第124話「神様、はぐらかす」
鬼族の里から、戻った——その夜。
⸻
誠は——一人——北の空を、見上げていた。
⸻
星ならぬ、光の点は——今夜も——変わらず——瞬いている。
⸻
⸻
「神様……いるんでしょう?」
⸻
⸻
誠は——静かに——夜空に、呼びかけた。
⸻
⸻
「話が、あるんです。……来てくれませんか」
⸻
⸻
⸻
しばしの、沈黙。
⸻
⸻
そして——
⸻
⸻
「……よう、田中はん。呼んだか」
⸻
⸻
いつもの、声が——しかし、いつになく——静かに——響いた。
⸻
⸻
「神様。……来てくれて、ありがとうございます」
⸻
⸻
⸻
今日は——麻雀卓は——現れなかった。
⸻
⸻
神も——それを——察していたのだろう。
⸻
⸻
⸻
「神様」
⸻
誠は——単刀直入に——切り出した。
⸻
「あの、北の空の、光……あれは、何ですか」
⸻
⸻
神は——しばらく——黙っていた。
⸻
⸻
「もう……気づいとったか」
⸻
「はい。皆も……感じてます。何かが、来る、って」
⸻
⸻
⸻
「そうか……」
⸻
⸻
神の、声には——どこか——重いものが、あった。
⸻
⸻
「神様。教えてください。あれは……何なんですか。僕たちは……何と、戦うことに、なるんですか」
⸻
⸻
⸻
再び——長い、沈黙。
⸻
⸻
「……田中はん」
⸻
⸻
神は——ゆっくりと——口を、開いた。
⸻
⸻
「ワシはな……あんたに……全部を、教えて、やりたい。ほんまは」
⸻
⸻
「でも……」
⸻
⸻
「教えられへんのや。これには……ワシの、"立場"、いうもんが、あってな」
⸻
⸻
⸻
「立場……?」
⸻
⸻
「ワシは……"天の、住人"、や。この、世界を……見守る、ことは、できる。でも……直接、手を、出すことは……許されとらん」
⸻
⸻
神は——静かに、続けた。
⸻
⸻
「答えを、全部、教えてしまうんも……ある意味……"手を、出す"、ことに、なるんや」
⸻
⸻
⸻
誠は——その、言葉を——静かに、受け止めた。
⸻
⸻
「じゃあ……何も、教えられない、ってことですか」
⸻
⸻
「いや……そういう、わけでも、ない」
⸻
⸻
神は——少し——考えるように、言った。
⸻
⸻
「"ヒント"、くらいなら……ええかもしれへんな」
⸻
⸻
⸻
「ヒント……」
⸻
⸻
「田中はん。あんた……最近……ええこと、しとるな」
⸻
「ええこと?」
⸻
⸻
「皆に、会いに、行って……話を、聞いて……一人一人の、力を……知ろうと、しとるやろ」
⸻
⸻
⸻
誠は——はっと、した。
⸻
⸻
「それは……そのつもりで……」
⸻
⸻
「それでええんや」
⸻
⸻
神は——優しく、そう、言った。
⸻
⸻
「田中はん。あんたには……戦う力は、ない。魔法も、使えん。レベルも、低い」
⸻
⸻
「でも……あんたには……"それ以上の、もん"、が、あるんや」
⸻
⸻
⸻
「それ以上の……もの……?」
⸻
⸻
「今は……まだ、言えへん。でも……いつか……あんた自身が……気づく、時が、来る」
⸻
⸻
神は——静かに、続けた。
⸻
⸻
「その時……あんたは……この、世界を……救う、鍵に、なる」
⸻
⸻
⸻
誠は——息を、呑んだ。
⸻
⸻
「僕が……世界を、救う……? そんな、まさか。僕は……ただの、薬草売りですよ」
⸻
⸻
「はっはっは。そう、思うやろ」
⸻
⸻
神は——軽く、笑った。
⸻
⸻
「でもな……"ただの、薬草売り"、やからこそ……できることも、あるんや」
⸻
⸻
⸻
「どういう……意味ですか」
⸻
⸻
「さあてな」
⸻
⸻
神は——また——はぐらかした。
⸻
⸻
「それは……あんたが……自分で……見つけるこっちゃ」
⸻
⸻
⸻
誠は——少し——もどかしかった。
⸻
⸻
「神様……いつも、そうやって、はぐらかすんですね」
⸻
「はっはっは。すまんな。これでも……精一杯、なんや」
⸻
⸻
⸻
神の、声が——少し——遠ざかっていく。
⸻
⸻
「田中はん。最後に……一つだけ、言うとくわ」
⸻
「はい」
⸻
⸻
「何が、来ても……あんたは……一人やない」
⸻
⸻
神は——静かに、そう、告げた。
⸻
⸻
「あんたの、周りには……あんたが、繋いだ……たくさんの、"仲間"、が、おる」
⸻
⸻
「その、"繋がり"、こそが……あんたの、一番の、"力"、なんや」
⸻
⸻
「それを……忘れんといてな」
⸻
⸻
⸻
そう言い残すと——神の、気配は——静かに——消えていった。
⸻
⸻
⸻
一人、残された、誠は——しばらく——夜空を、見上げていた。
⸻
⸻
「繋がりが……僕の、一番の、力……」
⸻
⸻
神の、言葉が——胸に——深く——残った。
⸻
⸻
⸻
(僕が……世界を、救う、鍵……?)
⸻
⸻
(戦う力も、ない、僕が……?)
⸻
⸻
⸻
まだ——その、意味は——分からなかった。
⸻
⸻
だが——不思議と——誠の、胸には——恐れよりも——静かな、"覚悟"、が——芽生えていた。
⸻
⸻
⸻
その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「今夜、神様を、呼んだ。北の空の光のこと、聞いたけど……"教えられない"、って。神様は、"天の住人"、で、直接、手を出すことは、許されてないんだって。でも……ヒントは、くれた。僕が、皆に会いに行って、一人一人の力を、知ろうとしてること……"それでいい"、って。そして……"お前は、世界を救う、鍵になる"、って。僕が? ただの、薬草売りなのに? 意味は、分からない。でも、神様は、"何が来ても、一人じゃない。繋がりこそが、お前の、一番の力だ"、って。じいちゃん……なんだか、怖いけど……不思議と、覚悟が、できてきた気がするんだ」
⸻
窓の外——二つの月と——北の空の、増えゆく、光。
⸻
まだこの時の誠は知らない。神が、言った、"世界を救う鍵"、が——一体、何を、意味するのかを。
そして——神が、なぜ、あそこまで……"繋がり"、を、強調したのか——その、本当の、理由も——今はまだ、知る由もなかった。




