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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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第25話「不戦勝、一回戦」

温泉での一件から数日後、誠のもとに、思いがけない知らせが届いた。



「田中殿! 大変だ!」


温泉で意気投合した、あの筋骨隆々の戦士——名をバルガスといった——が、息を切らして誠の店に駆け込んできた。


「バルガスさん? どうしたんですか、そんなに慌てて」


「お前さんの名前を、武闘大会にエントリーしておいたぞ!」



「……は?」


誠は、思わず聞き返した。


「王都で毎年開かれる武闘大会だ! お前さんの、あの薬草知識と、規格外の魔力量の話をしたら、大会の関係者が、ぜひ出てみてほしいと!」


「い、いや、僕、戦えませんよ!?」


「なに、心配するな! お前さんの体質なら、なんとかなるだろう!」



「体質って、あの、敵が覚醒するっていう……」


「そうだ! 逆に考えれば、対戦相手が本気を出さざるを得なくなるってことだろう! 見応えのある試合になるぞ!」



誠は、頭を抱えた。バルガスの理屈は、明らかにおかしかったが、既にエントリーは済んでしまっているという。


「あの、辞退は……」


「もう、王都中に告知が出回っちまってる。『規格外の魔力を持つ、謎多き村の商人』ってな。今更、辞退はできんぞ」



「田中さん、大丈夫ですか」


エリナが、心配そうに誠の様子を見た。


「正直、全く大丈夫じゃないです……」



「田中よ、諦めるな! 俺が、特訓をつけてやる!」


バルガスが、そう申し出た。


「特訓、ですか」


「ああ! 大会まで、まだ半月ある。基礎体力と、防御術だけでも、叩き込んでやろう」



こうして誠は、半ば強制的に、武闘大会への出場が決まってしまった。



半月後、王都の闘技場は、大勢の観客で埋め尽くされていた。


「うわ……こんなに人が……」


誠は、控室で、震える手を見つめていた。



「田中様、そろそろお時間です」


大会関係者に呼ばれ、誠は、闘技場の入り口へと向かった。



「第一回戦、東側選手、入場!」


実況の声とともに、誠は、恐る恐る闘技場に足を踏み入れた。



歓声が、一斉に沸き起こった。


「あれが、噂の規格外魔力の男か!」


「見た目は、普通の商人だが……」



対戦相手は、既に闘技場の中央に立っていた。全身を鎧で固めた、屈強な戦士だった。


「対する西側選手、鉄壁のガルドス選手!」



(な、なんか、めちゃくちゃ強そうな人だ……)


誠は、内心、震え上がっていた。



試合開始の合図が、今にも鳴らされようとしていた。


その時だった。



「待たれよ!」


ガルドスの陣営から、慌てた様子の男が、闘技場に駆け込んできた。


「ガルドス殿、大変です! 実は……」



男は、ガルドスの耳元で、何やら囁いた。ガルドスの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「な、なんだと……!?」



「か、観客の皆様、大変申し訳ございません!」


実況が、慌てた様子でそう告げた。


「西側選手、ガルドス選手が、試合直前に、ある事実を知らされ……」



「あの、田中様……という選手は、まさか、あの、村を襲った災厄の竜を、単独で足止めし、避難民を救ったという……」


ガルドスが、震える声で、大会関係者に確認していた。


「え、ええ、その通りです」



「さらに、ゴブリンの群れを、たった一人で引き受け、勇者様のパーティを救った、あの……」


「はい、そちらも事実です」



(いや、それ、僕が原因でゴブリンが覚醒したのが真相なんですが……)


誠は、心の中で、必死にツッコミを入れたが、その声は誰にも届かなかった。



「わ、私は……棄権いたします!」


ガルドスが、突然、そう宣言した。



「な、なんですって!?」


実況も、観客も、一斉にどよめいた。



「あの規格外の魔力と、竜すら足止めした実績を持つ相手に、私のような若輩者が、まともに立ち向かえるはずがありません……!」


ガルドスは、そう言い残すと、そそくさと闘技場を後にしてしまった。



「え……」


誠は、闘技場の中央に、一人ぽつんと立ち尽くした。



「な、なんと……! 西側選手、試合前に、まさかの棄権! これにより、第一回戦は、東側選手、田中誠選手の、不戦勝となります!」



会場が、一瞬の静寂の後、大歓声に包まれた。


「あれが、噂の田中か!」


「戦う前から、相手を戦意喪失させるとは……!」


「これが、規格外の実力ということか……!」



「い、いや、僕、何もしてないんですが……」


誠は、困惑しながら、闘技場を後にした。



控室に戻ると、バルガスが、興奮した様子で待っていた。


「田中! やったな、初戦突破だ!」


「いや、僕、何もしてないですよ。相手が勝手に棄権しただけで」



「それでも、勝ちは勝ちだ! さすが、俺の見込んだ男だ!」


バルガスは、誠の実情など、全く理解していない様子で、豪快に笑った。



「田中殿、おめでとうございます」


その日の試合を見に来ていたアルフレートも、興味深げに声をかけてきた。


「アルフレート様……見てたんですか」


「ああ、面白い試合……いや、試合にすらならなかったな」



「あの、これ、次の試合も、あるんですよね」


「もちろんだ。トーナメント形式だからな」


誠は、深いため息をついた。



「田中、次も期待してるぞ!」


バルガスの声を背に、誠は、力なく肩を落とした。



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「武闘大会、初戦は不戦勝だった。相手が、僕の(実際は誤解だらけの)評判に怯えて、戦う前に棄権してしまったんだ。まだ何もしていないのに、次の試合も心配で仕方ない。じいちゃん、俺は、一体どこまで、戦わずに勝ち進んでしまうんだろう」



窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この「不戦勝」が、この後、大会を通じて、何度も繰り返されることになることを。


そして、その積み重ねが、誠の意図とは全く関係ないところで、「規格外の実力者」という、実態とはかけ離れた評判を、さらに大きく育てていくことになることも——今はまだ、知る由もなかった。

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