第1話「またこの世界で」
朝の光が——地下の、天窓から——差し込んでいた。
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いや。
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正確には——地上の、光を。
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鏡で——幾重にも——反射させて——地下へ、届ける。
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そういう——仕掛けの、光、だった。
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「ふわぁ……」
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田中誠は——大きく——伸びを、した。
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星喰いとの、戦いが——終わって。
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季節が——いくつ、巡った、だろう。
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世界は——穏やかな——日常を——取り戻していた。
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——はず、だった。
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「……今日も、暑いな」
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誠は——額の、汗を——手ぬぐいで——拭った。
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まだ——朝、だというのに。
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空気は——じっとりと——生ぬるい。
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「じいちゃんの、頃は……こんなに……暑くなかった、気がするんだけど、なあ」
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誠は——独りごちて。
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そして——気に、しないことにした。
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歳の、せいか。
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それとも——ただの——夏の——巡り合わせか。
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「田中青果店」
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古びた——けれど——誠にとっては——世界で、一番、大切な、店。
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その、看板を——今日も——掲げる。
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戦いの、後。
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誠は——この、店を——続けている。
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戦う力は——相変わらず——ない。
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昇進も——しなかった。
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英雄にも——勇者にも——ならなかった。
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ただの——八百屋の、孫の、ままだ。
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でも——それで——よかった。
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「いらっしゃいませー!」
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弟子の、ルカが——元気に——店を、開ける。
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すっかり——背も、伸びて。
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一人前の——八百屋に——近づいてきた。
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「師匠! 今日の、キュウリ……いい感じですよ!」
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「お、ほんとだ。よく——育ってるな」
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みずみずしい——キュウリを——手に、取る。
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こういう——地味な、ことが。
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誠は——好きだった。
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祖父・辰三の——教え。
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「地味なことを、丁寧に、飽きずに、続けろ」
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その、教えを——誠は——今日も——守っている。
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「おはよう、誠さん」
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「あら、今日も——いいお野菜ね」
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近所の——人々が——次々と——店を、訪れる。
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戦いが——終わっても。
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人の——暮らしは——続く。
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そして——その、暮らしを、支えるのが。
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誠の——役目、だった。
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「——ただいま、戻った」
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低い——声と、共に。
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大きな、影が——店先に——差した。
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アルフレート、だった。
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世界を——救った、勇者は。
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今も——この、八百屋を——手伝っている。
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「おかえりなさい、アルフレート様。配達、ありがとうございました」
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「うむ。……ふぅ。しかし……重かった」
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アルフレートは——どっかりと——椅子に、腰かけた。
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そして——額の、汗を——拭う。
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「情けない、話だが……ジャガイモの、袋、一つで……息が、上がる」
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誠は——苦笑した。
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「無理も——ないですよ。アルフレート様……今、レベル1、ですもんね」
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そう。
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星喰いとの、戦いの、後。
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どういう——わけか。
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アルフレートの——レベルは。
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——1に、戻っていた。
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かつて——レベル、三千八百七十四、を——誇った。
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世界最強の、勇者が。
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今や——ジャガイモ、一袋で——音を、上げる。
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「まったく……。あれほどの、力は……どこへ——行ったのやら」
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アルフレートは——自分の、手を——見つめて——ため息を、ついた。
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「気に、なりますか?」
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「いや……」
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アルフレートは——少し、考えて——首を、振った。
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「不思議と……そうでも、ない」
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「レベルが——高かった、頃より……今の、方が……」
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「なんだか……ゆっくり、生きている、気がする」
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誠は——微笑んだ。
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その、感覚は——なんとなく——分かる、気が、した。
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「じゃあ、アルフレート様。今日も——一つずつ——やっていきましょう」
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「うむ。……で、今日は、何を——すればいい?」
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「まずは……そうですね。薬草畑の——水やりから、お願いします」
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「水やり——だな。任せろ!」
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かつて——星喰いを——倒した、剣で。
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今は——じょうろを——持つ。
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それも——悪くない、と。
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アルフレートは——思っているようだった。
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昼が——過ぎ。
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夕暮れが——近づく、頃。
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誠は——ふと——店の、外に、出て。
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空を——見上げた。
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地上は——相変わらず——うだるような——暑さ、だった。
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夕焼けが——空を——赤く——染めている。
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「……きれいだな」
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誠は——呟いた。
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でも——ほんの、少しだけ。
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その、夕日が——
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——去年より、大きい、ような。
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「……気の、せい、かな」
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誠は——首を、傾げて。
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そして——また——気に、しないことにした。
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きっと——気の、せいだ。
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世界は——平和で。
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明日も——また——いつも通りの——一日が——来る。
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そう——信じて——疑わなかった。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「戦いが、終わって、いくつか、季節が、巡った。八百屋は、今日も、平和。ルカは、すっかり、一人前に、近づいてきた。アルフレート様は、相変わらず、手伝ってくれてる。レベル1に、戻っちゃったけど、本人は、"今の方が、ゆっくり、生きてる気がする"、って。なんだか、その気持ち、分かる気がする。……ただ、最近、やけに、暑い。じいちゃんの、頃は、こんなじゃ、なかった気がするけど……歳のせいかな。夕日も、なんだか、大きく見えた。まあ、気のせいだろう。明日も、いい一日に、なりますように」
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。この——なんでもない、暑さが。そして——少し、大きく見えた、夕日が——やがて、世界を、揺るがす……大きな、大きな——出来事の、始まりであったことを。
そして——その、渦の——ど真ん中に。ほかでもない——自分自身が——立つことに、なることも——今は……まだ、知らない。




