第14.5話「家庭の維持費」
村での、剣を、研いだ、あの、一件から、しばらく後——アルフレートが、王都に、拠点を、構える、際の、話である。
⸻
「田中、実は、王都に、しばらく、腰を、据えることに、なりそうでな」
⸻
⸻
村を、再び、訪れた、アルフレートが、そう、切り出した。
⸻
⸻
「討伐の、拠点として、ですか」
⸻
⸻
「ああ。宿を、転々とするのも、そろそろ、限界でな」
⸻
⸻
⸻
こうして、誠は、アルフレートの、家探しに、たまたま、付き合うことになった。王都に、薬草の、卸先を、探しに、来ていた、ついでの、ことだった。
⸻
⸻
「アルフレート様、この、家、良さそうですね」
⸻
⸻
誠が、指差した、小綺麗な、一軒家に、二人は、向かうことにした。
⸻
⸻
⸻
不動産を、管理する、業者の、元へ、二人で、向かうと——
⸻
⸻
「アルフレート様……本日は、どのような、ご用件で」
⸻
⸻
業者の、顔が、明らかに、強張った。
⸻
⸻
「この、家を、借りたいのだが」
⸻
⸻
「そ、それは……」
⸻
⸻
業者は、しどろもどろに、なりながら、続けた。
⸻
⸻
「アルフレート様の、ご威光を思うと……その、失礼ながら、当方としましては……」
⸻
⸻
「何か、問題が、あるのか」
⸻
⸻
「近隣の、住民の方々からも、その……勇者様の、周辺には、時折、魔物や、諍いが、寄ってくる、という、噂もございまして……」
⸻
⸻
誠は、思わず、目を、伏せた。
⸻
(確かに、竜の襲撃とか、ゴブリンの群れとか……アルフレート様の、周りは、色々、あったからな)
⸻
⸻
「賃貸契約、正直、当方としては、リスクが、高すぎると、判断せざるを得ず……」
⸻
⸻
「つまり、断られている、ということか」
⸻
⸻
「大変、心苦しいのですが……」
⸻
⸻
⸻
アルフレートは、珍しく、少し、傷ついたような、顔を、していた。
⸻
⸻
「危険人物、扱いか……」
⸻
⸻
「アルフレート様、お気持ちは、分かりますが……」
⸻
⸻
誠は、そう、言いながら、思わず、苦笑いした。
⸻
⸻
「では、田中殿の、お名前で、契約いただくことは、可能でしょうか」
⸻
⸻
業者が、そう、提案してきた。
⸻
⸻
「田中様の、お噂は、こちらでも、伺っております。研ぎ物と、薬草で、真面目に、商いを、営まれ、地道に、信頼を、積み重ねてこられた方だと」
⸻
⸻
「あ、ありがとうございます」
⸻
⸻
「田中様の、お名前でしたら、喜んで、契約させていただきます」
⸻
⸻
⸻
「田中……」
⸻
アルフレートが、少し、複雑な、表情で、誠を、見た。
⸻
⸻
「僕の名義で、いいですよ。仕方ないです」
⸻
⸻
こうして、その、家は、誠の名義で、契約されることになった。
⸻
⸻
⸻
⸻
「家賃は、僕が、払っておきます」
⸻
⸻
契約を、済ませた後、誠は、そう、告げた。
⸻
⸻
「討伐報酬を、預かっている分から、そのつど、引かせて、もらいます」
⸻
⸻
「それで、構わない」
⸻
アルフレートは、あっさりと、頷いた。
⸻
⸻
⸻
「あの……アルフレート様」
⸻
誠は、少し、言いにくそうに、続けた。
⸻
「家賃、払ってるの、僕なんですから、少しは、家事とか、手伝って、もらえませんか」
⸻
⸻
「私は、討伐で、家賃分の、仕事は、している」
⸻
⸻
「討伐と、家事は、別の話じゃ……」
⸻
⸻
⸻
そう、話している、うちに、初めての、夜が、やってきた。誠も、その日は、王都に、泊まる、成り行きになっていた。
⸻
⸻
「では、私は、これで」
⸻
⸻
アルフレートは、そう、告げると、部屋の隅に、静かに、移動し——
⸻
⸻
体育座りの、姿勢で、目を、閉じた。
⸻
⸻
「……アルフレート様?」
⸻
⸻
誠が、恐る恐る、声を、かけたが——
⸻
⸻
返事は、なかった。
⸻
⸻
「まさか……もう、寝てるんですか」
⸻
⸻
誠が、近づいて、確認すると——
⸻
⸻
規則正しい、寝息が、聞こえてきた。
⸻
⸻
「本当に、寝てる……」
⸻
⸻
⸻
「アルフレート様、ベッドが、あるのに、なんで、隅で、体育座りで、寝るんですか」
⸻
⸻
翌朝、誠が、そう、尋ねると、アルフレートは、当然のように、答えた。
⸻
⸻
「戦闘態勢を、常に、保つための、癖だ。すぐに、動けるように、な」
⸻
⸻
「せめて、ベッドで、寝てください」
⸻
⸻
「慣れているのでな」
⸻
⸻
⸻
「あと、家賃分の、仕事は、討伐で、済んでる、って、言いましたけど」
⸻
⸻
誠は、少し、呆れた、様子で、続けた。
⸻
⸻
「毎日、夕方に、なると、こうやって、寝てしまうの、どうにか、なりませんか」
⸻
⸻
「これが、私の、生活のリズムだ」
⸻
⸻
⸻
「田中」
⸻
⸻
アルフレートが、少し、真面目な、顔で、続けた。
⸻
⸻
「不満が、あるなら、言ってくれ」
⸻
⸻
「不満、ありまくりですよ」
⸻
⸻
誠は、正直に、そう、答えた。
⸻
⸻
「家賃は、僕が、払ってる。家事も、僕が、やってる。それなのに、あなたは、討伐から、帰ってきたら、寝るだけ」
⸻
⸻
「それは……返す、言葉も、ない」
⸻
⸻
「本当に、これが、腐れ縁の、相手じゃなかったら、とっくに、追い出してますよ」
⸻
⸻
誠は、深く、ため息を、ついた。
⸻
⸻
⸻
「腐れ縁、か」
⸻
⸻
アルフレートは、少し、その、言葉を、噛み締めるように、呟いた。
⸻
⸻
「出会ったばかりだと、いうのに、もう、そう、言われるとはな」
⸻
⸻
「アルフレート様が、そう、思わせるような、言動ばかり、するからです」
⸻
⸻
「善処、しよう」
⸻
⸻
「本当に、善処してくださいね」
⸻
⸻
⸻
翌朝、誠は、村へと、帰る、支度を、始めた。
⸻
⸻
「田中、世話に、なった」
⸻
⸻
「いえ……これから、また、家賃の、催促に、来ますから」
⸻
⸻
「うむ、待っている」
⸻
⸻
⸻
こうして、王都の、片隅に、誠の名義で、借りられた、この家は——後に、幾度となく、二人が、立ち寄ることになる、拠点として、機能していくことになる。
⸻
⸻
その夜、村へ戻る、道すがら、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「アルフレート様の、拠点となる、家を、探すのに、付き合った。危険人物として、断られてしまい、結局、僕の名義で、契約することになった。家賃も、僕が、払うことになりそうだ。それなのに、家事は、手伝わず、夕方になると、部屋の隅で、体育座りのまま、寝てしまう。じいちゃん、この人との、付き合いは、これから、どうなっていくんだろう」
⸻
窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。




