第13話「戦の噂」
田中商会が村に定着してから、一年が過ぎた。
誠とエリナの生活は、穏やかに、しかし着実に広がりを見せていた。研ぎ物の依頼は近隣の村々からも届くようになり、タナカソウ茶は隣接する町の市場にも並ぶようになっていた。
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「最近、変な噂を聞くんですよね」
ある日、店に薬草を届けに来た行商人が、誠にそう漏らした。
「噂、ですか」
「東の国境沿いで、小競り合いが増えているらしいんです。隣国との関係が、あまり良くないとか」
誠は、その言葉に少し眉をひそめた。
「戦争になるかもしれない、ということですか」
「まだ分かりませんがね。ただ、王都では、軍の動きが慌ただしくなっているとも聞きます」
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「王都、ですか」
誠にとって、王都はまだ遠い、ほとんど実感のない場所だった。この村での暮らしに、すっかり馴染んでいたせいもある。
「田中さんも、ご注意を。戦になれば、物資の流れも変わりますからね」
行商人はそう言い残し、店を後にした。
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その夜、誠はエリナにその話をした。
「戦争、ですか……」
エリナの表情が、少し曇った。
「まだ、噂の段階です。心配しすぎることはないと思いますが」
「そうですね……でも、もし本当に戦になったら、この村にも、何か影響があるかもしれません」
誠は、祖父のノートを開き、その日の出来事を書き留めた。
「戦の噂を聞いた。まだ実感はないが、少し気になる」
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数日後、村に一人の旅人が訪れた。
擦り切れた鎧を身につけ、疲れ切った様子のその男は、誠の店の前で足を止めた。
「すまない、この刃物、研いでもらえないか」
差し出されたのは、随分と使い込まれた剣だった。
「これは……剣、ですか」
誠にとって、剣を研ぐのは初めてだった。しかし、基本は変わらないはずだと、誠は思った。
「急ぎではないので、しばらくお待ちいただけますか」
「ああ、構わない」
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男が店の隅で休んでいる間、誠は慎重に剣を研ぎ始めた。刃の形状は包丁とは違ったが、角度を見極め、丁寧に研いでいく手順は同じだった。
「あんた、随分と丁寧な仕事をするんだな」
男が、感心したように呟いた。
「刃物は、みんな同じですから。会話するように、研ぐだけです」
男は、その言葉に驚いた顔をした。
「面白いことを言うな、あんた」
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研ぎ終えた剣を確かめ、男は満足げに頷いた。
「これは、いい仕事だ。助かった」
「ところで、あなたは、どちらから?」
誠は、少し気になって尋ねた。
「東の国境から来た。今は、王都に向かっている途中だ」
「国境の様子は、いかがですか」
男の表情が、少し険しくなった。
「良くはないな。隣国の動きが、きな臭い。俺のような傭兵にも、声がかかるくらいにはな」
「戦争に、なりそうですか」
「なるかもしれん。だが、まだ分からん」
男はそう言うと、代金を置いて、足早に店を後にした。
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「なんだか、嫌な予感がしますね」
その様子を見ていたエリナが、ぽつりと呟いた。
「そうですね……」
誠は、剣を研いだ感触が、まだ手に残っているような気がした。包丁とは違う、重く、そして人を傷つけるための道具。その事実が、誠の胸に、小さな影を落とした。
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「田中さん、大丈夫ですか」
エリナが、誠の様子を心配そうに見た。
「ええ、大丈夫です。ただ……」
誠は、少し考えてから続けた。
「もし本当に戦争になったら、僕たちに何ができるだろうと思って」
「田中さんに、何ができるか、ですか」
「はい。僕は、戦えません。剣も魔法も、使えません」
エリナは、誠の手を、そっと握った。
「田中さんには、田中さんにできることがあると思います」
「それは……」
「困っている人に、必要なものを届けること。それは、田中さんが、ずっとしてきたことじゃないですか」
誠は、エリナの言葉に、少し救われた気がした。
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その夜、誠は祖父のノートに、こう書き加えた。
「戦の気配が近づいている。僕には、剣も魔法もない。それでも、エリナの言う通り、僕にできることを、この先も続けていこうと思う」
窓の外、二つの月が、いつもより少し陰って見えた。
まだこの時の誠は知らない。この戦争が、やがて村を、そして王国全体を巻き込む大きな災いとなり、田中商会の真価が問われる時が来ることを。
そして、その戦いの中心に立つことになる「勇者」と呼ばれる人物との出会いが、もうすぐそこまで迫っていることも——今はまだ、知る由もなかった。




