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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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第26話「勇者との一戦」

不戦勝から一夜明け、誠のもとに、さらなる衝撃の知らせが届いた。



「田中殿、対戦表をご確認ください」


大会関係者が、恐縮した様子で、一枚の紙を差し出した。


「第二回戦、東側選手、田中誠殿。対する西側選手は……」



「勇者アルフレート殿です」



「……え?」


誠は、思わず二度見した。


「アルフレート様が、出場するんですか?」


「はい。実は、毎年恒例で、勇者様も、腕試しを兼ねて参加されておりまして」



「あの、これ、辞退とか……」


「対戦カードは、既に決定済みでして……」



誠は、頭を抱えた。よりによって、次の対戦相手が、あのアルフレートだとは。



その日の夕方、控室で顔を合わせたアルフレートは、なぜか、誠と同じくらい、困惑した表情を浮かべていた。


「田中、正直に言おう」


「なんでしょうか」


「私も、まさかお前と当たるとは、思っていなかった」



「アルフレート様も、その、困ってらっしゃるんですか」


「当然だろう。お前は、私の恩人だ。竜からも、そしてゴブリンの群れからも——いや、あれは、お前が原因だったが——ともかく、世話になっている相手と、真剣に戦うなど、できるはずがない」



「僕も、同じ気持ちです。アルフレート様は、僕の命の恩人ですし……」



「よし、田中」


アルフレートが、真剣な顔で提案した。


「明日の試合、お前が勝て。私が、うまく負けてやる」



「い、いや、それは、逆です! アルフレート様が勝ってください! 僕なんかが、勇者様に勝ったなんてことになったら、それこそ大変なことになります!」



「いや、田中。よく考えろ」


アルフレートは、真剣な顔で反論した。


「お前は、竜を足止めし、避難民を救った実績がある。今更、私に負けたところで、お前の評判に傷はつかん」



「逆に、アルフレート様が僕に負けたら、勇者としての評判に傷がつくじゃないですか!」


「なに、心配するな。多少の敗北くらい、私の評判はびくともしない」



「いや、そういう問題じゃ……」



二人は、控室で、延々と「どちらが負けるべきか」を巡って、押し問答を続けた。



「では、こうしよう」


アルフレートが、一つの妥協案を提示した。


「試合は、正々堂々と行う。ただし、お互い、決定打は避け、判定に持ち込む」


「判定、ですか」


「ああ。そこで、審判の判断に任せよう。それなら、どちらの意思も介在しない」



誠は、それに頷いた。少なくとも、無理に勝敗を操作するよりは、まだましに思えた。



翌日、闘技場は、これまでにない熱狂に包まれていた。


「本日の第二回戦は、なんと、勇者アルフレート様と、話題の田中誠選手の対決だ!」


実況の声に、観客席から、割れんばかりの歓声が上がった。



「二人とも、正々堂々と戦ってくれ!」



試合開始の合図とともに、二人は、闘技場の中央で対峙した。



(よし、決定打は避けて、様子を見よう)


誠は、密かにそう考えていた。



しかし——



アルフレートが、まず、大きく踏み込んできた。剣を構え、誠に向かって、一直線に突進する。



「うわっ!」


誠は、咄嗟に体を反らして避けた。剣先が、誠の頬すれすれを通り過ぎる。



(え、これ、本気で来てないか……!?)



「アルフレート様、決定打は避けるって——」


「すまん、田中! 体が、勝手に反応してしまう!」



アルフレートは、明らかに焦った様子で、剣筋を微妙に逸らそうとしていた。しかし、長年鍛え上げた戦士の本能が、無意識に、誠を「敵」として捉えてしまっているようだった。



「くっ……体に染み付いた戦闘本能が、抜けない……!」



一方の誠も、必死に応戦する羽目になっていた。


「うわ、うわ、うわ……!」



誠は、剣を避けようと、無我夢中で動き回った。しかし、その動きが、意図せず、絶妙な回避行動になってしまっていた。



「な、なんだ、あの動き……!」


「田中選手、まるで、勇者様の剣を、読んでいるかのような……!」


観客席から、驚嘆の声が上がった。



(いや、ただ必死に逃げてるだけなんですけど……!)



「田中、これは、まずいな……! 私の攻撃が、全く当たらん……!」


アルフレートが、困惑した様子で呟いた。



「わ、私も、避けるので精一杯です……!」



二人の攻防は、傍から見ると、まるで高度な駆け引きが繰り広げられているかのように見えた。しかし実態は——アルフレートは無意識の戦闘本能と、誠を傷つけまいとする理性の板挟みになり、誠は、ただ必死に生存本能で動き回っているだけ、という、なんとも滑稽な構図だった。



「くっ……! 田中、そろそろ、決着をつけないか! このままでは、埒があかん!」


「ど、どうすればいいんですか!」



「せーので、同時に武器を落とそう! それで、相打ち――両者リングアウト、という形にすれば……!」


「わ、分かりました!」



「せーの……!」



しかし、その瞬間——アルフレートの剣が、誠の慌てた動きに触れ、誠が投げようとした木の棒(誠の唯一の武器)を、思いがけず弾き飛ばしてしまった。



「あ……」



誠の武器が、宙を舞い、地面に転がった。



「か、勝負あり! 田中選手、武器を落とし、戦闘不能! 西側選手、アルフレート様の勝利!」



実況の声が響き渡り、会場は、大歓声に包まれた。



「田中……すまん、意図した通りにはいかなかった」


アルフレートが、申し訳なさそうに、誠に手を差し伸べた。


「い、いえ……これで、良かったんだと思います」


誠は、その手を取りながら、心底、安堵していた。



(アルフレート様に、正々堂々、負けられて、本当に良かった……)



控室に戻ると、バルガスが、興奮した様子で誠を出迎えた。


「田中! 惜しかったな! 勇者様相手に、あそこまで持ちこたえるとは!」


「いや、僕は、ただ逃げ回っていただけで……」



「謙遜するな! あの動き、素人目には、高度な回避術に見えたぞ!」



「田中殿」


その日の夜、アルフレートが、こっそりと誠の宿を訪ねてきた。


「本当に、すまなかった。決定打は避けるつもりだったのに、体が勝手に……」



「大丈夫です。むしろ、僕としては、あの結果で、心底安心してます」


「そう、か」



「あの、アルフレート様。次からは、大会に出るの、ちゃんと辞退したいです……」


「うむ、それについては、私も、大会関係者に、それとなく進言しておこう」



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「勇者様との一戦。お互い、負けを譲り合うつもりが、なぜか妙な泥試合になってしまった。結果的に、アルフレート様の勝利で終わって、本当にほっとしている。じいちゃん、俺は、今日も、なんとか無事に生き延びたよ」



窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この「勇者との死闘」という(実態とはかけ離れた)評判が、この後、さらに誠の名を、王国中に轟かせることになることを。


そして、この一件がきっかけで、次なる大会からは、誠が「特別枠」として、丁重に出場を辞退できるようになったことも——今はまだ、知る由もなかった。

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