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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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第22話「我が名を語る者」

魔法学院を後にする、最後の日のことだった。



「田中殿、最後にもう一つ、見ておくといい」


学院長が、そう言って誠を、学院の奥にある演習場へと案内した。


「ここでは、上級生たちの実践訓練が行われています。貴殿には縁のなかった世界ですが、見ておいて損はないでしょう」



演習場には、大勢の学生が集まっていた。中央では、一人の学生が、圧倒的な魔法を披露しているところだった。


「ご覧ください。あの者は、この学院始まって以来の天才と呼ばれる、上級魔導士候補です」



その学生は、黒いローブに身を包み、片目を眼帯で覆っていた。


「我が魔力よ……闇に眠りし力を、今こそ解き放て……!」


大仰な口上とともに、その学生が杖を振ると、周囲の魔法陣が、一斉に禍々しい紫の光を放った。


「ぬ、ぬぅ……我が内なる漆黒の衝動が、疼くぞ……!」



(あれ……)


誠は、その口上に、何やら聞き覚えのあるものを感じた。


「あの、失礼ですが、あの方のお名前は?」


「ああ、彼ですか。カイエンという名で通っています。もっとも、本人は『我が真名は、この世界の理には収まらぬ』と、決して教えてくれないのですが」



(カイエン……我が真名は理に収まらぬ、か……)


誠の脳裏に、ふと、懐かしい光景が蘇った。


「フッ……いいだろう。今日だけは見逃してやる」


黒いマフラーを巻いた、あの同級生の顔が。



演習が終わり、学生たちが解散していく中、誠は思い切って、そのカイエンという学生に近づいた。


「あの、すみません」


「……何用だ、見知らぬ者よ」


眼帯の奥から、鋭い視線が誠に向けられた。



「先ほどの魔法、素晴らしかったです。特に、その……『我が内なる漆黒の衝動が、疼くぞ』というお言葉が、印象的で」


「フッ……我が言葉の真意を理解できる者は、そう多くはない」


カイエンは、満足げに口の端を上げた。



(この反応……間違いない、と思うんだけどな……)


誠は、慎重に、探りを入れることにした。


「失礼ですが、以前、どこかでお会いしたことがありませんか」


「……ない。我が魂は、この世界に転生して以来、常に孤高であった」



「そう、ですか」


誠は、少し悩んだ。決定的な確信が持てない。もう少し、何か手がかりが欲しい。


「あの、ちなみに、そのマ……ローブ、素敵ですね。よく似合っています」


「フッ……この漆黒の衣は、我が闇の力を象徴するものだ。学院に入る前から、ずっと着用している」



(マフラーの話に食いついてきた……! でも、これだけじゃまだ……)


