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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第82話「弓と、蕎麦」

地下が——涼しく——なって。





——畑にも——ようやく——実が——戻り始めた——頃。







「——師匠——! 豆——採れました——!」






——ルカが——籠を——抱えて——駆けてきた。







「——おお——! 立派だな——!」






「——四刻の——闇、効いてます——!」








——飢えの——影は。






——少しだけ——遠のいた。







——だが。







——空の——問題は。






——何一つ——変わって——いなかった。









「——弓は——どうだ」







——工房で。






——賢者が——唐突に——言った。







「——弓?」






「——うむ」








——賢者は。






——紙に——絵を——描いた。







「——蓋を——浮かべ続けるのは——難しい」






「——ならば——考え方を——変える」







「——あれを——遠くへ——押しやるのだ」








「——遠くへ?」







「——考えて——みろ」







——賢者は——指を——立てた。







「——遠くの——焚き火は——熱くない」






「——遠くの——灯りは——眩しくない」







「——あれを——遠くへ——やれば——熱も——光も——薄まる」








「——なるほど——!」







——だが。






——一色が——首を——振った。







「——引く力も——薄まるわよ」






「——それでは——星を——引き止められなく——なる」








「——分かって——おる」







——賢者は——頷いた。







「——だが——今——我らを——殺しかけて——おるのは——引く力では——ない」






「——熱と——光だ」








「——星が——落ちるのは——ゆっくりだ。何十年も——かかる」






「——だが——夜が——ないのは——今——効いて——おる」







「——まず——目の前の——首を——絞めて——おる——手を——外すのだ」








「…………」







——一色は。






——しばらく——黙って。






そして——ぼそり、と——言った。







「——それ——誠が——言いそうな——ことね」






「——うるさい」









「——それで——弓、ですか」







——誠が——絵を——覗き込んだ。







「——うむ」






「——レールガンでは——駄目なのか」








「——レールガンは——弾を——飛ばす——ものよ」






——一色が——言った。







「——当てて——押すには——向かない。速すぎて——貫くだけ」






「——押すなら——重い——ものを——ゆっくり——当てる、方が——いい」








「——だから——弓だ」







——賢者は。






——絵を——指した。







「——巨大な——弓で——巨大な——矢を——放つ」






「——貫くのでは——なく——押すのだ」








「——どれくらい——大きい——弓ですか」







——賢者は。






——ちらり、と——天井を——見た。







「——竜が——弦を——引ける——大きさだ」








「…………」






「——藤原さんに——引かせるんですか——!?」









——その、時。







——工房の——床が。






——ぴちょん、と——鳴った。








『——誠……いる?』







「——皆瀬さん?」








——透き通った——塊が。






——ぷるん、と——揺れていた。







——だが。






——その——揺れ方が。






——いつもと——違った。








『——変なの……届いた』






「——変なの?」







『——上から……声が』








——誠の。






——手が——止まった。







「……上?」







『——うん。……ずっと——遠く』







『——わたしたち……光を——扱うから……たまに——遠いものが——引っかかる』








「——誰から——ですか」







『——名乗ってない。……でも』







——皆瀬は。






——少し——困ったように——揺れた。







『——関西の——喋り方』









——工房が。






——爆発した。







「——神様だ——!!」






「——ついに——!!」






「——皆瀬さん——! 何て——言ってるんですか——!!」








——誠が。






——身を——乗り出した。







『——ええと……読むね』








——皆瀬は。






——ゆっくりと——伝え始めた。








『——"よお。ひさしぶりやな"』







「——神様——!!」







『——"ワイ、麻雀大会で——優勝したで"』








「…………」







『——"三位から——這い上がってな。最後の——半荘で——役満や"』







『——"国士無双——十三面待ち。しびれたわ"』








「…………」






「——続きは」








『——"それでな。優勝の——祝いに——蕎麦——食うたんやけど"』







『——"天界の——蕎麦、めちゃくちゃ——うまいねん"』








「…………」







『——"つゆが——ええねん。かえしが——効いとって"』







『——"薬味は——葱と——山葵。柚子を——ちょっと——落とすと——なお——ええ"』








「…………」







『——"そこで——相談やねんけどな"』








「——来た——!!」






——賢者が——飛び上がった。







「——本題だ——!! 聞き逃すな——!!」








『——"誠くんとこの——蕎麦つゆ、どないして——作っとった?"』








「…………」







『——"天界の——真似して——作ってみたいねん"』







『——"教えてくれ"』








『——"ほな"』









——沈黙。







——長い。






——長い——沈黙。








「……終わり、ですか」







『——うん』







「——それだけ、ですか」







『——うん』









「——ふざけるな——!!!!」







——賢者が。






——机を——引っくり返した。







「——星が——落ちて——おるのだぞ——!!」






「——夜が——来ぬのだぞ——!!」






「——それが——なんだ——! 蕎麦つゆだと——!?」








「——賢者さん——! 落ち着いて——!」






「——落ち着けるか——!!」








「——待って——ください——!」







——魔法使いが——手を——挙げた。







「——コメントが——大変な——ことに——なってます——!」






「——なんと——!?」








「——"は?"、"神——何してんの"、"蕎麦の——話するな"、って——!!」






「——"視聴者——全員——ブチギレ"、って——!!」








