第134話「その日の、朝」
その日の、朝は——不思議なほど——穏やかに、明けた。
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「……朝、か」
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誠は——いつものように——目を、覚ました。
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窓から——柔らかな、朝日が——差し込んでいる。
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昨夜の——あの、不気味な、静けさが——嘘のように。
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「おはようございます、田中さん」
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「おはよう、エリナさん」
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二人は——いつものように——朝食を、囲んだ。
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祖父直伝の——漬物。焼きたての——パン。温かい——スープ。
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「……美味しいね」
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「はい」
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何気ない——朝の、風景。
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だが——誠は——その、一つ一つを——いつもより——深く——味わっていた。
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(この、当たり前の、朝が……)
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(どれほど……幸せな、ことか)
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食事を、終えると——誠は——いつものように——店を、開けた。
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「おはよう、田中さん」
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「マーサさん、おはようございます。今日も、包丁ですか」
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「そうなのよ。よろしくね」
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シャッ、シャッ——と、いつもの——研ぎの、音。
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村人たちが——次々と——店を、訪れる。
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包丁を、研ぎ。薬草を、渡し。野菜を、並べる。
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変わらない——地道な、日々。
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「田中の、おじさん!」
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ルカも——やってきた。
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「ルカ。おはよう」
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「あのね……僕、決めたんだ」
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ルカは——少し——緊張した、面持ちで、言った。
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「僕も……おじさんみたいに……"地味なこと"、を、頑張ってみようって」
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誠は——嬉しくなった。
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「そうか。いいことだ」
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「だから……いつか……僕にも……色々、教えてほしいんだ」
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「もちろんだよ。いつでも……おいで」
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ルカは——嬉しそうに——駆けていった。
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その、後ろ姿を——誠は——優しく、見送った。
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(こういう、日常が……続いてほしい)
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(ずっと……ずっと……)
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昼過ぎ——アルフレートが——店に、やってきた。
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「アルフレート様。剣ですか」
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「ああ。……だが、今日は、それだけでは、ない」
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アルフレートは——静かに——北の空を——見上げた。
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「田中……妙に……"静か"、すぎる」
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誠も——空を、見上げた。
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穏やかな——青空。
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だが——その、彼方に——今も——あの、"陣形"、が——潜んでいる。
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「昨日から……気味が悪いほど……何も、起きませんね」
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「ああ。……嵐の、前の、静けさ、というやつだ」
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アルフレートは——剣を、握りしめた。
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「田中……覚悟は……できているか」
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誠は——静かに——頷いた。
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「はい。……何が、来ても……皆と、一緒に、立ち向かいます」
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「そうか」
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アルフレートは——静かに、微笑んだ。
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「ならば……何も、恐れることは、ない」
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夕暮れ、時。
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誠は——店じまいを、しながら——ふと——手を、止めた。
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西の空が——茜色に——染まっている。
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いつもと——変わらない——美しい、夕焼け。
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「綺麗だな……」
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誠は——しばらく——その、夕焼けを——見つめていた。
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「明日も……こんな、夕焼けが……見られると、いいな」
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その時——ふと——誠は——奇妙な、感覚に——襲われた。
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胸の、奥の——ざわめきが。
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これまでで——一番——強く——脈打った。
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「……!」
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誠は——はっと——北の空を——見上げた。
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まだ——何も——起きていない。
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だが——誠は——確かに——感じた。
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"何か"、が——動き始めた——気配を。
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「エリナさん」
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「はい?」
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「今夜は……早めに、家に、入ろう。そして……皆に……"警戒するように"、って……伝えて」
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誠の、声には——ただならぬ——緊張が、こもっていた。
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「田中さん……まさか……」
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「分からない。でも……胸騒ぎが……今までで、一番、強いんだ」
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その、夜。
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誠は——なかなか——眠れなかった。
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胸の、ざわめきが——収まらない。
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まるで——世界そのものが——息を、詰めているような——そんな、感覚。
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「……来る」
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誠は——闇の中で——静かに、呟いた。
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「もう……すぐ、そこまで……来てる」
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「今日は、不思議なほど、穏やかな、一日だった。いつも通り、店を開けて、包丁を研いで、野菜を並べた。ルカが、"僕も、地味なことを、頑張る"、って、言ってくれた。夕焼けが、すごく、綺麗だった。"明日も、こんな夕焼けが、見られたら"、って、思った。でも……夕暮れに、今までで、一番、強い、胸騒ぎが、した。何かが……動き始めた、気がする。もう……すぐ、そこまで、来てる。じいちゃん……この、穏やかな、日常が……今日で、最後になるかもしれない。でも……僕は、覚悟を、決めた。何が来ても……皆と、一緒に……この、当たり前の、日々を……守り抜く。じいちゃん……見ていてくれ」
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窓の外——二つの月と——北の空に、完璧に、並びきった——無数の、光。
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その、静寂の中で——誠は——最後の、夜を——過ごした。
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まだこの時の誠は知らない。この、"穏やかな、一日"、が——長く、続いた、平和の——本当に……最後の、一日で、あったことを。
そして——明日——ついに——あの、"陣形"、が——牙を、剥くことも——今はまだ、知る由もなかった。
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——長い、長い、"予兆"、の、日々が……終わる。
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——そして、明日。
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——空が……割れる。
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