第68話「夜が、来ない」
その、夜は。
⸻
⸻
⸻
——地下じゅうが——祭りだった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——飲め——! 今日は——飲め——!」
⸻
⸻
⸻
「——二年——待ったんだ——!」
⸻
⸻
⸻
「——樽を——もう一つ——開けろ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——大広間には。
⸻
⸻
⸻
⸻
——数えきれぬ——顔が——ひしめいていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
人。魔族。鬼族。虫人族。
⸻
⸻
⸻
——怪獣は——入り口から——首だけ——突っ込んで。
⸻
⸻
⸻
——竜は——天井の——穴から。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うちも——飲ましてえや」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——藤原さん——樽ごと——渡しますね——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おおきに——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——皆さーん——! 後夜祭——生配信——です——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
魔法使いが——虚空に——向かって——手を——振った。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——コメント——すごいです——! "おめでとう"、"泣いた"、"二年——見てた"、って——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——"打ち上げも——見せて"、って——言われてます——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——見せろ——! 存分に——見せろ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
光の勇者が——杯を——掲げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間の——中央では。
⸻
⸻
⸻
⸻
——アルフレートが——囲まれていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——すごい——! 触っても——いいですか——!」
⸻
⸻
⸻
「——腕——太——!」
⸻
⸻
⸻
「——二年前——二百キロだったんですよね——!?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うむ」
⸻
⸻
⸻
⸻
アルフレートは——満更でも——ない——顔で——腕を——曲げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——歩いた——だけだ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——歩いた——だけで——こうは——ならんぞ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——芋も——運んだ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——皆様——皆様——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間の——隅に——設えられた——高座から。
⸻
⸻
⸻
⸻
駄々丸が——扇子を——広げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——本日は——めでたい——席で——ござんす」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なにせ——二年——かかりやした」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——その、間に——痩せた——者が——一人」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——太った——者が——一人」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——誰だ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——魔術師の——旦那で——ござんす」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なぜ——ばれた——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間が——どっと——沸いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——指揮台に——立って——おっただけですからねェ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——手を——振るだけでは——痩せませんで——さァ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——うるさい——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——一角では。
⸻
⸻
⸻
⸻
——宇宙防衛隊が——輪に——なっていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——赤——! 今日こそ——変身しろ——! 祝いだ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——よかろう——! スター——チェンジ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——五分、後。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——待たせたな——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——もう——皆——酔って——他の、話——してますよ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんだと——!?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——イーッ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——イーッ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——悪の組織は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——律儀に——列に——並んで——料理を——受け取っていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——皆さん——並ぶの——上手ですね」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——イーッ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——訓練の——賜物だ」
⸻
⸻
⸻
⸻
首領が——胸を——張った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして。
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間の——奥の——一角に。
⸻
⸻
⸻
⸻
——妙な——集まりが——できていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おい——鈴木——! こっち——来い——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おう——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——ネクロマンサーと——鈴木を——中心に。
⸻
⸻
⸻
⸻
——二十人ほどの——若者が——車座に——なっている。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんですか——これ」
⸻
⸻
⸻
⸻
誠が——覗き込むと。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——同窓会だ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
ネクロマンサーが——顔を——赤くして——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——青葉第三中学の——な——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——え——!?」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——コメントで——調べて——もらったんだ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
鈴木が——帳面を——広げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ここに——おる——連中の——ほとんどが——同じ——学校だと——分かった——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——胸が——詰まった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——皆さん……思い出せたんですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——いや」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——ネクロマンサーは。
⸻
⸻
⸻
⸻
——静かに——首を——振った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——顔は——まだ——出てこん」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だが——学校は——覚えて——おる」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——だから——それだけで——集まった」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——聞いて——くれ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
厨二病の——若者が——手を——挙げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——俺——三階の——階段の——踊り場に——ひび割れが——あったのを——覚えて——おる——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——あった——! あったぞ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——俺は——用務員室の——前の——自販機だ——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——冬は——おしるこが——出た——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——出た——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——彼らは。
⸻
⸻
⸻
⸻
——顔も——名前も——思い出せぬまま。
⸻
⸻
⸻
⸻
——校舎の——ひび割れや。
⸻
⸻
⸻
——自販機の——おしるこや。
⸻
⸻
⸻
——揚げパンの——味だけを——持ち寄って。
⸻
⸻
⸻
⸻
