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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第91話「置きに、行く」

「——もう一度——蓋の——話を——します」





——六十二日目。






——工房に——皆が——集まった。








「——だが——結論は——出て——おるぞ」







——賢者が——渋い——顔を——した。







「——一つ。柱は——立たぬ」






「——二つ。回すと——同じ——場所に——留まらぬ」






「——三つ。留めるには——人が——注ぎ続けねば——ならぬ」








「——はい。全部——覚えてます」







——誠は——紙を——広げた。







「——でも——一つ——聞いていいですか」






「——なんだ」








「——なんで——蓋は——一枚だと——思ってたんですか」








「…………は?」







——工房が。






——きょとん、と——した。








「——僕たち——ずっと——"大きな——蓋を——一枚——浮かべる"、話を——してましたよね」







——誠は——紙に——丸を——描いた。







「——だから——重すぎて——柱が——要るとか」






「——落ちないように——ずっと——支えないと、とか」








「——それが——どうした」







「——小さいのを——たくさん——なら——どうですか」








「…………」







——一色が。






——ゆっくりと——顔を——上げた。







「——待って」






「——今——なんて?」








「——矢で——運ぶんです」







——誠は——荒野の、方を——指した。







「——僕たち——今——あそこまで——狙って——当てられます」






「——なら——ぶつけるんじゃ——なくて」







「——"置いて"、こられませんか」








「…………」







——工房が。






——凍りついた。








「——置く、だと」







「——はい。矢の——先に——薄い——布とか——薄い——板を——括りつけて」







——誠は——図を——描いた。







「——ぶつける——直前に——切り離せば」






「——布だけが——あそこに——残りませんか」








「…………」







——一色が。






——ゆっくりと——立ち上がった。







「——待って。待って、誠」







——彼女の——声が——震えていた。







「——それ——布は——落ちないの?」








「——落ちると——思います」







——誠は——正直に——言った。







「——でも——ゆっくり——落ちますよね」






「——布は——軽いですから」








「——それは——そうだけど」






「——なら——落ちる——前に——次を——置けば——いいんじゃ——ないですか」








「…………」







——賢者が。






——机に——手を——ついた。







「——待て。待て、田中」







——彼の——声が——かすれていた。







「——それは——つまり」







「——"浮かべ続ける"、のでは——なく」








「——"置き続ける"、のか」








「——はい」









——工房が。






——爆発した。







「——そんな——ものが——蓋と——言えるか——!!」







——魔術師が——叫んだ。







「——落ちる——ものを——置き続ける、だと——!?」






「——そんな——のは——蓋では——ない——! ただの——ごみだ——!」








「——ごみでも——影が——できれば——いいです」







——誠は——きっぱりと——言った。







「——僕たちが——欲しいのは——立派な——蓋じゃ——ありません」






「——夜です」








「…………」







——魔術師が。






——言葉に——詰まった。








「——一色。計算——できるか」







——賢者が——低く——言った。







「——待って。今——やってる」








——一色は。






——猛烈な——速さで——数字を——書き殴っていた。







——半刻。






——一刻。







——そして。








「……いける」







——彼女は——ぽつり、と——言った。







「——なんだと——!?」








「——布は——軽い。しかも——あの、高さなら——ほとんど——抵抗が——ないから」






——一色は——顔を——上げた。







「——落ちるのに——ものすごく——時間が——かかる」






「——一枚——置けば——数日は——保つ——計算よ」








「——数日——!?」






「——それに——布は——広げられる」








——一色は——早口に——なった。







「——畳んで——飛ばして——向こうで——広げれば」






「——矢——一本で——ものすごく——広い——影が——作れるわ——!」








「——何本——要る——!」






「——待って。……ええと」








——一色は。






——また——数字を——書いた。







——そして。







——顔を——上げて——言った。








「——三千本」








「——十万本から——三千本に——!?」







——賢者が——飛び上がった。







「——ぶつけるのでは——なく——置くだけ、だからよ」







——一色は——笑い出した。







「——押しやろうと——するから——桁が——足りなかったの」






「——影を——作るだけなら——こんなに——安く——済むのよ——!」








「——三千本なら——!」







——賢者が——指を——折った。







「——十日で——三百本。……百日だ——!」








「——三月と——十日ね」









——工房が。






——沸き返った。








「——待って——ください——!」







——だが——魔法使いが——手を——挙げた。







「——落ちた——布は——どうなるんですか」








「…………あ」







——工房が。






——静まった。







「——三千本を——ずっと——続けるなら」






——魔法使いは——真剣な——顔で——言った。







「——落ちた——布が——地上に——降り積もりませんか」








「…………」







——誠が。






——ゆっくりと——頷いた。







「——降ります」






「——だったら——!」








「——だから——燃える——布を——使います」








「…………え?」







「——落ちてくる——途中で——燃え尽きる——ものに——します」







