第19話「巻き込み事故」
黒ウサギ事件から、十日ほどが過ぎた。
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「田中、また頼みがある」
アルフレートが、久しぶりに村を訪れ、そう切り出した。
「今度は、何でしょうか」
誠は、少し身構えながら尋ねた。前回の水汲み事件が、まだ記憶に新しかった。
「森の奥に、ゴブリンの群れが巣を作っているという報告がある。数が多く、村々への被害も出ている。討伐に向かうが、また案内役を頼みたい」
「案内だけ、ですよね?」
「ああ、案内だけだ。今回は、絶対に一人にはしない」
アルフレートは、そう約束してくれた。誠は、少し安心して頷いた。
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こうして誠は、再びアルフレート一行に同行することになった。
「田中さん、また一緒ですね」
弓使いの女性——名をシエナといった——が、朗らかに声をかけてきた。
「今回は、大人しくしてます」
「前回みたいに、水汲みには行かせないから安心して」
戦士の男——ゴードンという名だった——が、豪快に笑いながら言った。
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森の奥深く、ゴブリンの巣らしき洞窟が見えてきた。
「よし、ここからは慎重に進む。田中は、後方で待機していてくれ」
アルフレートの指示に、誠は素直に従った。
「わかりました」
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一行は、洞窟の入り口付近で、数匹のゴブリンと遭遇した。
「大した数じゃないな」
ゴードンが、軽々とゴブリンを斬り伏せていく。誠は、少し離れた岩陰から、その様子を見守っていた。
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しかし、一匹のゴブリンが、戦線を離れ、誠のいる方向へと逃げてきた。
「うわっ」
誠は、思わず声を上げてしまった。
ゴブリンは、誠に気づき、こちらに向かって突進してきた。
「た、田中さん!」
シエナが、慌てて矢を放とうとしたが、間に合わなかった。
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誠は、咄嗟に手にしていた杖——道中の杖代わりに拾った木の枝——で、ゴブリンを打ち払った。
「えいっ!」
枝が、ゴブリンの頭に命中する。
「よし、当たっ——」
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しかし、次の瞬間——ゴブリンの目が、赤く光った。
「あ……また、これ……」
誠の脳裏に、嫌な予感がよぎった。
「ギャオオオオ!」
ゴブリンの体が、みるみるうちに膨れ上がっていく。緑だった肌が、禍々しい赤黒い色に変わり、体格も二倍近くに膨れ上がった。
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「な、なんだ、あれは!」
洞窟内の他のゴブリンたちと戦っていたアルフレートたちが、その異変に気づいた。
「まさか、上位種に覚醒しただと……!?」
アルフレートが、驚愕の表情を浮かべた。
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覚醒したゴブリン——もはやゴブリンとは呼べないほどの巨躯となったそれは、雄叫びをあげると、その咆哮に呼応するように、周囲にいた他のゴブリンたちまでもが、次々と赤い光を放ち始めた。
「な、なんだと……! 群れ全体が、共鳴して覚醒している!」
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「田中、一体何をしたんだ!」
アルフレートが、焦った声で叫んだ。
「な、何もしてません! ただ、枝で叩いただけです!」
誠自身も、困惑するばかりだった。
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「くそ、こうなったら、全力で叩くしかない!」
アルフレートたちは、次々と覚醒していくゴブリンの群れに、囲まれ始めていた。
「シエナ、後方の敵を!」
「了解! でも、数が多すぎます!」
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ゴードンも、覚醒した上位種ゴブリンの攻撃を受け、片膝をついた。
「くっ……こいつ、思ったより硬い……!」
「ゴードン!」
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戦況は、みるみるうちに悪化していった。誠は、岩陰に隠れながら、その様子を、なす術もなく見つめていた。
(僕のせいで、みんなが……)
罪悪感が、誠の胸を締め付けた。
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「アルフレート様、これは危険です! 一旦退却を!」
シエナが、叫んだ。
「くそ……! ここまで来て……!」
アルフレートも、次第に追い詰められていくのが分かった。覚醒したゴブリンたちの猛攻は、想定を遥かに超えていた。
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「僕が、みんなを引きつけます!」
誠は、思わずそう叫んでいた。
「田中、何を——」
「みんなが逃げる時間を稼ぎます! それくらいしか、僕にはできませんから!」
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誠は、岩陰から飛び出し、大声で叫びながら、覚醒ゴブリンたちの前に躍り出た。
「こっちだ! こっちに来い!」
無謀な行動だった。しかし、誠のその声に、何匹かのゴブリンが反応し、誠に向かって突進を始めた。
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「田中さん!」
「馬鹿な真似を……!」
アルフレートたちが、驚愕の声を上げる中、誠は必死に走って逃げ回った。
「うわあああ! 来るな、来るなー!」
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(これ、また覚醒するパターンじゃないよな……!?)
