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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第86話「一尺ずつ」

縄を——伸ばす。





——ただ——それだけの——日々が——始まった。








「——今日は——一尺——伸ばします」







——荒野で。






——誠が——縄を——測る。







「——十回——飛ばして——一度も——爆発しなかったら——また——一尺」






「——一度でも——爆発したら——数え直しです」








「——一尺、か」







——賢者が——空を——見上げた。







「——あそこまでは——何万尺だ、一色」






「——数えたく——ないわ」








「——それでも——一尺ずつです」







——誠は——縄を——結び直した。







「——じいちゃんが——言ってました」






「——"焦って——飛ばした——畝は——必ず——後で——泣く"、って」









——そして——日々は——過ぎた。








——ひと月。






——縄は——三十尺——伸びた。







——ふた月。






——五十尺。







——三月目。






——七十尺で——止まった。








「——また——爆発です——!」






「——数え直しか——!!」








——賢者が——地面を——蹴った。







「——なぜだ——! 六十尺までは——十回——続いたのだぞ——!」







「——高くなると——風が——強くなるからよ」







——一色が——帳面を——見ながら——言った。







「——地面の——近くと——上とでは——別物ね」








「——では——どうする——!」






「——風の——手綱を——強く——するしか——ないわ」








「——それは——私の——役です——!」







——魔法使いが——手を——挙げた。







「——けど——地面から——だと——遠すぎて——細かく——効かせられません」






「——皆瀬さんの——鏡で——見えては——いるんですけど」






「——見えるのと——届くのは——別で」








「…………」







——誠は。






——黙って——縄を——巻き取った。








——皆——分かっていた。







——いずれ。






——縄では——届かなく——なる。







——その、時。






——誰かが——乗る、しか——ない。








——だが——誰も。






——それを——口に——しなかった。









——そんな——ある日。







「——師匠——!」







——ルカが——帳面を——抱えて——駆けてきた。







「——豆の——数——また——増えました——!」






「——おお——! どのくらいだ」








「——先月より——二割——多いです——!」






「——それに——茎も——太くなってて——!」








「——よし。じゃあ——今の——やり方で——続けよう」







——誠は——帳面を——受け取って。






——そして——ふと——手を——止めた。








「……ルカ」






「——はい?」






「——お前——これ——全部——一人で——数えたのか」








「——はい——! 三つの——畑——全部です——!」







——ルカは——胸を——張った。







「——毎日——数えてます——! もう——半年——です——!」








「…………」







——誠は。






——帳面を——めくった。







——一日も——欠けて——いなかった。







——豆の——数。





——茎の——太さ。





——葉の——色。





——鏡を——閉めた——刻限。







——半年——分。








「——ルカ」






「——はい」






「——これ——すごいぞ」








「——え? 数えてるだけ——ですけど」







「——だから——すごいんだ」







——誠は——帳面を——掲げた。







「——半年——一日も——欠かさず——同じことを——やった、ってことだ」






「——それが——一番——難しいんだよ」








「…………」







——ルカが。






——真っ赤に——なった。









——だが。






——その、時。







——誠の——中で。






——何かが——引っかかった。








(——半年)






(——毎日——同じ——ことを)








