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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第90話「当てる、ということ」

矢は——飛ぶように——なった。





——だが。






——次に——待っていたのは。






——もっと——厄介な——問題、だった。








「——当たらんな」







——賢者が——空を——見上げて——ぼそり、と——言った。







「——当たりませんね」








——五十五日目。






——十本——放って。






——一本も——人工太陽に——届かなかった。








「——真っ直ぐは——飛んで——おるのだぞ——!」






「——真っ直ぐ——飛ぶのと——当たるのは——別ですね」








「——あれだけ——でかいのに——か——!」






「——遠いのよ」







——一色が——ため息を——ついた。







「——的が——大きくても——距離が——桁違いなら——ほんの——少しの——ずれで——外れるの」








「——では——どうする——!」






「——狙いを——正確に——するしか——ないわ」








「——どうやって——!」






「——それが——分からないのよ——!」









——議論は——三日——続き。






——そして——行き詰まった。








「——弓の——向きを——揃えるのは——できます」







——一色が——図を——描いた。







「——でも——問題は——そこじゃ——ないの」






「——では——どこ——ですか」








「——"どこを——狙えばいいか"、が——分からないの」








「…………え?」







「——あれ——動いてるでしょう」







——一色は——空を——指した。







「——空を——回ってるの」






「——矢が——届くまでに——時間が——かかる」







「——ということは——"今——あるところ"、を——狙っては——駄目なの」








「…………あ」







——誠が。






——目を——見開いた。







「——"矢が——着く——頃に——あるところ"、を——狙うんですね」







「——そう」








——一色は——渋い——顔で——頷いた。







「——でも——そのためには——"矢が——着くまでに——どれだけ——かかるか"、が——要る」






「——そして——"あれが——どれだけ——速く——動くか"、も」







「——どちらも——測れてないわ」








「…………」







——工房が——沈んだ。








「——鴨撃ちと——同じで——ござんすね」







——隅で——聞いていた——駄々丸が——ぽつり、と——言った。







「——鴨?」






「——へえ。飛んでる——鴨を——撃つ、時は」






「——鴨の——前を——狙うんで——ござんす」








「——それだ——!」







——賢者が——飛びついた。







「——駄々丸——! お前——猟師も——やって——おったのか——!」






「——忍びの——頃に——少々」








「——では——どれくらい——前を——狙うのだ——!」






「——勘で——ござんす」








「——勘——!!」









——だが。






——その——一言が。






——誠の——中で——何かに——触れた。








「——駄々丸さん」






「——へえ」






「——その——勘って——どうやって——身についたんですか」








「——そりゃァ——外し続けて——で——ござんす」







——駄々丸は——けろり、と——言った。







「——最初は——百発——百中で——外しやした」






「——だが——外すたびに——"どれくらい——後ろに——外れたか"、を——覚えて——おりやしてね」







「——そのうち——身体が——覚えるんで——ござんす」








「…………」







——誠は。






——ゆっくりと——賢者を——見た。








「——賢者さん。今——十本——外しましたよね」






「——うむ。無念だ」







「——どれくらい——後ろに——外れたか——記録——してますか」








「…………」







——工房が。






——静まり返った。








「——して——おらん」







——賢者が——うめいた。







「——"外れた"、としか——書いて——おらん——!」








「——また——それか——!!」







——一色が——机を——叩いた。







「——私たち——何度——同じ——過ちを——するの——!」








「——いえ」







——誠が——首を——振った。







「——気づくのが——早く——なってます」






「——前は——半年——気づきませんでした」






「——今回は——三日です」








「…………」







——賢者は。






——ぐっ、と——言葉に——詰まって。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——お前は——人を——立ち直らせるのが——上手いな」






「——商売ですから」









——そして——ここで。






——ルカが——手を——挙げた。







「——あの——僕、書いてます」








「…………は?」







——一同が——振り返った。







「——外れた——ところ、ですよね」







——ルカは——帳面を——差し出した。







「——皆瀬さんの——鏡で——見えたので」






「——"どのくらい——後ろ"、とか——"どのくらい——横"、とか——書いてました」








「…………」







——賢者が。






——帳面を——ひったくった。







——そこには。






——十本——分の——記録が——きちんと——並んでいた。








——一本目。的の——後ろ。指——三本——分。





——二本目。後ろ。指——三本——半。





——三本目。後ろ。指——三本——分。








「——全部——後ろだ——!!」







——賢者が——叫んだ。







「——しかも——ほぼ——同じ——だけ——!!」








「——ということは」







——一色の——顔色が——変わった。







「——その、分——前を——狙えば——当たるわ——!」








「——鴨撃ちで——ござんす」







——駄々丸が——にやり、と——した。









「——ルカ——!」







——誠が——弟子の——肩を——掴んだ。







「——お前——なんで——これを——書いてたんだ」








「——え? 師匠が——言ったんじゃ——ないですか」







——ルカは——きょとん、と——した。







「——"駄目だった——時ほど——細かく——書け"、って」






「——"うまく——いった——時は——覚えてるけど——駄目だった——時は——忘れたく——なるから"、って」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——それ——じいちゃんの——言葉だ」