誠は、意を決して、あの言葉を口にすることにした。半信半疑ではあったが、確かめる価値はあると思った。


「あの、ところで……どうよ最近、儲かってる?」



その瞬間、カイエンの片目——眼帯に覆われていない方の目が、大きく見開かれた。


「……な……」



「え……」


カイエンの纏っていた、あの尊大な雰囲気が、一瞬にして崩れ去った。


「その台詞……まさか……」



「田中……なのか……!?」


カイエンが、震える声で、そう呟いた。


「やっぱり……黒崎、だよな?」


誠も、確信を持って、その名を口にした。



「うわあああああ! お前、なんでこんなとこにいるんだよ!」


先ほどまでの大仰な口調は、どこかへ消え去っていた。黒崎——いや、カイエンは、慌てふためきながら、誠の肩を掴んだ。


「それは、こっちの台詞だよ! なんだよ、その眼帯とマフラー、まだ続けてたのか!」



「い、いや、これは、あの……」


黒崎は、しどろもどろになりながら、周囲を気にした。


「他の学生に、聞かれてないよな……?」


「大丈夫、多分、誰も聞いてないと思う」



「はぁ……」


黒崎は、大きくため息をついた。


「まさか、こんなところで、田中に、素の自分がバレるとはな……」


「素の自分って、お前、学校でも似たような感じだったじゃん」


「あれは、あれで、キャラだったんだよ! でも、こっちに来てから、本当にこの力に目覚めちまってさ……」



「目覚めたって、その、闇の力とか、いうやつ?」


「ああ……最初は、冗談のつもりだったんだよ。中学の頃のノリで、適当に厨二病っぽい設定を語ってただけなのに」


黒崎は、少し恥ずかしそうに続けた。


「気づいたら、本当に、そういう属性の魔法にめちゃくちゃ適性があってさ。周りも『さすが闇の使い手』とか言い出して、後には引けなくなった」



誠は、思わず笑ってしまった。


「お前、それ、田中的には、めちゃくちゃ面白い話なんだけど」


「笑うなよ! こっちは、これで結構、真剣に悩んでるんだからな!」



「にしても、お前が魔法の天才って呼ばれてるとはな」


「田中こそ、なんでこんなとこにいるんだよ。お前、そういうタイプじゃなかっただろ」



誠は、これまでの経緯を、かいつまんで説明した。転移直後の選定での失敗、村での商売、そして、規格外だが制御できない魔力のこと。


「……マジかよ。相変わらず、田中って、なんか持ってるくせに、決め手に欠けるよな」


黒崎が、呆れたように呟いた。


「お前に言われたくないよ」



「他の奴らは? 誰か、見つけたのか?」


黒崎が、真剣な顔で尋ねた。


「いや、まだお前が最初だ」


「そうか……。竜崎とか、桜庭とか、他にも転移してるかもしれないってことだよな」


「多分な。もし見かけたら、教えてくれ」



「田中、これから、どうするんだ?」


「村に戻るよ。商売があるし、待ってる人もいるから」


「商売って、お前、こっちで商人やってるのか」


「まあ、色々あってな」



「そうか……」


黒崎は、少し寂しそうな顔をした。


「じゃあ、これで、また離れ離れか」


「いや」


誠は、首を振った。


「連絡先……というか、手紙のやり取りくらいはできるだろ。今度、店にも遊びに来いよ」



「……ああ。田中がそう言うなら」


黒崎は、少し照れくさそうに笑った。その笑顔は、あの教室で見た、いつもの黒崎の顔だった。



「そうだ、その闇の力とやらも、いつか見せてくれよ」


「いいのか? お前、戦闘系、苦手なんだろ」


「見るだけなら、大丈夫だろ」



「わかった。今度、機会があればな」


そう言って、黒崎は、また尊大な口調に戻ろうとして——失敗した。


「フッ……我が闇の力を、貴様に見せる日も、そう遠くは……いや、無理だ、田中相手だと、どうしてもこの喋り方できねぇわ」



誠は、思わず声を出して笑った。


「そういうとこ、変わってないな、お前」



その日の別れ際、黒崎は、少し真剣な顔で言った。


「田中、また会おうな。今度は、ちゃんと近況報告し合おうぜ」


「ああ。竜崎と桜庭も、いつか見つかるといいな」



村への帰り道、誠は、久しぶりに晴れやかな気持ちだった。


(まさか、こんな形で、再会できるとはな)



その夜、宿場町で一泊した誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「魔法学院で、黒崎に再会した。あの厨二病、こっちでは本当に闇魔法の天才になっていた。人生、何が起こるか分からないもんだな。じいちゃん、俺は今日、少しだけ、故郷に近づいた気がしたよ」



窓の外、二つの月が、静かに浮かんでいた。



まだこの時の誠は知らない。この再会が、これから何十年もかけて続いていく、同級生探しの旅の、記念すべき最初の一歩になることを。


そして、黒崎という「闇の魔導士」が、この後の戦争や厄災の中で、思いがけない形で、誠の力になっていくことも——今はまだ、知る由もなかった。

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