第28話「疫病の影」
武闘大会から村に戻って、二ヶ月が過ぎた。
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その年の冬は、いつになく厳しかった。寒さが例年より長く続き、人々の体力が落ちていたところに、それは静かに忍び寄ってきた。
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「田中さん、隣町で、妙な病が流行っているらしいんです」
エリナが、不安げな顔で、そんな噂を伝えてきた。
「妙な病、というと?」
「高熱が出て、咳が止まらなくなって……何人か、亡くなった方もいるとか」
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誠は、すぐに、村長のもとへ向かった。
「疫病、か……。厄介なことになったな」
村長も、深刻な表情を浮かべていた。
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「田中さん、この病、治療法は分かりますか」
エリナが、藁にもすがる思いで尋ねた。
「まだ、はっきりとは……。ただ、症状から見て、いくつか、試せる薬草の組み合わせはあると思います」
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誠は、すぐに、薬草畑と、蔵に保管していた乾燥薬草の在庫を確認し始めた。
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そんな中、思いがけない訪問者があった。
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「田中ぁ! 久しぶりだな!」
聞き覚えのある、快活な声とともに、店の扉が勢いよく開いた。
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「竜崎……!?」
誠は、思わず声を上げた。
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そこに立っていたのは、記憶にある快活さそのままの、しかし、随分と逞しくなった青年——竜崎だった。
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「やっと見つけたぞ、田中! 黒崎の奴から、お前がこっちの世界にいるって聞いてな!」
竜崎は、豪快に笑いながら、誠の肩を叩いた。
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「竜崎……本当に、竜崎なんだよな」
誠は、感慨深げに、旧友の顔を見つめた。
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「当たり前だろ! こっちじゃ、傭兵団の隊長やらされてるけどな!」
竜崎は、そう言って、豪快に胸を張った。かつてのサッカー少年の面影が、その笑顔に、確かに残っていた。
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「今、隣町で、疫病の対応に追われててな。俺の部隊も、避難民の護衛やら物資の運搬やらで、駆り出されてるんだ」
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「隣町の様子は、どうなんだ」
誠は、真剣な顔で尋ねた。
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「正直、厳しい。医者も薬も足りてない。俺の部下にも、何人か、感染した奴が出てる」
竜崎の表情が、初めて曇った。
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「僕にできることがあれば、力になりたい」
誠は、迷わずそう申し出た。
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「田中がそう言ってくれるなら、心強い。頼む」
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こうして誠は、竜崎の案内で、疫病が広がる隣町へと向かうことになった。
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町の様子は、想像以上に深刻だった。あちこちの家に、疫病を示す印が貼られ、人々は恐怖に怯えながら、外出もままならない状態だった。
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「田中、こっちだ」
竜崎に案内され、誠は、簡易的な救護所へと足を運んだ。
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そこには、高熱にうなされる人々が、床に並べられていた。
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「これは……」
誠は、その光景に、言葉を失った。
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「田中さん、来てくださったんですね」
救護所を仕切っていた医師が、疲れ切った顔で、誠を迎えた。
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「田中商会の、薬草の評判は、こちらにも届いています。もし、何か、お力添えいただけるなら……」
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「できる限りのことは、させていただきます」
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誠は、すぐに、持参した薬草を使い、煎じ薬の調合に取り掛かった。祖父のノートに記された知識、そしてこの世界で自ら培ってきた経験の全てを、総動員した。
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「これを、患者さんたちに」
誠が用意した薬湯を、次々と、病人たちに配っていく。
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数日が経ち、薬草の効果が、少しずつ表れ始めた。熱が下がる者、咳が和らぐ者が出始め、救護所には、わずかながら、希望の光が差し始めていた。
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「田中の薬、効いてるみたいだな」
竜崎が、少し安堵した様子で言った。
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「まだ、油断はできない。もっと、薬草の量が必要だ」
誠は、休む間もなく、薬草の調合と、栽培地の拡大に奔走した。
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そんなある夜、誠が、救護所で薬の準備をしていると、竜崎が、慌てた様子で駆け込んできた。
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「田中……! 俺の部下が、倒れた……!」
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誠は、すぐに、竜崎について、部隊の詰所へと向かった。
