第113話「変わらない、店先」
末広の、行方を、知ってから——数日が、過ぎた。
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相変わらず——一色からの、返事は、届かない。
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北の、空にも——特に、変わったことは——起きなかった。
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「……なんだか、拍子抜けだな」
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あれほど、募っていた、胸騒ぎ。
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だが——実際には——何も、起きない、日々が——続いていた。
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「田中さん、今日も、いい天気ですよ」
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「そうですね。……こういう日は、干し野菜が、捗ります」
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誠は——いつものように——店先で、野菜を、干し、薬草を、すり潰し、包丁を、研いだ。
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変わらない——地道な、日々。
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「いらっしゃい。おや、マーサさん。今日は、何を?」
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「田中さん、この、包丁、また、切れ味が、悪くなっちゃって」
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「はいはい。すぐ、研ぎますね」
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シャッ、シャッ——と、包丁を、研ぐ、音。
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村の、人々が——ひっきりなしに——店を、訪れる。
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「田中さんの、研ぎは、本当に、いいねぇ。長持ちするよ」
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「ありがとうございます。祖父の、教えのおかげです」
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「そういえば、田中さん。最近、北の方が、物騒だ、って、噂だけど……大丈夫かねぇ」
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マーサさんが——ふと、そう、尋ねた。
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「さあ……僕にも、よく、分からないんです」
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誠は——正直に、そう、答えた。
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「でも……何が、あっても……こうして、皆さんの、暮らしを、支えるのが……僕の、仕事ですから」
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マーサさんは——にっこりと、微笑んだ。
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「そうだねぇ。田中さんが、いてくれると……安心するよ」
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「そんな……大したこと、してないですよ」
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「いいや。あんたの、その、"当たり前"、が……村の、皆を、支えてるんだよ」
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誠は——照れくさそうに——頭を、掻いた。
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その日の、夕方。
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アルフレートが——ふらり、と、店に、やってきた。
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「アルフレート様。今日も、剣ですか」
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「ああ。頼む」
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誠は——いつものように——神剣を、研ぎ始めた。
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「あの……"警告"、は……あれから、どうですか」
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誠が、尋ねると——アルフレートは、少し、考えた。
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「相変わらず……時折、ちらつく。だが……それ以上の、変化は、ない」
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「そう、ですか……」
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「田中」
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「はい」
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アルフレートは——研がれていく、剣を、見つめながら——静かに、言った。
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「お前……不安、なのだな」
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誠は——手を、止めた。
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「……はい」
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正直に——そう、答えた。
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「何かが、来る、気がする。でも……それが、何なのか、分からない。皆は、何かを、知ってるのに……僕には、教えてくれない」
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「なんだか……ずっと、宙ぶらりんで……落ち着かないんです」
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アルフレートは——静かに——頷いた。
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「その、気持ちは……分かる」
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「だがな、田中」
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アルフレートは——ふと——店先を、見渡した。
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並べられた、野菜。干された、薬草。研がれた、包丁。
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そして——それを、求めて、訪れる——村の、人々。
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「お前は……今、"やるべきこと"、を……ちゃんと、やっている」
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「え?」
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「不安な、時ほど……人は、大げさなことを、しようとする。何か、特別なことを、しなければ、と……焦る」
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アルフレートは——静かに、続けた。
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「だが……お前は、違う。何が、来ようとも……変わらず、包丁を、研ぎ、野菜を、並べ……人々の、暮らしを、支えている」
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「それは……なかなか、できることでは、ない」
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誠は——アルフレートの、言葉を——静かに——噛み締めた。
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「僕は……ただ……他に、できることが、ないだけですよ」
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「それでいい」
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アルフレートは——研ぎ上がった、剣を、受け取り——静かに、微笑んだ。
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「何が、起きようとも……お前が、この、店先で……変わらずにいてくれること。それが……きっと……多くの人の、"支え"、になる」
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「アルフレート様……」
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「案ずるな、田中。もし……本当に、何か、来たとしても」
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アルフレートは——剣を、鞘に、納めた。
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「その時は……俺が、いる。お前は……お前の、"できること"、を……続ければ、いい」
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誠は——少しだけ——胸の、つかえが——軽くなった、気が、した。
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「ありがとうございます、アルフレート様」
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「あれから、何日か、経つけど……特に、何も、起きない。拍子抜けするくらい、平和だ。今日も、いつも通り、包丁を、研いで、野菜を、並べた。マーサさんが、"あんたの、当たり前が、村を、支えてる"、って、言ってくれた。アルフレート様も、"何が来ても、変わらずにいることが、多くの人の支えになる"、って。僕は、ただ、他に、できることが、ないだけ。でも……それでいい、って、言ってもらえた。じいちゃん……不安は、まだ、消えない。でも……僕は、僕の、できることを、続けようと思う。それが……じいちゃんの、教えだから」
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窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。この、"変わらない、店先"、での、日々こそが——やがて、訪れる、嵐の中で——どれほど、多くの人の、心の、拠り所に、なるのかを。
そして——この、穏やかな、日常が——静かに、続く時間も——もう——そう、長くはないことも——今はまだ、知る由もなかった。




