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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
異世界転移したら魔法学院に行かなければいけない謎ルール

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第23話「温泉旅行、のはずが」

黒崎との再会から、二ヶ月ほどが過ぎた。



「田中さん、お手紙です」


エリナが、一通の封筒を届けてきた。差出人を見て、誠は驚いた。


「桜庭さんから……?」



手紙には、思いがけない内容が書かれていた。


「田中くん、お久しぶりです。黒崎くんから、あなたのことを聞きました。実は、こちらでも同じ学年だった女子が数名、転移していることが分かり、先日、偶然再会しました。近々、温泉地で静養を兼ねて集まる予定です。もしよければ、田中くんもいらっしゃいませんか」



「桜庭さんも、こっちにいたのか……」


誠は、感慨深げに手紙を読み返した。


「田中さん、行かれるんですか?」


エリナが、興味深げに尋ねた。


「せっかくの機会だし、行ってみようと思う。同級生の消息も、色々聞けるかもしれないし」



「温泉、ですか」


エリナは、少し考えるような顔をした。


「エリナさんも、一緒に来ますか?」


「いえ、店もありますし、私は……。でも、田中さん」


エリナは、真面目な顔で誠を見た。


「女性ばかりの集まりに、一人で行くんですよね」


「同級生だから、大丈夫だと思うけど……」


「そういう問題では、ないと思うんですが……」


エリナは、何か言いたげだったが、結局、小さくため息をついて頷いた。


「まあ、田中さんですし、大丈夫でしょう」



こうして誠は、桜庭が指定した山間の温泉地へと、一人向かうことになった。



温泉地は、山々に囲まれた、静かで趣のある場所だった。宿の前で待っていると、見覚えのある——しかし、随分と印象の違う——女性たちが、次々と姿を見せた。


「田中くん、久しぶり」


最初に声をかけてきたのは、桜庭だった。記憶にある涼しげな雰囲気は変わらないが、纏う服装や佇まいは、すっかりこの世界のものになっていた。


「桜庭さん……本当に、久しぶりだね」



「田中じゃない! うわ、懐かしい!」


続いて現れたのは、快活な声の女性だった。よく見ると、クラスで生徒会をやっていた委員長タイプの生徒だった。


「委員長も、こっちにいたのか」


「そうなの! こっちじゃ、なぜか傭兵団のまとめ役やらされてて」



さらに数名、誠の記憶にある顔——といっても、姿形は随分と変わっていたが——の女性たちが集まってきた。全員で五人。かつて同じ教室で過ごした、女子生徒たちだった。



「じゃあ、皆さん揃ったところで、早速お部屋に案内しますね」


宿の主人に案内され、一行は大きな座敷へと通された。


「田中くんは、こちらのお部屋を」


「ありがとうございます」



夕食後、一同は、温泉に入る流れになった。


「田中くんは、あちらの、殿方用のお風呂ですね」


宿の女中が、丁寧に案内してくれた。


「あ、はい」



(そういえば、温泉って、混浴じゃないんだな)


誠は、少し安堵していた。実のところ、道中、少し気まずさを感じていたのだ。同級生の女子たちと、どういう距離感で接すればいいのか。



しかし、案内された「殿方用の湯」は——


「あの、すみません、ここ、随分と……」


誠は、その湯に足を踏み入れた瞬間、思わず声を上げた。



「ぬるい……というか、これは、もはや、水風呂に近いのでは……」


湯温は、ぬるま湯どころか、ほとんど水と変わらないほどだった。


「あの、女中さん、これ、本当にお湯なんでしょうか」


「はい、こちらの源泉は、体に優しい低温泉が売りでして」



誠は、しばらく我慢して浸かってみたが、体が温まる気配は一向になかった。


「これは……せっかくの温泉なのに、もったいないな」



そんな時、誠の頭に、ふとある考えが浮かんだ。


(そういえば、祖父のノートに……)



