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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
沈む世界、再びの日常

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第54話「懐かしい、匂い」

「——懐かしい——匂い、ですか?」





誠が——聞き返すと。





藤原は——鼻を——鳴らして——頷いた。






「——うちら——竜はな。鼻が——ええねん」






「——匂いっちゅうか……なんやろな。"気配"、みたいな——もんや」






「——さっき——広場を——通ってきた、時な。妙に——胸が——ざわついたんや」







——胸が——ざわつく。






その——言葉に。






誠は——思わず——胸を——押さえた。






「……僕も——です」






「——え?」






「——転移してきた——人の——何人かと——会うと……胸が——きゅっ、と——するんです」






「——どこかで——会った、ような——気が——して。でも——思い出せなくて」







「——ほう」






藤原の——目が——鋭く——なった。






「——田中くんも、か」






「——はい。何度も」







二人は——顔を——見合わせた。







「……ちょっと——見てくるわ」






藤原は——立ち上がった。








——地下の——広場。






そこには——いつも通り。





転移者たちが——たむろしていた。






厨二病の——若者たち。




アメリカン・ヒーローたち。




そして——五人の——自称・主人公。







藤原は——ゆっくりと——広場を——歩いた。






——一人ずつ。





——顔を——見ながら。







「……なんや、あの——姉さん」




「——じろじろ——見て——くるな」






若者たちが——訝しむ。







——そして。







——藤原の——足が。





——ぴたり、と——止まった。







「…………」






彼女が——見つめた——先に——いたのは。






——賢者、だった。







「……なんだ。何か——用か」






賢者が——訝しげに——顔を——上げる。






「…………」






藤原は——答えず。






——じっと。





——じっと。






賢者の——顔を——見つめた。







「——おい。無礼——だぞ」






「……あんた」






藤原の——声が——かすれた。






「——名前は?」






「——賢者だ」






「——ちゃう。本名や」







——賢者の——表情が。





——固まった。






「…………」






「——言えるか?」






「…………」






賢者は——口を——開いて。





——そして——閉じた。






「……なぜ——そんなことを——聞く」






「——答えられへんのやな」







藤原は——目を——伏せた。






「……せやろな。うちも——最初は——そうやったわ」






「——なんだと?」






「——うちも——な。この、世界に——来た、ばっかりの、頃」






藤原は——静かに——語った。






「——自分の——名前も。どこから——来たかも。何一つ——思い出せへんかった」






「——せやけど——ある日——ふっと——戻ってきたんや」






「——きっかけは——な」






藤原は——ちらり、と——誠を——見た。






「——こいつに——会った、ことや」







「…………」






賢者が——ゆっくりと——誠を——見た。






「——あの、時の——ことは——今でも——覚えとる」






藤原は——懐かしそうに——笑った。






「——うち——龍に——なってしもうて。誰も——近寄ってこうへんくて」





「——そんな、時に——こいつだけが——普通に——話しかけてきたんや」






「——"どうよ——最近——儲かってる?"、って」






「——龍に——向かって——言う——台詞か、それ」







——賢者が。






——ぴくり、と——した。







「……"どうよ、最近——儲かってる"?」






「——せや。こいつの——口癖や」








——その、瞬間。






賢者の——手から。





——ペンが——滑り落ちた。







「…………」






「——賢者さん?」






「…………今の」






賢者の——声が——震えていた。






「——今の——言葉」






「——どこかで——聞いた——ことが——ある」







——彼は。





——自分の——頭を——押さえた。






「——なぜだ。……なぜ——胸が——痛い」






「——賢者さん——! 無理——しないで——!」






誠が——駆け寄る。







「——待て」






賢者は——それを——制した。






「——もう一度——言え」






「——え?」






「——さっきの——言葉だ。お前の——口癖だ、と——いう」







誠は——戸惑いながら。






——それでも——言った。







「……どうよ、最近。儲かってる?」







——沈黙。






長い。




長い——沈黙。







そして。






賢者の——目から。






——一滴。





——涙が——こぼれた。







「……なぜだ」






彼は——愕然と——した——顔で——自分の——頬に——触れた。






「——なぜ——私は——泣いている」






「——何も——思い出せんのに」






「——なのに——なぜ——こんなに——懐かしい」







「…………」






誠は——何も——言えなかった。






ただ——胸の——奥が。





——きゅう、と——締めつけられた。







「——まあ——ええわ」






藤原が——ぽん、と——賢者の——肩を——叩いた。






「——焦らんでも——ええ。そのうち——戻る」






「——うちも——そうやったし。ちゃんと——戻ってきたで」







「……そう、か」






賢者は——涙を——拭って。






そして——ぽつり、と——言った。






「……早く——思い出したい、ものだな」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「藤原さんが、"転移者の中に、懐かしい匂いのする奴が、おらへんか"、って、言うから、広場に、見に、行った。竜は、鼻が、いいらしい。……そしたら、賢者さんの、前で、足が、止まった。"本名は?"、って、聞いたら、賢者さん、答えられなかった。藤原さんが、"うちも、最初は、そうやった。名前も、どこから来たかも、思い出せへんかった。でも、田中くんに、会って、戻ってきた"、って。それで、僕の口癖の話を、したんだ。"どうよ、最近、儲かってる?"、って。……そしたら、賢者さん、ペンを、落として、"どこかで、聞いたことがある"、って。もう一度、言ってくれ、って、言われて、言ったら……賢者さん、泣いた。"なぜ、私は、泣いている。何も、思い出せんのに、なぜ、こんなに、懐かしい"、って。……僕も、胸が、締めつけられた。藤原さんが、"焦らんでも、ええ。そのうち、戻る"、って。賢者さん、"早く、思い出したい"、って。じいちゃん。僕、あの人のこと、知ってる気が、するんだ。でも、どうしても、思い出せない」



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。



まだこの時の誠は知らない。賢者が——なぜ——泣いたのかを。



そして——彼が——失った——名前が。



——かつて——同じ——教室で。誠が——毎日——呼んでいた——ものであったことも。


そして——記憶を——奪ったのが——何で、あったのか。



——その——残酷な——理由も——今は……まだ、誰も——知らない。

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