——騒ぎに——なっていた。








「——魔族の——皆さんが——元気に——なりました——!」






「——鬼族の——力が——上がって——おります——!」






「——虫人族の——糸が——止まりません——!」








「——なんだ——これは」







——賢者が——呆然と——した。







「——飯を——変えた、だけで——こうも——変わるのか」








「——変わりますよ」







——誠は——当たり前の、ように——言った。







「——うちの——じいちゃんが——言ってました」






「——"人は——食ったもので——できてる"、って」








「——だが——なぜ——今まで——誰も——言わなんだ——!」







「——皆さん——遠慮してたんだと——思います」








——誠は——静かに——言った。







「——食い扶持が——足りない、時に」






「——"あれが——食べたい"、なんて——言えませんよね」








「…………」







——賢者は。






——長い、こと——黙って。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——では——なぜ——お前は——聞けたのだ」








「——八百屋ですから」







——誠は——笑った。







「——"今日——何が——食べたいですか"、って」






「——二十年——毎日——聞いてます」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「薄布の織り方を、習うことにした。でも、長さんが、六本の手で、織るので、二本しかない僕たちには、無理だった。長さん、"気づいておりませんでした"、って、真っ青に、なってた。……だから、一本ずつ、何をしてるか、聞いた。糸を送る、押さえる、通す、受ける、締める、次を用意する。六つ。なら、三人で、二つずつ、やればいい。長さんは、"息が合いません、寸分のずれも許されぬのです"、って言ったけど、ここにいるのは、一万二千人で、詠唱を揃えた人たちです。……初日は、一枚も、できなかった。三日目に、一枚。でも、目が粗くて、不合格。十日目で、五十枚中、二十枚。上がってきた。……でも、糸が、足りなかった。虫人族の、一族総出で、月に五十枚分。三千枚だと、五年。……それで、長さんに、"糸は何からできるんですか"、"何を食べると、たくさん出ますか"、って、聞いた。そしたら、"考えたことがありません"、って。地下に来てから、出されたものを、食べてただけ。里にいた頃は、若葉を、食べてたって。……間引き菜だ。うち、毎日、捨ててた。長さんに、食べてもらったら、泣いた。"三百年ぶりです。里の味です"、って。なんで言わないのか、って聞いたら、"聞かれませんでしたので"、って。……五日で、糸が、三倍。質も違うって。一年八月に、縮まった。……それで、他の種族にも、聞いてみた。鬼族は、川魚の干物。魔族は、溶岩のそばの苔——それ、第九層に生えてるって、ルカが。……三日で、地下じゅうが、元気になった。賢者さんが、"飯を変えただけで、こうも変わるのか"、って。変わります。じいちゃんが、"人は、食ったもので、できてる"、って、言ってました。……なぜ、誰も言わなかったのか、って聞かれたけど、食い扶持が足りない時に、"あれが食べたい"、なんて、言えません。皆、遠慮してたんです。……"では、なぜ、お前は聞けたのだ"、って。八百屋ですから。"今日、何が食べたいですか"、って、二十年、毎日、聞いてます。じいちゃん、残り、十八日です」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「今日——何が——食べたいですか」、という——二十年——続けた——その、問いが。




——世界中の——種族の——力を——一斉に——取り戻した、ことを。


そして——遠慮して——言えずに——いた——ものが。




——食い物、だけでは——なかったことも。





——今は……まだ、誰も——聞いて——いない。

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