「——ルカ。ちょっと——待て」






「——え?」






「——お前——鏡を——閉める——刻限も——書いてるよな」







「——はい。合図が——来た——時刻を——書いてます」








「——ずれた——日は——あるか」








——ルカは。






——帳面を——めくって。






——そして——首を——かしげた。








「——ありますね。ちょくちょく」






「——皆瀬さんの——光が——届くのに——時間が——かかる——日が——あるみたいで」








「…………」







——誠は。






——その——頁を——じっと——見つめた。







——ずれた——日には。






——きちんと——印が——ついている。







——そして。







——ずれた——日の——豆の——数は。






——わずかに——少ない。








「——ルカ——!!」






「——は、はい——!?」






「——これ——賢者さんに——見せてくる——!!」









——工房。







「——なんだと?」







——賢者が——帳面を——ひったくった。







「——刻限が——ずれると——実が——減る、だと?」






「——見て——ください。ずれた——日に——印が——ついてます」








「……本当だ」







——賢者は——頁を——めくり続けた。







「——半年——分だぞ、これは」






「——弟子が——一人で——書いたのか」







「——はい」








「…………」







——賢者は。






——ルカを——見た。







「——小僧。名は」






「——ル、ルカです——!」








「——ルカ。よく——聞け」







——賢者は——帳面を——掲げた。







「——これは——"記録"、という」






「——学問の——始まりだ」







「——お前は——半年——学問を——して——おったのだ」








「——え——!?」







——ルカが。






——目を——丸くした。







「——僕、数えてただけ——ですけど——!」






「——数えるのが——学問だ」









——そして。






——賢者は。






——はた、と——動きを——止めた。








「……待て」






「——どうしました」








「——我らは——矢の——記録を——取って——おるか」








「…………」







——工房が。






——しん、と——なった。








「——爆発した、しない、は——数えて——おる」







——賢者は——早口に——なった。







「——だが——その、日の——風は? 火薬の——量は? 手綱の——効かせ方は?」






「——一つずつ——書いて——おるか——!?」








「……書いて——ないわね」







——一色が——青ざめた。







「——十回——数えることばかり——気に——して」






「——"なぜ——爆発したか"、を——書き留めて——いなかった」








「——半年だぞ——!!」







——賢者が——頭を——抱えた。







「——半年——我らは——ただ——飛ばして——おっただけだ——!!」






「——十二の——小僧に——負けて——おる——!!」









——その日から。






——荒野に——帳面が——持ち込まれた。








「——本日——風——強め——!」






「——火薬——前回と——同じ——!」






「——手綱——火——強め——風——弱め——!」








——そして——ひと月、後。







「——見つけた——!!」







——賢者が——帳面を——叩いた。







「——爆発した——日は——全部——"風が——強い——日"、だ——!!」






「——例外は——一つも——ない——!!」








「——じゃあ——風の——強い——日は——飛ばさなければ——!」







「——待って」







——一色が——遮った。







「——それだと——高く——飛ばせなく——なるわ」






「——上へ——行けば——必ず——風は——強いもの」








「——では——どうする——!」






「——風に——負けない——形に——するしか——ないわね」








「——形?」







——一色は。






——矢を——手に——取った。







「——今の——矢は——太すぎるの」






「——横から——風を——受ける——面が——広すぎる」








「——では——細くすれば——よいのか」






「——細くすると——火薬が——入らないのよ」








「——ぬうう——!」









——議論が——また——始まった。







——その——傍らで。







——誠は。






——ルカの——帳面を——めくっていた。








(——半年)






(——毎日——同じ——ことを——数えて)






(——それだけで——分かった、ことが——あった)








「——ルカ」






「——はい」






「——お前——じいちゃんに——会ったこと——ないよな」








「——ないです。師匠から——話を——聞くだけです」







「——そうか」







——誠は——帳面を——閉じた。







「——じいちゃんな。同じことを——毎日——書いてたんだ」






「——野菜の——出来。天気。売れた——数」






「——それを——五十年」








「——五十年——!?」







「——ああ。子どもの——頃は——何が——面白いのか——分からなかった」







——誠は——笑った。







「——でも——今——分かった」






「——あれ——学問だったんだな」









——その、夜。






——四刻の——闇の——刻限に。







——誠は。






——地上に——上がった。







——空には——二つの——光が——あって。






——月は——見えない。








「——神様」







——それでも——誠は——呼びかけた。







「——蕎麦つゆ——うまく——できましたか」







「——こっちは——まだ——縄を——伸ばしてます」






「——七十尺で——止まってます」








——返事は——ない。








「——でも——弟子が——半年分の——記録を——取ってて」






「——それで——一つ——分かったんです」







「——だから——まだ——やれます」








——誠は。






——湯呑みを——地面に——置いた。







「——麦茶——置いときますね」









——翌朝。







——湯呑みは。






——空に——なっていた。






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「縄を、一尺ずつ、伸ばしてる。ひと月で三十尺、ふた月で五十尺、三月目に、七十尺で、止まった。高くなると、風が強くなるからだって。……いずれ、縄では、届かなくなる。その時、誰かが、乗る。皆、分かってるけど、誰も、口にしない。……そんな時、ルカが、豆の記録を、持ってきた。半年分。一日も、欠かさず。豆の数、茎の太さ、葉の色、鏡を閉めた刻限。しかも、合図がずれた日には、ちゃんと、印がついてて、その日は、実が、少し少なかった。……賢者さんに、見せたら、"これは、記録という。学問の始まりだ。お前は、半年、学問をしておったのだ"、って。ルカ、真っ赤に、なってた。でも、そこで、賢者さんが、固まった。"我らは、矢の記録を、取っておるか"、って。……取ってなかった。爆発した、しない、は数えてたけど、その日の風も、火薬の量も、手綱の効かせ方も、書いてなかった。半年、ただ、飛ばしてただけ。"十二の小僧に、負けておる"、って、頭を、抱えてた。それから、帳面を、つけ始めて、ひと月で、分かった。爆発した日は、全部、風が強い日。例外なし。……でも、一色さんが、"上へ行けば、必ず、風は強い。形を変えるしか、ない"、って。今度は、そっちで、揉めてる。……ルカに、じいちゃんの話を、した。同じことを、毎日、五十年、書いてた、って。子どもの頃は、何が面白いのか、分からなかった。でも、今、分かった。あれ、学問だったんだ。……夜、地上に、上がって、神様に、報告した。返事は、ない。でも、麦茶は、朝には、空でした。じいちゃん、僕、まだ、やれます」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。十二の——弟子が——半年——書き続けた——その、帳面が。




——この、先——幾度も——大人たちを——救うことに——なるのを。


そして——「地味な、ことを——丁寧に。飽きずに——続けろ」、という——教えが。




——三代目に——渡って——いたことも。





——今は……まだ、誰も——数えて——いない。

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