——笑い合っていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おい、八百屋」
⸻
⸻
⸻
⸻
ネクロマンサーが——誠を——呼んだ。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——お前も——同じ——学校、なんだろう」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——座れ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——え。でも——僕、お客さんに——麦茶を——」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——今日は——いい」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——腕を——引かれて。
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は——車座に——座らされた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——で。お前は——何を——覚えて——おる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——少し——考えて。
⸻
⸻
⸻
⸻
そして——言った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——校門の——桜」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おお——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——春に——なると——花びらが——校庭の——隅に——溜まって」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——掃除当番が——毎年——文句を——言ってました」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——それだ——!!」
⸻
⸻
⸻
⸻
若者たちが——一斉に——騒いだ。
⸻
⸻
⸻
⸻
「——俺——文句——言ってた——気が——する——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——お前——掃除——サボって——おったろう——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なぜ——それは——覚えて——おる——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——笑いながら。
⸻
⸻
⸻
⸻
——少しだけ——泣きそうに——なっていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
(——ああ)
⸻
⸻
⸻
⸻
(——この、人たち)
⸻
⸻
⸻
⸻
(——僕の——同級生なんだ)
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間の——隅で。
⸻
⸻
⸻
⸻
——駄々丸が——それを——見ていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
(——よかったねェ、旦那)
⸻
⸻
⸻
⸻
(——顔は——まだでも……こうして——輪に——なれた)
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——祭りは。
⸻
⸻
⸻
⸻
——いつまでも——続いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——いつまでも。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……あの」
⸻
⸻
⸻
⸻
——ふと。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ルカが——首を——かしげた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——師匠。今——何時ですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ん? そうだな……もう——だいぶ——遅いんじゃ——ないか」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——でも——外——明るいです」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——え?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——天井の——穴を——見上げた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——竜の——首の——向こう。
⸻
⸻
⸻
⸻
——空が——見える。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——明るかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……あれ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——広間の——柱に——刻まれた——水時計を——見た。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——とっくに。
⸻
⸻
⸻
⸻
——夜半を——過ぎていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……ルカ」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——はい」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——ちょっと——地上、見てくる」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——賑わいを——抜けて。
⸻
⸻
⸻
⸻
——地上への——階段を——上った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——そして。
⸻
⸻
⸻
⸻
——外に——出た。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「…………」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——西の——空。
⸻
⸻
⸻
⸻
——太陽は——とうに——沈んでいた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——だが。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——東の——空に。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——昨日——ともした——光が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——煌々と——輝いていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——夜では——なかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
——昼、だった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「……あ」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠の——背に。
⸻
⸻
⸻
⸻
——冷たい——ものが——走った。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
(——星の——反対側に——置いた)
⸻
⸻
⸻
⸻
(——太陽と——向かい合う——場所に)
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
(——ということは)
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——太陽が——沈む、時。
⸻
⸻
⸻
⸻
——あれが——昇ってくる。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——夜が——来ない」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——ぽつり、と——呟いた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——師匠——!?」
⸻
⸻
⸻
⸻
——追ってきた——ルカが。
⸻
⸻
⸻
⸻
——空を——見上げて——固まった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——なんで——明るいんですか」
⸻
⸻
⸻
⸻
「——夜——ですよね?」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誠は。
⸻
⸻
⸻
⸻
——答えられなかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——背後の——地下からは。
⸻
⸻
⸻
⸻
——まだ——歓声が——聞こえていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
「——おめでとう——!」
⸻
⸻
⸻
「——二年——かかったんだ——!」
⸻
⸻
⸻
「——飲め——飲め——!」
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——誰も。
⸻
⸻
⸻
⸻
——気づいていなかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
⸻
——ただ。
⸻
⸻
⸻
⸻
——二つの——光の——下で。
⸻
⸻
⸻
⸻
——荒野が。
⸻
⸻
⸻
⸻
——じりじりと。
⸻
⸻
⸻
⸻
——灼け始めていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「祝賀会。地下じゅうが、お祭り。人も、魔族も、鬼も、竜も、怪獣も、悪の組織も。皆、飲んで、笑ってた。配信も、大盛り上がり。コメント、"おめでとう"、"二年、見てた"、って。アルフレート様、囲まれて、腕を、触られてた。駄々丸さんが、"痩せた者が一人、太った者が一人"、って。魔術師さん、指揮台に、立ってただけだから。……それから、広間の奥で、同窓会が、始まってた。青葉第三中学の。山田さんと、鈴木さんが、中心で、二十人くらい。皆、顔は、まだ、思い出せない。でも、学校は、覚えてるから、それだけで、集まったって。三階の踊り場の、ひび割れ。用務員室の前の、自販機。冬は、おしるこが、出た。……僕も、座らされて、校門の桜の話を、した。花びらが、校庭の隅に、溜まって、掃除当番が、文句を、言ってた、って。皆、"それだ!"、って、騒いだ。……嬉しかった。この人たち、僕の、同級生なんだ。顔は、まだでも、輪に、なれた。でも。……ルカが、"外、明るいです"、って。水時計、見たら、とっくに、夜半、過ぎてた。地上に、出た。太陽は、沈んでた。……でも、東の空に、昨日、ともした光が、煌々と、輝いてた。夜じゃ、なかった。昼だった。……星の、反対側に、置いたんだから、太陽が、沈む時に、あれが、昇ってくる。当たり前だ。なんで、気づかなかったんだろう。じいちゃん。夜が、来ない」
⸻
心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
⸻
⸻
——いや。
⸻
⸻
——月は。
⸻
⸻
⸻
——二つの——光に——かき消されて。
⸻
⸻
⸻
——どこにも——見えなかった。
⸻
⸻
⸻
⸻
まだこの時の誠は知らない。祝いの——夜が——明けても。
⸻
⸻
——次の——夜も。その——次の——夜も。
⸻
⸻
⸻
——二度と——訪れない、ことを。
そして——「消す——仕掛け」、を。
⸻
⸻
——誰一人——作って——いなかった、ことも。
⸻
⸻
⸻
——今は……まだ、誰も——知らない。