祖父のノートには、かつて、農作業で冷えた体を温めるための、薬草を使った民間療法が記されていた。


生姜と、唐辛子、そしてよもぎに似た葉を、布に包んで湯に入れると、体を芯から温める効果がある。



「よし、試してみよう」


誠は、慌てて湯から上がり、宿の主人に頼み込んで、台所に案内してもらった。



「田中様、これは、一体何を……?」


宿の主人が、困惑した様子で誠の作業を見つめていた。


誠は、宿にあった生姜と、唐辛子、そして近くの山で採れるという似た薬草を、手際よく布に包んでいった。


「この温泉、湯温は低いですが、成分自体はとても良いものだと思います。少し工夫すれば、もっと体が温まる湯になるはずです」



「田中様は、薬師でいらっしゃるので?」


「いえ、ただの商人です。でも、こういうことには、少し詳しくて」



宿の主人の許可を得て、誠は、その薬草の包みを、殿方用の湯船に入れてみた。


しばらくすると、湯の色が、少しずつ変化していった。



「おお……これは……」


湯に足を浸けた誠は、驚いた。


先ほどまでのぬるま湯が、じんわりと体の芯から温まるような、不思議な感覚に変わっていた。


「これは、すごい……」



「田中様、これは、一体……」


宿の主人が、恐る恐る湯に触れ、目を見開いた。


「本当だ……! ぬるま湯だったはずなのに、体が温まる……!」



翌朝、この話は、宿中に広まっていた。


「田中様のおかげで、うちの温泉が、こんなに変わるとは……!」


宿の主人が、興奮した様子で誠に頭を下げた。


「もしよろしければ、この配合、教えていただけないでしょうか。宿の名物にしたいのです」



「あの、田中くん」


朝食の席で、桜庭が、少し呆れたような、それでいて感心したような顔で、誠に話しかけてきた。


「聞きましたよ。昨夜、温泉の改良をしていたそうですね」


「あ、はい、その、湯が少しぬるかったので……」



「私たち、田中くんが来るっていうから、実は、ちょっと身構えてたんですよ」


委員長が、苦笑いしながら言った。


「身構えるって?」


「ほら、男子一人だし、その……変な空気になるかなって」



「でも、蓋を開けてみたら」


別の同級生が、笑いながら続けた。


「宿の温泉の改良に、夢中になってるんだもん」



「そ、それは、その……せっかくの温泉が、もったいないと思って……」


誠は、少し恥ずかしくなりながら弁解した。



「田中くんらしいわね」


桜庭が、そう言って、優しく笑った。


「田中くんは、本当に、変わらないんですね。こっちの世界に来ても」



「あの、皆さんこそ、色々あったみたいで」


誠は、話を逸らすように、皆の近況を尋ねた。それぞれが、この世界で歩んできた、思いがけない人生の話を語り始めた。



温泉旅行は、結局、誠にとっては「同級生との再会と近況報告、そして温泉改良」という、当初の想像とは全く違う内容で終わった。



「また、皆で集まりましょうね」


「今度は、田中くんの村にも、遊びに行っていい?」


「もちろん」



村への帰り道、誠は、宿の主人からもらった、改良した温泉のレシピの控えを、大切に鞄にしまった。



「田中さん、おかえりなさい」


村に戻った誠を、エリナが出迎えた。


「ただいま、エリナさん」


「温泉は、どうでした?」


「うん、色々あったよ。同級生たちの近況も聞けたし……あと、宿の温泉を、少し改良してきた」



「温泉を、改良……?」


エリナは、少し拍子抜けしたような、それでいて安心したような、複雑な表情を浮かべた。


「田中さんらしいですね、それ」



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「同級生の女子たちと、温泉旅行に行ってきた。宿のお湯が少しぬるかったので、薬草を使って改良した。皆、それぞれの世界で、立派に生きているようだった。じいちゃん、俺は今日も、変わらないみたいだ」



窓の外、二つの月が、静かに輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この「温泉改良」の噂が、この後、思いがけない形で、王国中の温泉地に広まっていくことになることを。


そして、この日再会した同級生たちが、それぞれの立場で、この後の戦争や厄災の中で、誠と再び交わることになることも——今はまだ、知る由もなかった。

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