——誠は——静かに——言った。







「——薄い——紙みたいな——ものなら——落ちる——うちに——灼けて——消えませんか」








「…………」







——一色が。






——机に——突っ伏した。







「——あなた——本当に——なんなの」







「——え? 変ですか」








「——変よ」







——一色は——顔を——上げた。







「——私たち——皆——"どうすれば——立派な——ものが——作れるか"、を——考えてるの」






「——あなただけ——"どうすれば——困らないか"、を——考えてる」








「——それは」







——誠は——少し——照れくさそうに——言った。







「——うち——毎日——野菜が——傷むので」






「——"傷まない——野菜"、は——作れませんけど」






「——"傷んでも——困らない——売り方"、なら——考えられます」








「…………」







——賢者が。






——深く——息を——吐いた。







「——二十年、か」






「——え?」






「——お前が——八百屋を——やって——おる——年数だ」








——彼は——立ち上がった。







「——学者を——二十年——やって——おっても」






「——身につかぬ——ものが——あるのだな」









——六十三日目。






——新しい——試みが——始まった。








「——薄くて——広くて——燃えやすい——もの——!」







——一色が——触れを——出した。







「——心当たりの——ある——方は——持ってきて——ください——!」








——すると。






——例によって。






——地下じゅうから——出てきた。








「——障子紙が——あるよ——!」





「——虫人族の——糸で——織った——薄布が——ある——!」





「——祭りの——幟の——余りが——山ほど——!」








「——虫人族の——薄布——!?」







——一色が——飛びついた。







「——見せて——ください——!」








——差し出された——それは。






——羽根のように——薄く。






——手のひらほどに——畳めるのに。






——広げれば——部屋を——覆った。








「——これよ——!!」







——一色が——叫んだ。







「——これなら——一本で——とんでもない——影が——作れるわ——!」








「——燃えるか——!?」






「——燃やして——みましょう」








——火を——近づけると。






——薄布は——ふわり、と——燃えて。






——灰も——残さず——消えた。








「…………」






「——完璧だ——!!」









——だが。






——虫人族の——長が——申し訳なさそうに——言った。







「——ですが——これ——織るのに——時間が——かかります」






「——どれくらい——ですか」






「——一枚——十日ほど」








「——三千枚なら——!」






「——三万日、ね」








「——八十年——!!」







——賢者が——絶叫した。








「——待って——ください」







——誠が——止めた。







「——長さん。それ——何人で——織ってますか」








「——一人です」






「——一人——!?」








「——織れるのが——私だけなので」







——長は——うつむいた。







「——若い——者は——習いたがりません」






「——地味な——仕事ですから」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——顔を——上げた。








「——長さん。教えて——もらえませんか」







「——え?」






「——僕たちに——織り方を」








「——ですが——難しいですよ」






「——地味な——仕事は——得意です」








——誠は——にっこりと——笑った。







「——ここに——地味な——ことを——毎日——続けられる——人が」






「——何千人——いますから」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「六十二日目。もう一度、蓋の話を、した。賢者さんが、"結論は出ている"、って。でも、聞いてみた。"なんで、蓋は、一枚だと、思ってたんですか"、って。……僕たち、ずっと、"大きな蓋を、一枚、浮かべる"、話を、してた。だから、重すぎるとか、支えられないとか。小さいのを、たくさん、なら、どうか。矢で、運ぶ。ぶつけるんじゃ、なくて、置いてくる。……魔術師さんが、"落ちるものを、置き続けるなど、蓋ではない。ただのごみだ"、って、怒った。でも、ごみでも、影ができれば、いい。僕たちが、欲しいのは、立派な蓋じゃ、なくて、夜だから。……一色さん、一刻、計算して、"いける"、って。布は軽いし、あの高さなら、抵抗がないから、落ちるのに、ものすごく、時間がかかる。一枚で、数日、保つ。しかも、畳んで飛ばして、向こうで広げれば、一本で、広い影ができる。……十万本が、三千本になった。百日分。……でも、魔法使いさんが、"落ちた布は、どうなるんですか"、って。降り積もる。だから、燃える布を、使う。落ちる途中で、燃え尽きるもの。……一色さんが、机に突っ伏して、"あなた、本当に、なんなの"、"私たちは、どうすれば、立派なものが作れるか、を考えてる。あなただけ、どうすれば、困らないか、を考えてる"、って。……うち、毎日、野菜が傷むので。傷まない野菜は、作れませんけど、傷んでも困らない売り方なら、考えられます。……薄い布は、虫人族の長さんが、持ってた。羽根みたいに薄くて、手のひらに畳めて、広げると、部屋を覆う。燃やしたら、灰も残らず、消えた。完璧。……でも、一枚、十日かかる。三千枚で、八十年。聞いたら、織れるのが、長さん、一人だけ、だった。"若い者は、習いたがりません。地味な仕事ですから"、って。……だから、教えてください、って、お願いした。ここには、地味なことを、毎日続けられる人が、何千人も、います。じいちゃん、残り、二十八日です」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「立派な——ものを——作る」、のでは——なく。




——「困らない——ように——する」。





——その——考え方の——違いが。





——やがて——星そのものを——相手に、した——時にも。





——同じ——形で——効くことを。


そして——「地味な——仕事は——得意です」、と——笑った——その——男が。




——この、世界で——一番——恐ろしい——相手と——向き合う、時にも。





——まったく——同じ——顔を——することも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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