「——当然だ——!!」









——だが。







——その——騒ぎの——中で。







——誠だけが。






——じっと——皆瀬を——見つめていた。








「……皆瀬さん」






『——なに?』






「——それ——本当に——神様——ですか」







『——たぶん』







「——生きて——ましたか」








『…………』







——皆瀬が。






——少し——揺れた。







『——うん。元気そう、だった』








「……そうですか」







——誠は。






——ふう、と——息を——吐いて。






——そして——座り込んだ。








「——よかった」








「——何が——よいのだ——!!」







——賢者が——怒鳴った。







「——何一つ——役に——立たぬ——便りだぞ——!!」








「——でも——生きてました」







——誠は——言った。







「——百日——月に——話しかけて——一度も——返事が——なかったんです」






「——もう——駄目なんじゃ——ないかと——思ってました」








「…………」







「——蕎麦つゆの——話でも」






「——返事が——来たのは——嬉しいです」









——賢者は。






——ぐっ、と——言葉に——詰まって。






——そして——引っくり返した——机を——起こした。








「……返事は——できるのか」







『——たぶん。……こっちからも——光を——飛ばせば』







「——なら——書け——! 田中——!」







——賢者が——紙を——突き出した。







「——蕎麦つゆの——作り方を——書け——!」






「——え——!? 書くんですか——!?」








「——書くのだ——!」







——賢者は。






——妙に——真剣な——顔で——言った。







「——いいか。相手は——蕎麦つゆの——話が——したいのだ」






「——ならば——蕎麦つゆの——話を——してやれ」






「——そうすれば——また——返事が——来る」








「…………」






「——賢者さん」






「——なんだ」






「——ずるいですね」






「——学者は——ずるい——ものだ」









——こうして。






——天へ——向けて。






——蕎麦つゆの——作り方が——送られた。








『——"かえしは——醤油に——味醂と——砂糖を——合わせて——寝かせます"』






『——"三日ほど——置くと——角が——取れます"』






『——"出汁は——鰹と——昆布。合わせる——時は——沸かしすぎないように"』








「——真面目に——書きすぎでは——ないか」






「——せっかく——聞かれたので」









——そして——数日、後。







——巨大な——弓の——建造が——始まった。








「——集まったな」







——荒野に。






——顔ぶれが——並んでいた。








——光の勇者。





——武闘家。





——英雄。





——アメリカン・ヒーロー四人。





——グランデルと——鬼族。





——そして——筋骨隆々の——アルフレート。








「——弓は——竜が——引く」






——賢者が——説明した。







「——だが——竜——一頭では——足らん」






「——お前たちには——弓の——本体を——押さえて——もらう」








「——押さえる、だけか——!」






武闘家が——不服そうに——言った。







「——甘く——見るな」







——一色が——冷たく——言った。







「——竜が——全力で——引くのよ」






「——押さえが——甘ければ——弓ごと——空へ——飛んでいくわ」








「——それは——それで——面白そうだが」






「——面白くない——!」









「——なあ、田中」







——アルフレートが——ふと——言った。







「——はい?」






「——神から——便りが——あったと——聞いたが」






「——何と——言って——おった」








「——蕎麦つゆの——作り方を——教えろ、と」








——アルフレートは。






——しばらく——黙って。






そして——豪快に——笑い出した。







「——はっはっは——! 相変わらずだな——!」






「——笑い事じゃ——ないですよ」








「——いや。よい、ことだ」







——アルフレートは。






——弓の——骨組みを——見上げた。







「——あの——神が——蕎麦の——話を——して——おる、ということは」






「——まだ——世界は——終わって——おらん、ということだ」








「…………」






「——本当に——終わる、なら」






「——あの——男は——蕎麦の——話など——せんよ」







その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「畑に、実が、戻ってきた。四刻の闇、効いてる。……賢者さんが、"弓は、どうだ"、って。蓋を、浮かべ続けるのが、無理なら、いっそ、あれを、遠くへ、押しやる。遠くの焚き火は、熱くないし、遠くの灯りは、眩しくない。一色さんが、"引く力も、薄まる"、って言ったけど、賢者さんは、"今、我らを殺しかけてるのは、引く力じゃ、なくて、熱と光だ。まず、目の前の、首を絞めてる手を、外す"、って。一色さんが、"それ、誠が、言いそうなことね"、って、笑ってた。レールガンだと、速すぎて、貫くだけだから、重い矢を、ゆっくり当てて、押す。弓を引くのは、藤原さん。……そこへ、皆瀬さんが、"上から、声が届いた"、って。スライムは、光を扱うから、遠いものが、引っかかるらしい。関西の喋り方、だって。……神様だった。百日ぶり。内容は、"麻雀大会で優勝した"、"国士無双十三面待ちで、しびれた"、"天界の蕎麦が、うまい"、"つゆが、ええねん"、"そこで相談やねんけど、誠くんとこの、蕎麦つゆ、どないして作っとった?"。……それだけ、だった。賢者さん、机を、引っくり返した。視聴者さんも、全員、ブチギレ。でも、僕は、座り込んだ。だって、生きてた。百日、月に話しかけて、一度も、返事が、なかったから、もう駄目なんじゃ、ないかと、思ってた。蕎麦つゆの話でも、返事が来たのは、嬉しい。……賢者さんが、"相手は、蕎麦つゆの話が、したいのだ。ならば、してやれ。そうすれば、また返事が来る"、って。ずるい。でも、真面目に、書いて、送った。かえしは、三日、寝かせる、とか。それから、弓の建造が、始まった。勇者さんたちが、集まってくれた。アルフレート様が、"あの神が、蕎麦の話をしてる、ということは、まだ、世界は、終わっておらん。本当に、終わるなら、あの男は、蕎麦の話など、せんよ"、って。……そうだと、いいな。じいちゃん、神様、元気でした」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。あの——のんきな——便りが。




——なぜ——今——届いたのかを。


そして——蕎麦つゆの——作り方を——尋ねた——その——男が。




——本当は——何を——確かめたかったのかも。





——今は……まだ、誰も——知らない。

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