第16話「災厄の竜」
避難民の受け入れが本格化してから、一ヶ月が過ぎた。
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戦況は、誠が想像していたよりも、遥かに悪化していた。
「隣国軍の後ろに、魔王軍がついているらしい」
村を訪れる行商人や旅人たちから、そんな噂が誠の耳にも届くようになっていた。
「魔王軍……」
「ああ。人間同士の争いに乗じて、魔王軍が動き出したって話だ。厄介なことになったもんだ」
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そんなある日、村の空に、これまでにない異様な影が差した。
「な、なんだ、あれは……!」
村人の一人が、空を指差して叫んだ。
誠が顔を上げると、遠くの空に、巨大な黒い影が旋回しているのが見えた。
「竜……?」
その姿は、誠が想像していたどんな生物とも違っていた。全身を覆う漆黒の鱗、燃えるような赤い目、そして、羽ばたくたびに、周囲の空気が震えるほどの威圧感。
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「あれは、災厄の竜だ……!」
村に避難してきていた元兵士の一人が、青ざめた顔で叫んだ。
「魔王軍四天王の一角。あれが現れた村は、跡形もなく焼け野原になるって聞いたことがある」
村人たちの間に、恐慌が広がった。
「逃げろ! 早く逃げるんだ!」
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「田中さん、私たちも、逃げましょう!」
エリナが、誠の腕を掴んで叫んだ。
しかし、誠の目には、村の広場に取り残された人々の姿が映っていた。避難民の中には、足の悪い老人や、動けない怪我人も多くいた。
「エリナさん、先に逃げていてください」
「田中さん!?」
「僕は、動けない人たちを、少しでも安全な場所に誘導します」
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竜の咆哮が、遠くから響いた。地面が、微かに震える。
誠は、恐怖を感じながらも、足を止めなかった。
「皆さん、落ち着いてください! 一列になって、村の裏手の森へ向かってください!」
誠の声に、村人たちが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「動けない方は、僕たちが背負います! トビアス、手伝ってください!」
「はい!」
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誠とトビアス、そして数人の若者たちが、動けない老人や怪我人を背負い、必死に森へと運んでいった。
「田中さん……ありがとう」
背負われた老人が、震える声で呟いた。
「まだ、お礼を言うのは早いです。早く、安全な場所へ」
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竜が、村の上空に近づいてきた。その巨体が、太陽を遮り、村全体に影を落とす。
「くそ、間に合うか……!」
誠は、最後の避難民——足を怪我した若い女性——を背負い、森へと走った。
その瞬間、竜が咆哮とともに、村の中心部に向かって、炎のブレスを吐いた。
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轟音と共に、村の広場が、業火に包まれた。誠は、その熱風を背中に感じながら、必死に森の中へと逃げ込んだ。
「みんな、無事ですか!」
森に逃げ込んだ村人たちを、誠は必死に確認して回った。
「ああ、なんとか……」
「よかった……」
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しかし、安堵する暇もなかった。竜は、まだ村の上空を旋回していた。
「くそ、まだ諦めていないのか……!」
その時だった。
一筋の光が、竜に向かって放たれた。
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「あれは……」
誠が空を見上げると、竜と対峙する、輝く鎧を纏った人影があった。
「アルフレート様だ!」
村人の一人が、興奮した声で叫んだ。
アルフレートは、剣を構え、竜と激しい戦闘を繰り広げていた。剣閃が、幾度となく空を切り裂く。
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「すごい……」
誠は、その戦いを、森の中から見つめていた。人間離れした身のこなし、そして、圧倒的な力。あれが、勇者と呼ばれる者の力なのだと、誠は改めて実感した。
戦いは、数十分にも及んだ。やがて、竜は深手を負い、咆哮を上げながら、空の彼方へと逃げ去っていった。
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「勝った……のか?」
村人たちの間に、安堵のざわめきが広がった。
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戦いが終わった後、村に戻ってきたアルフレートは、疲れ切った様子で、剣を鞘に収めた。
「田中、無事だったか」
「はい、おかげさまで……」
誠は、深く頭を下げた。
「ありがとうございました、アルフレート様」
「礼はいい。それより……」
アルフレートは、燃え落ちた村の中心部を見渡した。
「随分と、被害が出たようだな」
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村の広場は、無残に焼け焦げていた。誠の店も、半分ほどが炎に飲まれ、崩れ落ちていた。
「店が……」
エリナが、崩れた店を見て、悲痛な声を上げた。
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しかし、誠は、意外にも落ち着いていた。
「命があれば、店は、また作り直せます」
誠は、焼け跡を見つめながら、静かにそう言った。
「それより、怪我人の手当てが先です。エリナさん、薬草の在庫は、無事ですか」
「あ……はい、裏の畑は、無事だと思います」
「それなら、大丈夫です」
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誠は、すぐに動き始めた。焼け出された村人たちの手当て、そして、無事だった薬草を使った治療。誠の店は焼けたが、村はずれの薬草畑は、奇跡的に炎の被害を免れていた。
「これで、傷薬が作れます」
誠は、テキパキと薬草を煎じ、怪我をした村人たちの治療にあたった。
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「田中、お前は……」
アルフレートが、その様子を、少し離れた場所から見つめていた。
「戦う力もないのに、随分と落ち着いているな」
「戦えない分、こうして人を助けることしかできませんから」
誠は、手を動かしながら、そう答えた。
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アルフレートは、しばらく無言で誠の様子を見ていたが、やがて、静かに呟いた。
「……お前のような者が、この国には、もっと必要なのかもしれんな」
その言葉の意味を、誠はまだ、深くは理解していなかった。
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その夜、焼け跡に建てた仮設のテントの中で、誠は祖父のノートを開いた。ノート自体は、鞄と共に無事だった。
「災厄の竜と呼ばれる魔王軍幹部が、村を襲った。アルフレート様が撃退してくれた。店は焼けたが、命はみんな無事だ。焼け跡から、また始めればいい」
窓の外、二つの月は、焼け焦げた村を、静かに照らしていた。
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まだこの時の誠は知らない。この災厄の竜襲撃こそが、田中誠という一人の商人の名を、王国中に知らしめる、最初のきっかけになることを。
そして、アルフレートが呟いたあの言葉が、この後の誠の人生に、大きな意味を持ち始めることも——今はまだ、知る由もなかった。




