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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
予兆

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第114話「ルカという少年」

その日——店先で、包丁を、研いでいた、誠は。



ふと——視線を、感じた。



顔を、上げると——店の、少し、離れた、ところに。



一人の、少年が——じっと——こちらを、見つめて、立っていた。




まだ、十歳ほどの——痩せた、身なりの、貧しそうな、少年。




「……いらっしゃい。何か、御用かな」




誠が——声を、かけると——少年は——びくり、と、して——目を、逸らした。




「べ、別に……」




そう、言いながらも——少年は——その場を、離れなかった。





「見てても、いいよ。研ぐの」




誠は——そう言って——作業を、続けた。




シャッ、シャッ——と、リズミカルに、刃を、研ぐ、音。




少年は——恐る恐る——少しずつ——近づいてきた。





「……おじさん、それ、何、してるの」



「包丁を、研いでるんだ。切れ味が、悪くなった、包丁を……こうやって、砥石で、研ぐと……また、よく切れるように、なるんだよ」




「ふぅん……」




少年は——じっと——その、手元を、見つめた。





「地味な、仕事だね」




少年は——ぽつり、と、そう、言った。




誠は——思わず——笑った。




「はは。そうだね。地味な、仕事だ」




「かっこよくないの?」




「うん。全然、かっこよくない」




誠は——朗らかに、そう、答えた。




「でもね……この、地味な、仕事が……村の、皆の、暮らしを……ちょっとだけ、支えてるんだ」





少年は——不思議そうな、顔を、した。




「よく、分かんない」



「はは。いつか、分かるよ」





「君は……この村の、子かな。あまり、見ない、顔だけど」




誠が、尋ねると——少年は——少し、うつむいた。




「……最近、隣村から、来た。母さんと、二人で」



「そうか」



「でも……母さん、身体が、弱くて……あんまり、働けなくて……」




少年の、声が——少し——沈んだ。




「僕が……何か、稼がないと、いけないんだけど……僕、力も、ないし……何にも、できないから……」





誠は——その、言葉に——ふと——手を、止めた。




("力も、ない"……"何にも、できない"……)




かつての——自分と——重なった。





「なあ、坊や。名前は?」



「……ルカ」



「ルカか。いい名前だ」




誠は——優しく、微笑んだ。




「なあ、ルカ。一つ、教えてあげよう」



「なに?」




「"力が、ない"、ことは……何も、恥ずかしいことじゃ、ないんだ」





ルカは——はっと——顔を、上げた。




「僕もね……力が、ないんだ。魔法も、使えない。剣も、下手。強くもない」




誠は——静かに、続けた。




「でも……こうやって、地味なことを……丁寧に、続けてれば……いつか、誰かの、役に、立てる。それは……力とは、関係、ないんだ」





ルカは——じっと——誠を、見つめた。




「……本当?」



「本当だよ」




誠は——力強く、頷いた。




「もし、興味が、あったら……いつでも、見においで。研ぎ方でも、薬草のことでも……教えてあげるから」





ルカの、目に——少しだけ——光が、宿った。




「……うん」




そして——少し、はにかんで——駆け去っていった。





「田中さん、今の子は?」




奥から、出てきた、エリナが——尋ねた。




「ルカ、っていう、子だ。最近、隣村から、来たらしい。……なんだか、昔の、自分を、見てるようで」




「昔の、田中さん?」




「うん。"力がない、何もできない"、って……うつむいてた、あの頃の、僕に、そっくりだった」





誠は——ルカが、駆けていった、方を——優しく、見つめた。




「また、来てくれると、いいな」






こんな、時だからこそ——誠は、思った。




胸騒ぎも、不安も、ある。北で、何かが、起きようとしている。




だが——目の前には——救いを、求めている、一人の、少年が、いる。




「僕に、できることを……するだけだ」




誠は——そう、呟いて——また、包丁を、研ぎ始めた。





その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「今日、ルカ、っていう、少年に、会った。最近、隣村から、来た子で……"力もない、何にもできない"、って、うつむいてた。昔の、僕に、そっくりだった。だから、教えてあげた。"力がないことは、恥ずかしいことじゃない"、って。じいちゃんが、僕に、教えてくれたみたいに。こんな、不安な、時だけど……いや、こんな時、だからこそ……目の前の、困ってる子に、できることを、してあげたい。じいちゃん……僕は、じいちゃんに、もらったものを……次の子に、渡していけてるかな」



窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この、ルカという、少年との、出会いが——やがて、長い、年月を、経て——誠の、"生き方"、そのものを——受け継ぐ、繋がりに、なっていくことを。


そして——その、繋がりの、始まりが——嵐の、訪れる、直前の、この、穏やかな、日に——静かに、芽吹いたことも——今はまだ、知る由もなかった。

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