第18話「田中誠、また負ける」
水汲み事件から、半月が過ぎた。
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「田中さん、聞きました? また変な噂が広まってるんですよ」
エリナが、苦笑いしながら店に戻ってきた。
「なんの噂ですか」
「『水汲みの狂戦士』って呼ばれてるみたいです、田中さん」
「や、やめてください、それ」
誠は、思わず頭を抱えた。あの日の失態は、冒険者パーティの間で、すっかり笑い話として広まってしまっていた。
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そんな中、村に、また別の依頼が舞い込んだ。
「田中さん、村の裏山に、野盗が住み着いているという話がありまして。畑を荒らされていて、困っているんです」
村長からそう相談を受けた誠は、少し考えて申し出た。
「僕が、様子を見に行ってきます」
「いや、田中さん一人では……」
「大丈夫です。話し合いで解決できるかもしれませんし、危なそうなら、すぐに戻ってきますから」
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誠は、村人から借りた古い槍を一本携え、裏山へと向かった。
(戦うつもりはないけど、一応、護身用に)
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裏山に入ってしばらく歩くと、荒らされた形跡のある畑が見えてきた。誠は、慎重に周囲を観察しながら進んだ。
「あれ……野盗にしては、随分と静かだな」
その時、茂みの奥から、小さなガサガサという音がした。
「!」
誠は身構えたが、現れたのは、野盗ではなく、一匹の小さなウサギのような魔物だった。
「な、なんだ、ウサギか……」
誠は、少しほっとした。角の生えた、少し変わったウサギだったが、見た目は可愛らしいものだった。
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「お前が、畑を荒らしてたのか?」
誠は、恐る恐る槍を構えながら、そう問いかけた。ウサギは、つぶらな瞳で誠を見つめ返している。
「よし……穏便に、追い払おう」
誠は、槍を軽く振って、ウサギを威嚇しようとした。
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その瞬間、ウサギの目が、赤く光った。
「え……」
「キュルルルル……!」
ウサギは、これまでとは打って変わった、低く唸るような声を上げた。全身の毛が逆立ち、体が一回り大きくなっていく。
「う、うそだろ……」
角が、みるみるうちに伸び、鋭さを増していく。
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「た、単なるウサギじゃなかったのか……!」
誠は、慌てて槍を構え直した。
「くっ……!」
ウサギ——もはやウサギとは呼べない何か——が、突進してきた。誠は、なんとか槍で受け止めたが、その衝撃で、体が大きく後方に吹き飛ばされた。
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「うぐっ……!」
地面に転がりながらも、誠は立ち上がった。
「まだ、大丈夫だ……!」
誠は、再び槍を構え、覚醒したウサギに向かって突進した。
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槍の穂先が、ウサギの体に命中する。
「よし、当たった……!」
しかし、次の瞬間——ウサギの体が、再び光り始めた。
「まさか、また……!」
光が収まると、そこにいたのは、先ほどよりもさらに巨大化し、体色が漆黒に変わったウサギだった。
「レベルアップだと……!? ウサギ相手に!?」
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黒く変貌したウサギは、先ほどまでの傷が、跡形もなく消え去っていた。
「体力全回復……また、これか……!」
誠は、既に息が上がり、腕も震えていた。
「くそ、なんで……なんでいつも、こうなるんだ……!」
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黒ウサギは、これまでにない速度で誠に迫った。誠は、なんとか槍で応戦を試みたが、体力も気力も、既に限界に近かった。
「うわあああ!」
槍を弾き飛ばされ、誠はその場に倒れ込んだ。
「これは……もう、駄目かもしれない……」
黒ウサギが、誠に向かって、鋭い角を突き立てようとした、その瞬間——
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「田中さーん!」
聞き覚えのある声とともに、風を切る音が響いた。
トビアスが、村の若者数人を引き連れて、駆けつけてきたのだった。
「トビアス……!」
「田中さん、大丈夫ですか!」
トビアスたちが手にした農具や松明で、黒ウサギを取り囲んだ。多勢に無勢と悟ったのか、黒ウサギは唸り声を上げながら、森の奥へと逃げていった。
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「た、助かった……」
誠は、その場にへたり込んだ。
「田中さん、なんでこんな怪我だらけに……」
トビアスが、心配そうに誠の様子を確かめた。
「野盗どころか……ただのウサギに、負けました」
「ウサギ、ですか……?」
トビアスは、困惑した顔をした。
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村に戻った誠は、村長やエリナから、一斉に心配された。
「田中さん、無茶しすぎです……!」
エリナが、涙目で誠の手当てをしながら言った。
「すみません……まさか、あんなことになるとは」
「あんなことって、何があったんですか」
「普通のウサギが、急に覚醒して、レベルアップして……」
誠が事の顛末を説明すると、エリナも村長も、揃って呆れたような、それでいて心配そうな顔をした。
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「田中さん、正直に言います」
村長が、真剣な顔で誠に告げた。
「お前さんは、戦いに関しては、本当に、驚くほど運がない」
「自分でも、そう思います……」
「頼むから、今度からは、無理はせんでくれ」
「はい……肝に銘じます」
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その夜、誠は祖父のノートに、力なく書き加えた。
「また負けた。今度はウサギだった。ただのウサギだったはずなのに、覚醒して、レベルアップして、体力が全回復した。じいちゃん、俺は本当に、戦いに関しては、何かの呪いでもかけられているんじゃないかと思う」
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「田中さんは、本当に懲りないですね」
隣で手当てをしていたエリナが、呆れながらも、少し笑った。
「懲りてはいるんです……次からは、本当に、戦わないようにします」
「その言葉、何回目ですか」
「……三回目、くらいですかね」
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窓の外、二つの月が、そんな二人を、静かに見下ろしていた。
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まだこの時の誠は知らない。この「戦えば必ず、相手が覚醒する男」という評判もまた、この後、思いがけない形で、王国中に広まっていくことになることを。
そして、この不運体質こそが、後にある人物——魔王その人——との、奇妙な縁を結ぶきっかけになることも——今はまだ、知る由もなかった。




