第5話「溶けていく北」
秋に——なっても。
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暑さは——引かなかった。
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例年、なら。
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この、頃には——朝晩、涼しく——なるはず、なのに。
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今年は——いつまでも——夏が——続いている、ようだった。
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そんな——ある日。
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一人の——旅人が——町を——訪れた。
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北の、方から——はるばる——やってきた、という。
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ぼろぼろの——外套を——まとい。
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顔には——深い——疲れが——刻まれていた。
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「水を……。すみません、水を——一杯——いただけませんか」
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「ええ、もちろん。どうぞ——座ってください」
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誠は——冷たい——井戸水を——差し出した。
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旅人は——それを——一気に——飲み干して。
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ふう、と——大きく——息を——ついた。
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「ああ……。生き返る……」
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「北から——来られた、そうですね。長旅——お疲れ様です」
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「ええ……。もう——北には——いられなくて」
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旅人の——顔が——曇った。
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「いられない……?」
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「ええ」
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旅人は——ぽつり、ぽつりと——語り始めた。
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「私の——故郷は……北の、果ての——雪深い——土地でした」
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「一年の——半分は——雪に——閉ざされる。そういう——場所です」
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「それが——ここ、数年で……すっかり——変わって、しまった」
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旅人は——遠い——目を——した。
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「まず——雪が——降らなく——なった。次に——氷が——溶け始めた」
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「万年——氷に——覆われていた——山が……岩肌を——むき出しに——して」
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「そして——ついには」
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旅人は——声を——震わせた。
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「——北の、大氷原、が。丸ごと——消えて——しまったのです」
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「大氷原が——消えた……?」
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誠は——絶句、した。
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「ええ。見渡す、限りの——氷が……全部——水に——なって」
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「海へと——流れ込んで——いきました」
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「私たちは——住む、場所を——失って……こうして——南へ、南へと——逃げてきたのです」
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店先に——集まっていた——町の、人々が。
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ざわり、と——どよめいた。
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「氷原が——丸ごと——なんて……」
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「そんな——ことが——あるのかい」
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誠は——黙って——旅人の、話を——聞いていた。
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北の——氷が——溶けている。
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その、噂は——本当、だった。
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いや——噂、どころか。
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想像を——はるかに——超える——規模、だった。
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「あの……」
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誠は——おずおずと——尋ねた。
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「その……氷が——溶けた、原因、って——分かってるんですか?」
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旅人は——首を——振った。
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「いいえ。誰にも——分かりません」
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「ただ——年々——暑く、なって……気づいたら——こう、なっていた」
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「学者、先生たちも——首を——ひねる、ばかりで……」
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「まるで——世界、全体が……少しずつ——熱く——なっている——ようだ、と」
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——世界、全体が。少しずつ——熱く——なっている。
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その、言葉が。
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誠の、胸に——ずしり、と——響いた。
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(——世界、全体……)
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暑いのは——この、町だけ、じゃ、ない。
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北も。南も。
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世界の——どこもかしこも——熱く——なっている。
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だから——氷が——溶け。
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だから——島が——沈む。
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「一体……何が——起きてるんだ……」
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誠は——思わず——呟いた。
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その、時。
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旅人が——ふと——顔を——上げて。
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空を——見た。
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「……そういえば」
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「はい?」
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「北に——いた、頃……妙な、ことを——言う——年寄りが——いました」
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旅人は——記憶を——たどるように——言った。
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「"太陽が——年々——近づいてきている、気がする"、と」
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「太陽が——近づく……?」
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「ええ。まあ——年寄りの——たわごと、でしょうが」
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旅人は——力なく——笑った。
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「太陽が——動くなんて……そんな、こと——あるはずが——ない、ですからね」
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「……そう、ですね」
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誠も——曖昧に——頷いた。
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太陽が——近づく。
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そんな——馬鹿な。
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太陽は——ずっと——同じ、場所に——ある。
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昔から——ずっと。
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そんな——ことは——あるはずが、ない。
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——けれど。
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誠は——思い出していた。
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先日、見た——あの——夕日。
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去年より——大きく——見えた、気がした——あの、夕日を。
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「……いや」
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誠は——首を——強く——振った。
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「気の、せいだ。そんな——はず、ない」
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旅人は——しばらく——休むと。
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丁寧に——礼を——言って。
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また——南へと——旅立っていった。
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より——涼しい——場所を——求めて。
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その、後ろ姿を——見送りながら。
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誠は——しばらく——立ち尽くしていた。
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「師匠……。大丈夫——ですか?」
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ルカが——心配そうに——声を——かけた。
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「……ああ。大丈夫だ」
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誠は——微笑んで——みせた。
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「さ、店じまいの——支度を——しよう。それより——今日の、残り物で——何か——作らないとな」
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いつも通りに——振る舞いながら。
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誠の、心の——奥では。
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小さな——不安が。
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消えずに——くすぶり——続けていた。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「北から、逃げてきた、旅人が、来た。北の、大氷原が、丸ごと、消えたって。氷が、全部、水になって、海に、流れ込んだって。住む場所を、失って、南へ、逃げてきたって。学者先生も、原因が、分からないって。"世界、全体が、少しずつ、熱くなってるようだ"、って。……世界、全体。この町だけ、じゃ、ない。それから、旅人が、言ってた。北の、年寄りが、"太陽が、近づいてきてる気がする"、って。まさか、ね。太陽が、動くわけ、ない。でも……この前の、大きく見えた、夕日を、思い出して……ちょっとだけ、怖くなった。いや、気のせいだ。きっと、気のせい」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。北の、年寄りの——"たわごと"、が。誰よりも——真実に——近かった、ことを。
そして——誠が——何度も——打ち消そうとしている……あの——"大きく見える、夕日"、こそが——この、世界に——迫る……最大の——脅威の——正体で、あったことも——今は……まだ、誰も——知らない。




