第43話「賢者の、沈黙」
翌日から。
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賢者の——様子が——おかしくなった。
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「——賢者さん。ご飯——ですよ」
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誠が——声を——かけても。
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「……ああ」
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と——上の空で——答えるだけ。
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食事にも——ろくに——手を——つけず。
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一日中——書物と——にらめっこを——している。
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「——おい、賢者。何を——しておる」
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光の勇者が——覗き込んだ。
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「……計算だ」
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「計算?」
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「——気温の——上昇率。海面の——上昇量。極地の——融解速度」
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賢者は——紙に——数字を——書き殴りながら——言った。
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「——これらの——変化は——一定では——ない。加速——している」
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「——加速?」
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「——去年より——今年。今年より——来年。変化の——幅が——大きくなっている」
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「——つまり——この、異変は——年々——ひどく——なる、ということだ」
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「…………」
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その場に——いた——皆が——黙り込んだ。
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「——では——賢者よ」
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英雄が——静かに——尋ねた。
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「——この、加速は——いつまで——続く。そして——最後は——どうなる」
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賢者の——手が——止まった。
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「…………」
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「——賢者?」
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「——分からん」
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賢者は——顔を——上げずに——言った。
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「——原因が——分からねば——終わりも——読めん」
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「……そうか」
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——だが。
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誠は——気づいてしまった。
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——賢者の——手が。
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——かすかに——震えていた、ことに。
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その、夜。
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誠は——賢者の——もとを——訪ねた。
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「——賢者さん。お茶——持ってきました」
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「……ああ。すまない」
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誠は——湯呑みを——置いて。
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そして——隣に——腰を——下ろした。
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「——賢者さん」
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「……なんだ」
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「——何か——分かったんじゃ——ないですか」
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賢者の——肩が——ぴくり、と——動いた。
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「……なぜ——そう——思う」
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「——手が——震えてました」
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「…………」
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賢者は——長い、こと——黙っていた。
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そして——やがて。
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——ぽつり、と——言った。
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「……仮説が——ある」
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「はい」
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「——だが——口には——できん」
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「——なぜ、ですか」
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賢者は——ゆっくりと——誠を——見た。
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その、目には。
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——学者の——冷静さでは、なく。
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——剥き出しの——恐怖が——あった。
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「——もし——それが——正しければ」
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賢者は——声を——絞り出した。
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「——我々に——できることは——何も——ない」
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「…………」
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「——魔王でも——ない。魔法でも——ない。剣でも——届かん」
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「——どんな——英雄が——何人——集まろうと……手も——足も——出ん」
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「——そういう——類の——ものだ」
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誠は——ぞくり、と——した。
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「……それを——言ったら——どうなるんですか」
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「——皆が——絶望する」
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賢者は——静かに——言った。
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「——勝てぬ、と——知れば——人は——立てなく——なる」
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「——だから——言えん。……確証を——得るまでは」
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「……賢者さん」
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誠は——静かに——言った。
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「——僕は——それでも——知りたいです」
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「——なぜだ」
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「——知らないと——何も——できないから、です」
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誠は——真っ直ぐに——賢者を——見た。
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「——相手が——分かれば——たとえ——勝てなくても……備える、ことは——できます」
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「——どれだけ——時間が——あるのか。どこまで——ひどく——なるのか。それが——分かれば——人を——逃がす——準備も——できます」
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「——絶望する、かも——しれません。でも——何も——知らないまま——ある日——突然——終わる、よりは」
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「——ずっと——いいです」
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賢者は。
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——長い、こと——誠を——見つめていた。
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そして。
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「……お前は——強いな」
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と——呟いた。
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「——僕、レベル三——くらいだ、そうですけど」
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「——そういう——強さでは——ない」
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賢者は——ふっと——笑って。
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そして——湯呑みを——手に——取った。
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「……分かった」
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「——確証を——得たら——真っ先に——お前に——言おう」
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「——ありがとう——ございます」
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「——ただし」
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賢者は——茶を——一口——飲んで。
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そして——静かに——付け加えた。
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「——覚悟——して——おけ」
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「——それは——お前が——今まで——見てきた——どんな——脅威とも——違う」
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「——星喰い、などとは——比べ物にも——ならん」
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誠は——ごくり、と——喉を——鳴らした。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「賢者さんの、様子が、おかしい。ずっと、計算してる。"変化が、加速してる。去年より、今年、今年より、来年、ひどくなる"、って。"最後は、どうなる"、って、聞かれても、"分からん"、って。……でも、手が、震えてた。夜、お茶を、持って、行って、"何か、分かったんじゃ"、って、聞いたら……"仮説が、ある。でも、口には、できん"、って。"もし、正しければ、我々に、できることは、何もない。魔王でも、魔法でも、剣でも、届かん。どんな英雄が、何人、集まっても、手も足も、出ない"、って。……怖かった。でも、"それでも、知りたい。知らないと、何も、できない。相手が、分かれば、勝てなくても、備えられる。何も、知らないまま、ある日、突然、終わるより、ずっといい"、って、言った。賢者さん、"お前は、強いな"、って。……"確証を、得たら、真っ先に、言う"、って。でも、"覚悟しておけ。星喰いなどとは、比べ物にも、ならん"、って。じいちゃん、僕、怖い。でも、逃げないよ」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。賢者が——「口には——できん」、と——飲み込んだ——その、仮説が。
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——恐ろしいほど——正しかった、ことを。
そして——「知らないまま——終わるより——ずっと——いい」、と——言い切った——その、覚悟こそが。
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——やがて——世界中の——誰にも——できなかった——ことを……この、モブに——だけ——為さしめる、ことに——なるのも——今は……まだ、誰も——知らない。