「——え?」






「——僕が——教わったんだ。……お前に——言ったの——覚えてなかった」








「——師匠——忘れっぽいですね」






「——うるさい」









——六十日目。







——「指——三本——分——前」を——狙って。






——矢が——放たれた。








『——追ってる……』







——皆瀬の——鏡が——矢を——映す。







『——近づいてる』






『——もっと……』








「——当たれ——!!」








『——……掠った』








「——掠った——!?」







——荒野が——どよめいた。







「——十本——全部——外れて——おったのが——掠ったぞ——!!」






「——指——三本が——効いたわ——!!」








「——では——もう少し——前だ——!」






「——指——四本——分——!」









——六十一日目。







『——当たった』








「…………」






「——今——なんと?」







『——当たった』









——荒野が。






——爆発した。







「——うおおおおお——!!」





「——当たった——!! 当たったぞ——!!」





「——イーッ——!!」








「——皆さーん——!! 当たりました——!!」







——魔法使いが——虚空に——叫んだ。







「——コメントも——爆発——してます——!!」






「——"やったあ"、"泣いた"、"一年——見てた"、って——!!」









——だが。






——歓声の——中で。






——一色だけが。






——空を——見上げて——動かなかった。








「——一色さん?」







「……誠」







——彼女は——ぽつり、と——言った。







「——動いてない」








「——え?」






「——当たったのに——あれ——一寸も——動いてないの」








「…………」







——歓声が。






——すう、と——引いた。








「——測ったのか」







「——測ったわ」







——一色は——帳面を——閉じた。







「——矢——一本の——重さで——あれを——動かすのは」






「——山に——豆を——一粒——ぶつける——ようなものよ」








「…………」







——荒野が。






——重く——沈んだ。








「——では——何本——要る」







——賢者が——低く——尋ねた。







「——計算——してみるわ」









——そして——半刻、後。







——一色は。






——紙を——机に——置いた。








「——十万本」








「…………」






「——十万——!?」








「——それも——"少しだけ——押しやる"、のに——ね」







——一色は——疲れた——顔で——言った。







「——十日で——三百本——作るのが——やっとよ」






「——十万本なら——九年——かかるわ」








「——九年——!!」







——賢者が——地面に——座り込んだ。







「——それまでに——地下が——保たん——!」









——荒野に。






——長い——沈黙が——落ちた。







——当たるように——なった。






——だが——足りない。







——桁が——違う。







——またしても。








「……あの」







——誠が。






——おずおずと——手を——挙げた。








「——なんだ、田中」






「——一つ——聞いても——いいですか」








「——僕たち——なんで——あれを——押しやろうと——してるんでしたっけ」








「…………は?」







——賢者が。






——ぽかん、と——した。







「——何を——言って——おる。夜を——取り戻すためであろう」






「——そうですよね」








——誠は。






——空を——見上げた。







「——じゃあ——遠ざけなくても——夜が——来れば——いいんですよね」








「…………」







——荒野が。






——ぴたり、と——静まった。








「——待て」







——賢者が——ゆっくりと——立ち上がった。







「——お前——何を——考えて——おる」








「——いえ。まだ——何も」







——誠は——首を——振った。







「——ただ——僕たち——また——"どうやって——押しやるか"、ばかり——考えてたな、と——思って」








「…………」







——一色が。






——はっと——顔を——上げた。







「——蓋の——話に——戻るのね」








「——あれは——浮かべ続けられぬ、と——結論が——出たであろう——!」







「——出ましたね」








——誠は。






——静かに——言った。







「——でも——あの、時と——今とでは——一つ——違うことが——あります」







「——何が——だ」








「——今の——僕たちは」







——誠は——荒野に——転がる——矢を——指した。







「——あそこまで——狙って——当てられます」








「…………」







——賢者と——一色が。






——同時に——息を——呑んだ。






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「矢は、飛ぶようになった。でも、当たらない。十本、放って、全部、外れた。一色さんが、"あれは動いてるから、今あるところを狙っては、駄目。矢が着く頃に、あるところを狙わないと"、って。……駄々丸さんが、"鴨撃ちと同じでござんす。鴨の前を狙う"、って。どれくらい前か、って聞いたら、"勘でござんす"、って。でも、どうやって身についたのか、聞いたら、"外し続けてで、ござんす。外すたびに、どれくらい後ろに外れたか、覚えておりやしてね"、って。……それで、気づいた。僕たち、"外れた"、としか、書いてなかった。一色さんが、"何度、同じ過ちを"、って、机を叩いてた。でも、前は、半年、気づかなかった。今回は、三日。……そしたら、ルカが、"僕、書いてます"、って。皆瀬さんの鏡で見えたから、どのくらい後ろか、横か、全部。……全部、後ろ、指三本分だった。ほぼ同じ。その分、前を狙えばいい。ルカに、なんで書いてたのか、聞いたら、"師匠が言ったじゃないですか。駄目だった時ほど、細かく書け。うまくいった時は覚えてるけど、駄目だった時は、忘れたくなるから"、って。……じいちゃんの言葉だった。僕、あの子に言ったこと、覚えてなかった。……六十日目、指三本前を狙ったら、掠った。六十一日目、指四本で、当たった。皆、沸いた。でも、一色さんが、"当たったのに、一寸も動いてない"、って。矢一本の重さじゃ、山に豆を一粒ぶつけるようなもの、って。何本要るか、計算したら、十万本。九年、かかる。……それまで、地下が保たない。……だから、聞いてみた。"僕たち、なんで、あれを押しやろうと、してるんでしたっけ"、って。夜を取り戻すため。じゃあ、遠ざけなくても、夜が来れば、いいんですよね、って。……皆、静かになった。一色さんが、"蓋の話に、戻るのね"、って。賢者さんが、"あれは無理だと、結論が出た"、って言うけど、あの時と、今とで、一つ、違うことがある。今の僕たちは、あそこまで、狙って、当てられます。じいちゃん、残り、二十九日です」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。「なぜ——それを——やって——いるのか」、と。




——三月の——間に——彼が——二度——問い直した——この、癖が。


そして——一度は——捨てられた——はずの——道が。




——別の——力を——手に——入れた——今なら。





——まるで——違う——顔を——して——立ち上がることも。





——今は……まだ、誰も——気づいて——いない。

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