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そこには、一人の若い兵士が、高熱にうなされ、苦しそうに横たわっていた。
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「こいつ、まだ若いんだ……。故郷に、妹がいるって、いつも話してた……」
竜崎の声が、震えていた。
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誠は、すぐに、持ち合わせの薬を、その兵士に処方した。しかし、既に病状は、かなり進行していた。
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「頼む、田中……何とか、助けてやってくれ」
竜崎の必死の言葉に、誠は、できる限りの手を尽くした。
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しかし、その夜遅く——
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その兵士は、静かに、息を引き取った。
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「……そんな……」
竜崎は、その場に、崩れ落ちるように座り込んだ。
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「俺が、もっと早く、田中を頼っていれば……」
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「竜崎……」
誠は、かける言葉が見つからなかった。
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「なんで、こんなことに……! あいつ、まだ、二十歳にもなってなかったんだぞ……!」
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竜崎の、普段の快活さからは想像もつかない、悲痛な叫びが、詰所に響いた。
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誠は、ただ、その隣に座り、竜崎の肩に、そっと手を置いた。
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「お前のせいじゃない」
誠は、静かに、しかしはっきりと言った。
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「病には、勝てない時もある。竜崎は、できる限りのことをした」
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「そんな言葉で、あいつは、帰ってこない……!」
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「ああ、帰ってこない」
誠は、竜崎の言葉を、否定しなかった。
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「でも、これから、他の誰かを、助けることはできる。あいつの分まで、俺たちにできることを、やり続けよう」
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竜崎は、しばらく、肩を震わせながら、涙を流し続けた。誠は、その隣で、ただ静かに、寄り添い続けた。
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翌朝、竜崎は、憔悴した様子ながらも、静かに立ち上がった。
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「田中……ありがとう。少し、頭が冷えた」
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「無理は、しなくていい」
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「いや」
竜崎は、首を振った。
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「あいつのためにも、俺は、まだやることがある。田中、これからも、力を貸してくれ」
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「もちろんだ」
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その後も、誠と竜崎、そして救護所の医師たちの尽力により、疫病は、徐々に収束へと向かっていった。しかし、その過程で、幾人もの命が、失われていった。
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疫病が完全に収まった頃、竜崎は、亡くなった兵士の遺族——遠く離れた村に住む、妹――のもとを、誠と共に訪れた。
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「お兄さんは、最後まで、立派に、部隊を支えてくれました」
竜崎は、震える声で、そう伝えた。
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妹は、静かに涙を流しながら、深く頭を下げた。
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「ありがとう、ございました……」
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帰り道、竜崎は、ずっと無言だった。
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「竜崎」
誠が、静かに声をかけた。
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「田中、俺、これから、ずっとこの気持ちを、忘れないようにする。あいつの分まで、生きようと思う」
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「ああ」
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誠は、それ以上、多くを語らなかった。ただ、旧友の隣を、静かに歩き続けた。
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「疫病で、竜崎の部下が一人、亡くなった。まだ若い兵士だった。竜崎は、深く悲しんでいた。僕には、彼を生き返らせることはできない。ただ、隣にいることしか、できなかった。じいちゃん、人の死とは、こんなにも、重いものなんだな」
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窓の外、二つの月が、いつもより、少し陰って見えた。
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まだこの時の誠は知らない。この疫病との戦いが、この後、王国全土に広がる、より大きな厄災の、始まりに過ぎなかったことを。
そして、この経験が、誠自身の中に、「救えなかった命」への静かな覚悟として、深く刻まれていくことになることも——今はまだ、知る由もなかった。




