表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
異世界転移したら魔法学院に行かなければいけない謎ルール

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/311

第30話「虫の王」

竜崎との絆が深まってから、しばらく経ったある日、誠のもとに、思いがけない依頼が舞い込んだ。



「田中商会さんに、折り入って、お願いがございます」


店を訪れたのは、見慣れない服装の商人だった。深い森の奥に住むという、少数民族の使者だという。



「森の奥、というと?」


「はい。人間族とは、あまり交流のない場所ですが……我らの『長』が、田中殿の薬草の評判を聞き、ぜひ、お会いしたいと」



「長、ですか」


「はい。我ら、虫人族(むしじんぞく)の長にございます」



誠は、少し驚いた。虫人族——甲殻や複眼を持つ、人間とは異なる種族の存在は、噂には聞いていたが、実際に関わりを持つのは初めてだった。



「何か、お力になれることがあれば」


誠は、そう答え、使者の案内で、森の奥深くへと向かうことになった。



深い森を、幾つもの獣道を抜けながら進むと、やがて、木々の間に、巧妙に隠された集落が見えてきた。



「ようこそ、田中殿。長が、お待ちです」


案内された先、大きな樹洞を利用した住居の中に、その「長」はいた。



大きな複眼、光沢のある甲殻——見た目は、明らかに人間離れしていた。しかし、その佇まいには、どこか、誠の記憶を刺激するものがあった。



「よくぞ参られた、田中殿」


長が、低く、しかしよく通る声で言った。



「田中誠と申します。本日は、お招きいただき……」


誠は、そう挨拶をしながら、ふと、違和感を覚えた。



(この、口調というか、間の取り方……)



「田中殿、単刀直入に伺いたい。あなたの育てる薬草は、我らの一族の病にも、効果があるだろうか」



「拝見しないことには、何とも言えませんが……」



誠は、話をしながらも、目の前の「長」の仕草を、注意深く観察していた。複眼の動き、触角の揺れ方——人間とは全く違う体のはずなのに、なぜか、時折見せる、些細な仕草に、覚えのある癖が見え隠れしていた。



「失礼ですが、長は、この一族に、生まれつき?」


誠は、思い切って尋ねてみた。



長の複眼が、一瞬、大きく動いた。



「……いや。この一族に迎え入れられたのは、ある日、突然のことだった」



(やっぱり……)


誠の中で、確信が、少しずつ強まっていった。



「あの、失礼を承知でお伺いしますが……どうよ最近、儲かってる?」



その言葉を口にした瞬間、長の全身が、ビクリと震えた。



「……その、言い回し……」



長は、しばらく、複眼を誠に向けたまま、動きを止めていた。



「まさか……田中……なのか……?」



その声は、震えていた。人間離れした姿からは想像もつかない、しかし、確かに、聞き覚えのある響きだった。



「やっぱり……お前、優等生の……鈴森、だよな?」


誠は、確信を持って、そう口にした。



長——鈴森は、しばらく、その場で立ち尽くしていた。



「まさか、こんな姿になっても、気づいてもらえるとはな……」



鈴森の声は、複眼の異形の姿に反して、どこか、懐かしい響きを持っていた。



「本当に、鈴森なんだな」


「ああ……もう、随分と、この姿にも慣れたけどな」



鈴森は、複眼の奥に、どこか、寂しげな色を滲ませながら、続けた。



「転移してすぐ、この一族に、拾われたんだ。人間の姿では、もう、生きられなかった。瀕死の状態で、森を彷徨っていたところを、この一族の先代の長に、助けられてな」



「先代の長、というと……」



「ああ。人間だった頃の体は、既に、限界だった。だから、この一族の秘術によって、一族の体を、受け継ぐことになった」



誠は、言葉を失った。転移直後の、想像を絶する過酷な経験が、鈴森の口から語られていた。



「辛かった、だろうな」


「最初はな。でも、この一族は、俺を、温かく迎え入れてくれた。今では、この姿にも、この一族の一員であることにも、誇りを持ってる」



鈴森は、複眼を、まっすぐ誠に向けた。



「田中は、変わらないな。人間の姿のままで、あの頃と同じように、誰かのために、薬草を育ててるのか」



「まあ、多少、色々あったけどな」



「相変わらずだな、お前」



鈴森は、その場で、久しぶりに、心から笑ったように見えた——それが、人間の顔でなくとも、誠には、確かに、伝わってきた。



「田中、改めて頼みたい。うちの一族、疫病に近い、原因不明の病に、悩まされている。人間族の薬草が、効くかどうかは分からんが……お前になら、任せられる気がする」



「わかった。できる限りのことは、やってみる」



こうして誠は、鈴森の案内で、虫人族の集落を訪れ、病に苦しむ者たちの様子を、詳しく調べることになった。



「これは……人間の疫病とは、少し違うようだな」


誠は、症状を確認しながら、慎重に考えを巡らせた。



「甲殻の艶が、失われている。おそらく、栄養状態と、湿度管理に、問題があるのかもしれない」



誠は、祖父から教わった、保存食や栄養管理の知識、そしてこの世界で培った薬草の知識を組み合わせ、慎重に、対処法を考えていった。



数週間にわたる試行錯誤の末、誠が調合した薬草と、栄養管理の改善によって、虫人族の病は、少しずつ快方に向かっていった。



「田中……本当に、感謝する」


鈴森が、深く頭を下げた。



「一族を代表して、礼を言う。お前がいなければ、多くの仲間が、失われていただろう」



「お互い様だ。困った時は、お互い様だろ」



誠は、いつものように、そう答えた。



「田中、これから、また会えるか」


鈴森が、少し不安げに尋ねた。



「もちろんだ。今度は、竜崎や黒崎とも、機会があれば、一緒に会おう」



「竜崎も、黒崎も、見つけたのか……」


鈴森は、感慨深げに呟いた。



「ああ。少しずつだけどな」



「そうか……。田中は、本当に、俺たちを、繋いでくれる存在なんだな」



誠は、少し照れくさくなり、頭をかいた。



「大したことじゃないよ。ただ、みんなの顔を、また見たいだけだ」



その日の帰り際、鈴森は、誠に、一族秘伝の、丈夫な繊維で織られた布——虫人族の技術の粋を集めた品——を、餞別として渡した。



「これは、うちの一族の誇りだ。田中商会で、役立ててくれ」



「ありがとう、大切に使うよ」



村への帰り道、誠は、鈴森からもらった布を、大切に抱えながら、これまでの再会——黒崎、竜崎、そして鈴森——を、一つ一つ思い返していた。



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「鈴森を見つけた。虫人族の長になっていた。人間の姿ではなくなっていたけれど、あいつの中身は、ちゃんと鈴森のままだった。じいちゃん、この世界で出会う人たちは、みんな、姿は変わっても、大切なものは、変わらないみたいだ」



窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この虫人族との縁が、この後の戦争において、思いがけない形で、大きな力になっていくことを。


そして、鈴森という「虫の王」との友情が、この後の誠の人生に、深く関わり続けることになることも——今はまだ、知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