第15話「戦火の影」
アルフレートが村を去ってから、半月が過ぎた。
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「田中さん、大変です!」
ある朝、エリナが青ざめた顔で店に駆け込んできた。
「どうしたんですか」
「隣町から、避難民が来ているそうです。国境沿いの村が、戦火に巻き込まれたって……」
誠は、すぐに外に出た。村の入り口には、疲れ切った様子の人々が、荷物を背負い、力なく座り込んでいた。子供を抱いた母親、杖をつく老人、傷を負った若者もいる。
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「一体、何があったんですか」
誠が声をかけると、一人の中年男性が、絞り出すように答えた。
「隣国の軍が、国境を越えて攻め込んできた。俺たちの村は、焼かれちまった……」
「そんな……」
「命があっただけ、まだマシだ。畑も、家も、何もかも、燃えちまったよ」
男は、そう言って肩を落とした。
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村長は、すぐに緊急の会合を開いた。
「避難民を受け入れるにしても、食料も住居も限られている。どうしたものか……」
村人たちの間にも、不安な空気が広がっていた。誠は、その様子を見ながら、静かに考えていた。
(僕にできることは、何だろう)
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「村長、僕に考えがあります」
会合の後、誠は村長に申し出た。
「なんだ、誠くん」
「店の裏に、まだ使っていない土地があります。仮設の炊き出し場を作らせてください。そして、店で育てている野菜と、蓄えている保存食を、避難民の方々に振る舞いたいんです」
「しかし、それでは、お前さんの商売が……」
「今は、それどころではないと思います」
誠の言葉に、村長は少し驚いた顔をした後、深く頷いた。
「よし、任せた」
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その日のうちに、誠とエリナ、そしてトビアスをはじめとする店の若者たちは、避難民のための炊き出しの準備を始めた。
「田中さん、こんなにたくさんの量、大丈夫ですか」
トビアスが心配そうに尋ねた。
「祖父から教わった保存食があります。日持ちする野菜も、蓄えがありますから」
誠は、店の蔵から、大量の漬物と、乾燥保存していた野菜を取り出した。
「これを、温かいスープにして、みんなに振る舞いましょう」
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大鍋が用意され、火が焚かれる。誠は、祖父から教わった調理の知恵を総動員し、限られた食材で、できるだけ多くの人に行き渡るよう、工夫を凝らした。
「野菜の皮も、無駄にはしません。出汁を取るのに使えます」
「田中さんって、本当に色々知ってますね」
エリナが、感心したように言った。
「祖父の受け売りですよ」
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炊き出しが始まると、避難民たちは、疲れ切った顔で、それでも温かいスープを口にした。
「うまい……」
一人の老人が、涙ぐみながら呟いた。
「こんな温かいもん、久しぶりに食べたよ」
「ゆっくり食べてください。まだたくさんありますから」
誠は、そう言いながら、次々とスープを配っていった。
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「お兄さん、これは何ですか」
一人の子供が、誠の育てたタナカソウ茶を指差した。
「これは、お腹の調子を整えるお茶だよ。避難で疲れた体には、いいと思う」
子供の母親が、遠慮がちに一杯を受け取った。
「ありがとうございます……本当に、助かります」
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その日一日で、誠たちは百人近い避難民に、温かい食事を提供した。
夜、誠とエリナは、疲れ切った体で、店の軒先に座り込んだ。
「疲れましたね」
「はい……でも」
誠は、避難民たちの、少しだけ和らいだ表情を思い出していた。
「あの人たちの顔が、少しだけ、明るくなった気がします」
エリナは、優しく微笑んだ。
「田中さんの言う通りでしたね。田中さんにできることは、ちゃんとあったんですね」
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「田中さんよぉ」
ゴラムが、疲れた様子ながらも、満足げな顔で近づいてきた。
「今日は、随分と手伝ってもらいました」
「当たり前だろ。俺だってこの村の一員だ」
ゴラムは、少し照れくさそうに笑った。
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数日後、村には、さらに多くの避難民が押し寄せるようになった。噂を聞きつけた者たちが、田中商会の炊き出しを頼って、次々と訪れるようになったのだ。
「田中さん、このままでは、食料が足りなくなるかもしれません」
トビアスが、不安げな顔で報告してきた。
「畑を、もっと広げましょう。それと、周辺の農家にも、協力を仰いでみます」
誠は、その日から、周辺の村々を回り、食料の調達に奔走することになった。
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「あんたのところの噂は聞いてるよ。避難民に、飯を振る舞ってるんだろう」
ある農家の主人が、誠にそう声をかけてきた。
「はい。もしよろしければ、余っている作物を、分けていただけないでしょうか」
「もちろんだ。俺たちも、他人事じゃないからな」
こうして、誠の炊き出しの輪は、周辺の村々を巻き込みながら、少しずつ広がっていった。
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「戦争が、現実のものになってきた。避難民のために、炊き出しを始めた。僕には戦う力はないけれど、こうして誰かの腹を満たすことはできる。じいちゃん、これが、僕にできる精一杯のことだと思う」
窓の外には、二つの月が、静かに、しかし少し陰りを帯びて浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。この炊き出しの噂が、やがて王国全土に広まり、「田中商会」の名を、思いがけない形で知らしめることになることを。
そして、この戦争の影が、これから何年にもわたって、誠とエリナの人生に、深く影を落としていくことになることも——今はまだ、知る由もなかった。




