第42話「暑さは、静かに」
季節が——また——一つ——巡った。
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いや。
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巡ったのかどうかも——もはや——分からなかった。
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地下で——暮らしていると。
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季節の——移ろいなど——感じようも——ない。
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ただ——日ごとに。
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——地上の——熱が——増していく、こと、だけが。
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確かな——変化、だった。
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「——師匠。今日の——水位、記録——しました」
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ルカが——帳面を——持ってきた。
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「ありがとう。……ん」
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誠は——帳面を——見て——眉を——寄せた。
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「——また——上がってるな」
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「はい。先月より——指——二本分、くらい」
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海の——水位を。
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誠は——毎月——記録させていた。
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その——数字は。
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——一度も——下がった、ことが——なかった。
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「——誠」
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一色が——地下の——工房から——顔を——出した。
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「冷却装置の——調子を——見てきたわ。……あまり——よくない」
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「どうしたんですか?」
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「地下の——温度も——じわじわ——上がってきてるの」
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一色は——険しい——顔で——言った。
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「今は——まだ——涼しく——保てている。でも——このまま——地上が——熱くなり続ければ……いずれ——地下も——限界が——来る」
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「……地下も」
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誠は——絶句、した。
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——地下は——最後の——逃げ場、だった。
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そこすら——熱く——なるなら。
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——人は——どこへ——行けば——いいのか。
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「まだ——先の——話よ」
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一色は——誠の——顔を——見て——付け加えた。
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「今すぐ、じゃ——ない。でも——備えは——必要ね」
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「……はい」
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その——報せは。
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地下の——人々にも——静かに——広がっていった。
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「——地下も——暑くなるって——本当かい」
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「——じゃあ——わしらは——どうすりゃ——いいんだ」
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「——もっと——深く——掘るのか?」
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不安が——人々の——顔に——広がる。
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「——大丈夫です——!」
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誠は——声を——張り上げた。
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「——一色さんが——冷却の——工夫を——考えてくれてます——! それに——もっと——深い——層も——調べてます——!」
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「——できることは——まだ——たくさん——あります——!」
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その——言葉に。
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人々は——少し——落ち着いた。
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——けれど。
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その、夜。
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誠は——一人で——帳面を——見つめていた。
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水位の——記録。
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気温の——記録。
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作物の——記録。
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——全部が。
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——同じ、方向を——指していた。
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(——悪くなる——ばかりだ)
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(——一度も——よくなった、ことが——ない)
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「……師匠?」
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ルカが——心配そうに——覗き込んだ。
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「——大丈夫だよ」
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誠は——慌てて——笑顔を——作った。
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「——ちょっと——考え事——してただけだ」
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「……師匠」
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ルカは——じっと——誠を——見て。
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そして——言った。
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「——僕にも——手伝わせて——ください」
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「え?」
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「——師匠——最近——一人で——抱え込んで——ます」
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ルカは——真剣な——顔で——言った。
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「——記録を——集めるのも。皆を——安心させるのも。全部——師匠が——やってます」
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「——でも——師匠は——一人じゃ——ないです」
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誠は——目を——見開いた。
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「……ルカ」
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「——僕、まだ——子どもですけど。でも——記録なら——書けます。走り回るのも——得意です」
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「——だから——一人で——背負わないで——ください」
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誠は——しばらく——黙って。
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そして——ふっと——笑った。
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「……そうだな。ごめん、ルカ」
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「——じゃあ——明日から——水位の——記録は——ルカに——任せていいか?」
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「——はい——! 任せて——ください——!」
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ルカは——胸を——張った。
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(——そうだ)
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誠は——思った。
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(——一人で——できることなんて——たかが——知れてる)
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(——僕には——皆が——いる)
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——それは。
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誠が——ずっと——信じてきた——ことだった。
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そして——それは。
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——この、先の——絶望的な——戦いで。
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——唯一の——武器に——なる——ものだった。
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その、頃。
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地下の——別の——一角では。
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賢者が——一人。
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——分厚い——書物を——広げていた。
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「……おかしい」
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賢者は——ぶつぶつと——呟いた。
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「——気温の——上昇。海面の——上昇。極地の——融解」
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「——これらは——すべて——"熱"、が——原因だ」
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「——では——その、熱は——どこから——来る?」
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賢者は——ページを——めくった。
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「——魔法でも——ない。魔王でも——ない。地中の——火でも——ない」
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「——世界、全体を——均等に——温める——ほどの——熱源など……」
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そこまで——書いて。
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賢者の——手が——止まった。
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「…………」
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彼は——ゆっくりと——顔を——上げた。
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——そして。
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地下の——天井を。
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——その、遥か——上に——ある——ものを。
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見つめた。
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「——まさか」
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賢者の——声が——かすれた。
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「——そんな——ことが——あるはずが——ない」
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彼は——強く——首を——振って。
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そして——書物を——閉じた。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「水位、また、上がった。先月より、指、二本分。一色さんが、"地下の温度も、じわじわ、上がってる。このままだと、いずれ、地下も、限界が来る"、って。……地下は、最後の、逃げ場なのに。皆に、伝わって、不安が、広がった。"できることは、まだ、たくさん、ある"、って、言ったけど……夜、一人で、記録を、見てたら、怖くなった。水位も、気温も、作物も、全部、悪くなる、ばかり。一度も、よくなったこと、ない。そしたら、ルカが、"師匠、一人で、抱え込んでる。僕にも、手伝わせて。師匠は、一人じゃ、ない"、って。……泣きそうに、なった。そうだよね。僕には、皆が、いる。水位の、記録、ルカに、任せることにした。じいちゃん、僕、一人じゃ、ないよ」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。地下の——片隅で——賢者が——書物を——閉じた、その、時。
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——彼が——何を——見上げ。何に——気づきかけ。そして——何を——恐れて——目を——そらしたのかを。
そして——ルカの——「師匠は——一人じゃ——ない」、という——その、言葉こそが。
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——やがて——この、世界を——救う——たった一つの——方法の……いちばん——最初の——形で、あったことも——今は……まだ、知らない。