誠が内心で冷や汗を流していると、案の定——追いかけてきたゴブリンの一匹が、また赤い光を放ち始めた。
「うそだろ……!」
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しかし、その時だった。
「今だ、一気に叩く!」
アルフレートの号令とともに、誠に気を取られていたゴブリンたちの背後から、一行が一斉に攻撃を仕掛けた。
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誠が時間を稼いでいる隙に、アルフレートたちは体勢を立て直していたのだった。
「シエナ、右から三体!」
「了解!」
「ゴードン、正面を頼む!」
「おうよ!」
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一行の連携攻撃により、覚醒したゴブリンたちは、次々と討伐されていった。誠に群がっていたゴブリンたちも、アルフレートの剣によって、一気に片付けられた。
「た、助かった……」
誠は、その場にへたり込んだ。
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戦闘が終わり、洞窟内は、静寂を取り戻していた。
「田中、無事か」
アルフレートが、息を切らしながら誠に近づいてきた。
「はい……なんとか」
「無茶をするな。お前が囮になったせいで、正直、肝が冷えたぞ」
「すみません……でも、何もしないよりは、と思って」
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「にしても」
ゴードンが、額の汗を拭いながら、呆れた顔で言った。
「なんで、お前が関わると、こうも敵が覚醒するんだ?」
「僕にも、分かりません……」
誠は、力なくそう答えた。
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「これで、何回目だ? 田中が絡むと、敵が急に強くなる現象」
シエナが、笑いを堪えながら言った。
「三回目、です……」
「もう、そういう体質なんじゃないか、お前」
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「笑い事じゃないですよ……今回は、皆さんまで巻き込んでしまって」
誠は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まあ、結果的に、全員無事だったんだ。今回は、良しとしよう」
アルフレートは、そう言って、誠の肩を軽く叩いた。
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「だが田中」
アルフレートが、少し真剣な顔になった。
「お前が、囮になって時間を稼いでくれなければ、もっと厳しい戦いになっていたのは事実だ。戦う力はなくとも、お前は、確かに役に立った」
「そう、でしょうか」
「ああ」
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その夜、野営の焚き火を囲みながら、誠は、また今日の失態を、皆に語られる羽目になった。
「田中の『覚醒トリガー』、パーティ内でも、もはや伝説になりつつあるな」
ゴードンが、笑いながら言った。
「その呼び方、やめてください……」
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「今日は、僕のせいでゴブリンの群れが覚醒し、アルフレート様たちまで危険に晒してしまった。本当に情けない。でも、囮になって、少しは役に立てたのかもしれない。じいちゃん、俺の不運は、一体いつまで続くんだろう」
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窓の外——ではなく、野営の焚き火の向こうに浮かぶ二つの月が、静かに一行を照らしていた。
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まだこの時の誠は知らない。この「田中が絡むと敵が覚醒する」という不運な体質が、この後もたびたび、勇者一行を巻き込みながら、シリーズを通じての奇妙な"名物"として、語り継がれていくことになることを。
そして、この体質の裏に隠された、思いもよらない真実に——誠自身が気づく日が来ることも——今はまだ、遠い先の話だった。




