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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
第一部:少年期

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第17話「水汲みの英雄譚(にはならなかった話)」

竜の襲撃から、村の復興が少しずつ進み始めた頃だった。



「田中、お前に頼みがある」


アルフレートが、久しぶりに村を訪れ、そう切り出した。


「なんでしょうか」


「村の周辺に、魔物の集団が出没しているという報告がある。我々のパーティで討伐に向かうが、道中の土地勘がある案内役が欲しい。お前、詳しいだろう」


誠は、少し驚いた。


「僕でよければ、お力になります。でも、僕は戦えませんが」


「案内だけでいい。それに——」


アルフレートは、少し口の端を上げた。


「お前がいると、なぜか場が和む。パーティの連中にも、紹介しておきたい」



こうして誠は、アルフレート率いる冒険者パーティに、一日だけ同行することになった。


パーティには、大柄な戦士、鋭い目つきの弓使い、そして杖を持った若い魔法使いがいた。


「よろしくお願いします、田中です」


「ああ、聞いてるぞ。村を救った研ぎ師様だろう」


戦士の男が、豪快に笑いながら誠の肩を叩いた。誠は少し照れくさくなった。



森の奥へと進む一行。誠は、荷物持ちと道案内を務めながら、パーティの後をついていった。


「田中、そこの川で、水を汲んできてくれないか」


昼を過ぎた頃、アルフレートがそう頼んできた。


「わかりました」


誠は、水筒をいくつか抱え、パーティから少し離れた小川へと向かった。



小川のほとりに着き、誠は水筒に水を汲み始めた。


「よし、これで最後の一つ……」


その時だった。


「……ぷるん」


水面から、小さな半透明の塊が、ぬっと顔を出した。


「うわっ!」


誠は驚いて尻もちをついた。



それは、青みがかった半透明の、丸い体をした生き物だった。


「これは……スライム?」


誠は、恐る恐る立ち上がった。パーティの姿は見えない。少し離れすぎてしまったようだった。


「えっと……襲ってくるのかな、これ」


スライムは、ぷるぷると震えながら、ゆっくりと誠に近づいてきた。



(と、とりあえず、逃げるか、それとも……)


誠は、周囲を見渡した。手頃な木の枝が落ちている。


「よし……」


誠は、枝を拾い上げ、恐る恐る、スライムに向かって振り下ろした。


「えいっ」


枝は、スライムの体にめり込むように命中した。スライムは、ぷるん、と大きく震えた。


「よし、当たった!」



しかし、スライムは、意外にもしぶとかった。何度枝を振っても、体をぷるぷると震わせるだけで、一向に倒れる気配がない。


「なんで、倒れないんだ……」


誠は、次第に息が上がってきた。慣れない戦闘に、体力が奪われていく。



「ここまで来たら……!」


誠は、覚悟を決めて、渾身の一撃を、スライムの中心に叩き込んだ。


パシャン、という音とともに、スライムの体が、大きく波打った。


「や、やった……のか?」



しかし、次の瞬間——スライムの体が、まばゆく光り始めた。


「な、なに!?」


光が収まると、そこには、先ほどよりも一回り大きくなった、赤みがかったスライムがいた。


「うそだろ……」


誠の脳裏に、勇者パーティの誰かが話していた言葉がよぎった。


「スライムは、弱いようで、実は経験を積むと急速に成長する魔物なんだ。舐めてかかると痛い目に遭うぞ」


「まさか、今それを、体験することになるとは……」



赤くなったスライムは、先ほどよりも動きが素早くなっていた。誠は、後ずさりしながら、必死に枝を構えた。


「うわっ、うわっ……!」


誠は、なんとか応戦を続けた。何度も攻撃を当て、スライムの体力を確実に削っているように見えた。


「よし、もう少しで……!」


体は疲れ果て、息も上がっていたが、誠は最後の力を振り絞った。


「これで、とどめ——!」


渾身の一撃が、スライムに命中した。



「や、やった……!」


誠は、その場に膝をついた。全身が汗まみれで、腕は震えていた。


しかし——


「……え?」


スライムの体が、再び、先ほどよりも眩く光り始めた。


「うそ、だろ……」


光が収まると、そこにいたのは、先ほどよりもさらに一回り大きく、体色が濃い紫に変わったスライムだった。しかも、心なしか、先ほどまでのダメージが、跡形もなく消えているように見えた。


「体力……全回復……?」



「な、なんで……」


誠の膝が、がくがくと震えた。これまでの奮闘が、全て無駄になったような感覚。


「これが、いわゆる……第二形態、というやつなのか……」


紫のスライムは、先ほどまでとは比較にならないほどの速度で、誠に向かって突進してきた。


「うわあああ!」


誠は、咄嗟に体をかわしたが、体力はもう限界だった。



「くっ……もう、動けない……」


誠は、その場に崩れ落ちた。スライムが、じわじわと誠に近づいてくる。


(これは、まずい……)


誠は、覚悟を決めて目を閉じた。



その時だった。


「田中!」


聞き覚えのある声とともに、鋭い一閃が、紫のスライムを一刀両断にした。



「アルフレート様……」


誠が目を開けると、そこには、剣を構えたアルフレートと、駆けつけたパーティの面々がいた。


「大丈夫か、田中!」


「は、はい……なんとか」



「お前、こんな状態になるまで、よく一人で耐えたな」


戦士の男が、驚いた顔で真っ二つになったスライムの残骸を見ていた。


「進化したスライムだぞ、これ。並みの兵士でも、手を焼く相手だ」


「僕は、ただ……水を汲みに来ただけだったんですが」


誠が、力なくそう答えると、パーティの面々から、どっと笑いが起こった。



「水汲みで、進化スライムと死闘を演じるとはな」


アルフレートも、珍しく声を出して笑った。


「田中、お前は本当に、退屈させない男だな」


「褒められてる気がしません……」


誠は、へたり込んだまま、苦笑いした。



「にしても、無傷で、あそこまで持ちこたえたのは、大したものだ」


弓使いの女性が、感心したように言った。


「無傷ではないです。腕は震えてますし、心臓もバクバクです」


「戦闘技術ゼロで、あの粘りは、逆にすごいわ」



その夜、野営の焚き火を囲みながら、誠は今日の出来事を、皆に笑い話として語られる羽目になった。


「いや、まさか、水汲みに行った奴が、一番の死闘を繰り広げてるとは、思わなかったぜ」


戦士の男が、豪快に笑いながら誠の肩を叩いた。


「本当に、恥ずかしい話です……」


誠は、顔を赤くしながら、そう呟いた。



「だが、田中」


アルフレートが、真剣な顔で誠を見た。


「お前は、逃げなかった。戦う術がないにもかかわらず、最後まで立ち向かった。それは、簡単にできることではない」


「僕は、ただ、逃げ遅れただけです」


「それでも、だ」



その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。


「スライムと戦って、惨敗した。恥ずかしい話だが、記録に残しておく。じいちゃん、俺は本当に、戦いには向いていないみたいだ。でも、逃げなかったことだけは、褒めてもいいだろうか」


窓の外、二つの月が、焚き火の煙の向こうで、静かに揺れていた。



まだこの時の誠は知らない。この「水汲みでスライムと死闘を繰り広げた男」という笑い話が、この後、思いがけない形で、王国中に広まっていくことになることを。


そして、この失態が、逆に誠という人物の「人間味」を、多くの人々に印象づけることになることも——今はまだ、知る由もなかった。

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