第12話「田中商会、誕生」
新居の建設は、思いのほか早く進んだ。
村総出の手伝いもあり、川沿いの空き地には、二ヶ月ほどで立派な木造の建物が姿を現した。一階は店舗、二階は住居という造りで、これまでの空き家とは比べ物にならない広さだった。
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「立派なもんだな」
完成した建物を見上げ、ゴラムが満足げに頷いた。
「皆さんのおかげです、本当に」
誠は深く頭を下げた。
「頭下げてる暇があったら、早く店開けよ。みんな待ってるぞ」
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新しい店には、これまでよりも広い研ぎ場、そして薬草を乾燥・保管するための専用の棚が設けられた。エリナは、店の一角を「タナカソウ茶」の販売スペースとして整えた。
「研ぎ物と、薬草と、お茶。田中さんの店は、もう一つの商売じゃないですね」
「たしかに、そうですね……」
誠は、自分の店がいつの間にか、複数の顔を持つようになっていることに、改めて気づかされた。
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「あの、田中さん」
ある日、店の建設を手伝ってくれていた若者の一人、トビアスが、遠慮がちに声をかけてきた。
「はい」
「僕、この店で働かせてもらえませんか」
「働く、というと?」
「研ぎ物、少しずつ教わりたいんです。手先は器用な方だと思います」
誠は驚いた。これまで一人でやってきた仕事を、誰かに教える。考えたこともなかった。
「僕でよければ、教えます。でも、まだ僕自身、祖父ほどの腕はないので」
「それでも構いません。田中さんの技術を、教わりたいんです」
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こうして、誠は初めての弟子を持つことになった。
「まずは、砥石の使い方からです」
誠は、祖父から教わった通りの手順を、トビアスに伝えていった。角度の合わせ方、力の入れ方、水の使い方。祖父の言葉が、自然と誠の口から出てくる。
「刃物と会話するように、研ぐんです」
「会話、ですか」
「はい。最初は僕も、よく分かりませんでした。でも、続けているうちに、分かるようになります」
トビアスは真剣な顔で頷いた。
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薬草の栽培も、規模を広げていった。トビアスの他にも、数人の若者や、手の空いた村人たちが、交代で栽培を手伝ってくれるようになった。
「田中さん、これって、もう立派な『商会』じゃないですか」
エリナが、ある日そう言った。
「商会、ですか」
「はい。研ぎ物、薬草栽培、お茶の販売。それぞれに携わる人がいて、田中さんがそれをまとめている。これは、もう個人商店の域を超えていると思います」
誠は、少し戸惑った顔をした。
「そんな大層なものでは……」
「田中さんは、いつもそう言いますね」
エリナは、優しく笑った。
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「田中商会、って、どうですか」
その夜、エリナがふと提案した。
「僕の名前を、そのまま使うんですか」
「はい。田中さんが始めたことですから」
誠は、少し照れくさく感じながらも、頷いた。
「わかりました。では、そう呼びましょうか」
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こうして、まだ小さいながらも、「田中商会」という名前が、正式に村で使われるようになった。
看板は、あの最初の拙い文字の看板の隣に、新しく作られた。「田中商会」と、少し丁寧な字で書かれたそれを、誠は感慨深げに眺めた。
「これも、残しておきましょう」
誠は、最初の「研ぎ屋、始めます」の看板を指差した。
「はい、もちろんです」
エリナも、その看板の意味を理解しているようだった。
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その夜、誠は祖父のノートに、新しいページを書き加えた。
「店が完成した。弟子ができた。エリナが『田中商会』と名付けてくれた。じいちゃん、俺の名前が、こんな形で残ることになるとは、思ってもみなかったよ」
窓の外には、二つの月が、変わらず静かに浮かんでいた。
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まだこの時の誠は知らない。この小さな商会が、この後訪れる戦争、疫病、天災を乗り越え、王国最大級の商会へと成長していくことを。
そして、その過程で、かつての同級生たちと、思いがけない形で再会を果たすことになることも——今はまだ、知る由もなかった。




