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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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29/92

第28話「疫病の影」

武闘大会から村に戻って、二ヶ月が過ぎた。



その年の冬は、いつになく厳しかった。寒さが例年より長く続き、人々の体力が落ちていたところに、それは静かに忍び寄ってきた。



「田中さん、隣町で、妙な病が流行っているらしいんです」


エリナが、不安げな顔で、そんな噂を伝えてきた。


「妙な病、というと?」


「高熱が出て、咳が止まらなくなって……何人か、亡くなった方もいるとか」



誠は、すぐに、村長のもとへ向かった。


「疫病、か……。厄介なことになったな」


村長も、深刻な表情を浮かべていた。



「田中さん、この病、治療法は分かりますか」


エリナが、藁にもすがる思いで尋ねた。


「まだ、はっきりとは……。ただ、症状から見て、いくつか、試せる薬草の組み合わせはあると思います」



誠は、すぐに、薬草畑と、蔵に保管していた乾燥薬草の在庫を確認し始めた。



そんな中、思いがけない訪問者があった。



「田中ぁ! 久しぶりだな!」


聞き覚えのある、快活な声とともに、店の扉が勢いよく開いた。



「竜崎……!?」


誠は、思わず声を上げた。



そこに立っていたのは、記憶にある快活さそのままの、しかし、随分と逞しくなった青年——竜崎だった。



「やっと見つけたぞ、田中! 黒崎の奴から、お前がこっちの世界にいるって聞いてな!」


竜崎は、豪快に笑いながら、誠の肩を叩いた。



「竜崎……本当に、竜崎なんだよな」


誠は、感慨深げに、旧友の顔を見つめた。



「当たり前だろ! こっちじゃ、傭兵団の隊長やらされてるけどな!」


竜崎は、そう言って、豪快に胸を張った。かつてのサッカー少年の面影が、その笑顔に、確かに残っていた。



「今、隣町で、疫病の対応に追われててな。俺の部隊も、避難民の護衛やら物資の運搬やらで、駆り出されてるんだ」



「隣町の様子は、どうなんだ」


誠は、真剣な顔で尋ねた。



「正直、厳しい。医者も薬も足りてない。俺の部下にも、何人か、感染した奴が出てる」


竜崎の表情が、初めて曇った。



「僕にできることがあれば、力になりたい」


誠は、迷わずそう申し出た。



「田中がそう言ってくれるなら、心強い。頼む」



こうして誠は、竜崎の案内で、疫病が広がる隣町へと向かうことになった。



町の様子は、想像以上に深刻だった。あちこちの家に、疫病を示す印が貼られ、人々は恐怖に怯えながら、外出もままならない状態だった。



「田中、こっちだ」


竜崎に案内され、誠は、簡易的な救護所へと足を運んだ。



そこには、高熱にうなされる人々が、床に並べられていた。



「これは……」


誠は、その光景に、言葉を失った。



「田中さん、来てくださったんですね」


救護所を仕切っていた医師が、疲れ切った顔で、誠を迎えた。



「田中商会の、薬草の評判は、こちらにも届いています。もし、何か、お力添えいただけるなら……」



「できる限りのことは、させていただきます」



誠は、すぐに、持参した薬草を使い、煎じ薬の調合に取り掛かった。祖父のノートに記された知識、そしてこの世界で自ら培ってきた経験の全てを、総動員した。



「これを、患者さんたちに」


誠が用意した薬湯を、次々と、病人たちに配っていく。



数日が経ち、薬草の効果が、少しずつ表れ始めた。熱が下がる者、咳が和らぐ者が出始め、救護所には、わずかながら、希望の光が差し始めていた。



「田中の薬、効いてるみたいだな」


竜崎が、少し安堵した様子で言った。



「まだ、油断はできない。もっと、薬草の量が必要だ」


誠は、休む間もなく、薬草の調合と、栽培地の拡大に奔走した。



そんなある夜、誠が、救護所で薬の準備をしていると、竜崎が、慌てた様子で駆け込んできた。



「田中……! 俺の部下が、倒れた……!」



誠は、すぐに、竜崎について、部隊の詰所へと向かった。



そこには、一人の若い兵士が、高熱にうなされ、苦しそうに横たわっていた。



「こいつ、まだ若いんだ……。故郷に、妹がいるって、いつも話してた……」


竜崎の声が、震えていた。



誠は、すぐに、持ち合わせの薬を、その兵士に処方した。しかし、既に病状は、かなり進行していた。



「頼む、田中……何とか、助けてやってくれ」


竜崎の必死の言葉に、誠は、できる限りの手を尽くした。



しかし、その夜遅く——



その兵士は、静かに、息を引き取った。



「……そんな……」


竜崎は、その場に、崩れ落ちるように座り込んだ。



「俺が、もっと早く、田中を頼っていれば……」



「竜崎……」


誠は、かける言葉が見つからなかった。



「なんで、こんなことに……! あいつ、まだ、二十歳にもなってなかったんだぞ……!」



竜崎の、普段の快活さからは想像もつかない、悲痛な叫びが、詰所に響いた。



誠は、ただ、その隣に座り、竜崎の肩に、そっと手を置いた。



「お前のせいじゃない」


誠は、静かに、しかしはっきりと言った。



「病には、勝てない時もある。竜崎は、できる限りのことをした」



「そんな言葉で、あいつは、帰ってこない……!」



「ああ、帰ってこない」


誠は、竜崎の言葉を、否定しなかった。



「でも、これから、他の誰かを、助けることはできる。あいつの分まで、俺たちにできることを、やり続けよう」



竜崎は、しばらく、肩を震わせながら、涙を流し続けた。誠は、その隣で、ただ静かに、寄り添い続けた。



翌朝、竜崎は、憔悴した様子ながらも、静かに立ち上がった。



「田中……ありがとう。少し、頭が冷えた」



「無理は、しなくていい」



「いや」


竜崎は、首を振った。



「あいつのためにも、俺は、まだやることがある。田中、これからも、力を貸してくれ」



「もちろんだ」



その後も、誠と竜崎、そして救護所の医師たちの尽力により、疫病は、徐々に収束へと向かっていった。しかし、その過程で、幾人もの命が、失われていった。



疫病が完全に収まった頃、竜崎は、亡くなった兵士の遺族——遠く離れた村に住む、妹――のもとを、誠と共に訪れた。



「お兄さんは、最後まで、立派に、部隊を支えてくれました」


竜崎は、震える声で、そう伝えた。



妹は、静かに涙を流しながら、深く頭を下げた。



「ありがとう、ございました……」



帰り道、竜崎は、ずっと無言だった。



「竜崎」


誠が、静かに声をかけた。



「田中、俺、これから、ずっとこの気持ちを、忘れないようにする。あいつの分まで、生きようと思う」



「ああ」



誠は、それ以上、多くを語らなかった。ただ、旧友の隣を、静かに歩き続けた。



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「疫病で、竜崎の部下が一人、亡くなった。まだ若い兵士だった。竜崎は、深く悲しんでいた。僕には、彼を生き返らせることはできない。ただ、隣にいることしか、できなかった。じいちゃん、人の死とは、こんなにも、重いものなんだな」



窓の外、二つの月が、いつもより、少し陰って見えた。



まだこの時の誠は知らない。この疫病との戦いが、この後、王国全土に広がる、より大きな厄災の、始まりに過ぎなかったことを。


そして、この経験が、誠自身の中に、「救えなかった命」への静かな覚悟として、深く刻まれていくことになることも——今はまだ、知る由もなかった。

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