第130話「老人たちの、沈黙」
収穫祭が、終わって——数日後。
⸻
誠は——ある、噂を——耳にした。
⸻
「田中さん、聞きました? 隣村の、話」
⸻
「隣村の?」
⸻
⸻
エリナが——声を、潜めた。
⸻
⸻
「なんでも……村の、一番の、長老が……急に、"蔵を、整理し始めた"、って」
⸻
⸻
⸻
「蔵を、整理?」
⸻
「ええ。それも……"食料を、たくさん、蓄えろ"、"井戸の、水を、確保しておけ"、って……村中に、言って回ってるらしいんです」
⸻
⸻
⸻
誠は——眉を、寄せた。
⸻
⸻
「まるで……何かに、備えてる、みたいだ」
⸻
「そうなんです。でも……理由を、聞いても……何も、言わないらしくて」
⸻
⸻
⸻
誠は——考え込んだ。
⸻
⸻
「その、長老さん……何か、知ってるのかな」
⸻
「かもしれません。でも……口を、閉ざしてるみたいで」
⸻
⸻
⸻
⸻
気に、なった、誠は——その、隣村を——訪ねてみることにした。
⸻
⸻
村では——確かに——人々が——慌ただしく——食料や、水を——蓄えていた。
⸻
⸻
「あの……この村の、長老さんは、どちらに?」
⸻
⸻
誠が、尋ねると——村人は——一軒の、古い、家を——指し示した。
⸻
⸻
⸻
家の、縁側で——一人の——白髪の、老人が——静かに——空を、見上げていた。
⸻
⸻
北の、空を。
⸻
⸻
「あの……突然、すみません。僕は、田中誠と、言います」
⸻
⸻
老人は——ゆっくりと——誠を、見た。
⸻
⸻
その、目は——澄んでいて——しかし——深い、"何か"、を——湛えていた。
⸻
⸻
⸻
「……田中誠、か」
⸻
⸻
老人は——静かに、呟いた。
⸻
⸻
「あんたの、ことは……聞いておる。色んな、種族と……繋がっとる、男だ、と」
⸻
⸻
「え……僕のことを、ご存知なんですか」
⸻
⸻
「ああ」
⸻
⸻
⸻
誠は——恐る恐る——尋ねた。
⸻
⸻
「あの……ご長老は……なぜ、食料や、水を、蓄えているんですか。何か……ご存知、なんですか」
⸻
⸻
老人は——しばらく——沈黙した。
⸻
⸻
そして——静かに——北の空を、見上げた。
⸻
⸻
⸻
「わしはな……もう、随分と……長く、生きておる」
⸻
⸻
老人は——ゆっくりと、語り始めた。
⸻
⸻
「長く、生きておると……"世代を、超えて、伝わる、話"、というものを……いくつか、知っておる」
⸻
⸻
⸻
「世代を、超えて……」
⸻
⸻
「その、中に……一つ……"決して、口外してはならぬ"、と……先祖代々、戒められてきた、話が、ある」
⸻
⸻
⸻
誠の、胸が——ざわり、と、した。
⸻
⸻
「それは……"あの光"、のこと、ですか」
⸻
⸻
老人は——答えなかった。
⸻
⸻
ただ——静かに——北の空を——見つめ続けた。
⸻
⸻
⸻
「ご長老……教えて、ください。僕たちは……何と、戦うことに、なるんですか」
⸻
⸻
長い——沈黙が——流れた。
⸻
⸻
「……すまんな、田中誠」
⸻
⸻
老人は——静かに、そう、言った。
⸻
⸻
「わしには……言えん」
⸻
⸻
⸻
「なぜ、ですか」
⸻
⸻
「言えば……"それ"、が……現実に、なる、気が、するのだ」
⸻
⸻
老人の、声は——震えていた。
⸻
⸻
「先祖が……なぜ、この話を……"口外するな"、と、戒めたのか……今なら……分かる、気が、する」
⸻
⸻
「恐ろしくて……口に、出せんのだ」
⸻
⸻
⸻
誠は——言葉を——失った。
⸻
⸻
この——老人ですら——恐れている。
⸻
⸻
口に、出すことすら——できないほどに。
⸻
⸻
⸻
「ご長老……」
⸻
⸻
「だが……田中誠。一つだけ……言っておこう」
⸻
⸻
老人は——誠を——じっと、見た。
⸻
⸻
「もし……"それ"、が、来たら……」
⸻
⸻
「一人で、立ち向かうな。決して……一人では、勝てぬ」
⸻
⸻
⸻
誠は——はっと、した。
⸻
⸻
「皆と……力を、合わせろ。あんたが……繋いできた、その、"縁"、を……信じるのだ」
⸻
⸻
老人は——静かに、続けた。
⸻
⸻
「わしに……できるのは……村の、皆を……生き延びさせるために……蓄えを、するくらいだ」
⸻
⸻
「だが……あんたには……もっと……大きなことが……できるやも、しれん」
⸻
⸻
⸻
誠は——老人の、言葉を——静かに、受け止めた。
⸻
⸻
「ありがとう、ございます、ご長老」
⸻
⸻
「田中誠。……気を、つけてな」
⸻
⸻
老人は——再び——北の空を——見上げた。
⸻
⸻
その、横顔には——深い——"諦め"、にも、似た——静けさが——漂っていた。
⸻
⸻
⸻
⸻
隣村を、後にする、誠は——重い、気持ちを——抱えていた。
⸻
⸻
各地の——長老たち。
⸻
⸻
彼らは——何かを——知っている。
⸻
⸻
だが——それを——口に、出すことすら——できないほど——恐れている。
⸻
⸻
「一体……何が……来るんだ」
⸻
⸻
誠は——北の空を——見上げた。
⸻
⸻
その、答えは——依然——闇の中、だった。
⸻
⸻
⸻
その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「隣村の、長老を、訪ねた。食料や、水を、蓄えて、何かに、備えてた。長老は……"世代を超えて、伝わる話"、を、知ってるらしい。でも……"言えば、それが、現実になる気がする"、"恐ろしくて、口に出せない"、って。あの、長老ですら、恐れて、口に出せないなんて。一体、何が、来るんだ。でも……長老は、こうも、言った。"一人で立ち向かうな。皆と、力を合わせろ。お前が、繋いできた、縁を、信じろ"、って。各地の、長老が、皆、同じことを、言う。"繋がれ"、って。じいちゃん……敵の正体は、まだ、分からない。でも……"皆で、繋がって、立ち向かう"、それだけは……間違ってない気がするんだ」
⸻
窓の外——二つの月と——北の空に、増えゆく、光。
⸻
まだこの時の誠は知らない。各地の、長老たちが、恐れ、口を、つぐんできた、その、"話"、の、正体を。
そして——それを、口に、出せる、日が——恐ろしくも——もう、間近に、迫っていることも——今はまだ、知る由もなかった。




