第109話「井戸端の噂」
鳥の群れが——南へ、去っていった——数日後。
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村の、井戸端は——いつもより——ざわついていた。
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「ねえ、聞いた? 北の、話」
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「聞いた、聞いた。なんでも……山が、光った、とかって」
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水汲みに、来ていた、女性たちが——声を、潜めて、噂を、交わしていた。
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誠は——ちょうど、通りかかり——その、話に——足を、止めた。
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「山が、光った、って……どういうことですか」
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誠が、尋ねると——女性の、一人が、振り返った。
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「あら、田中さん。いえね……北の方から、来た、行商人が、言ってたのよ」
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「北の……行商人」
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「なんでも……夜中に、北の、空が……いきなり、明るく、光った、って」
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誠の、胸が——ざわり、と、した。
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「光った……雷、ですか」
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「それが……雷とは、違う、って、言うのよ」
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女性は——少し、声を、落とした。
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「雷なら、ゴロゴロ、鳴るでしょう? でも……音は、しなかった、って。ただ……一瞬、空が……真昼みたいに、明るくなって……すぐ、消えた、って」
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「音も、なく……空が、明るく……」
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誠は——その、言葉を、繰り返した。
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「その、行商人さんは……今、どこに?」
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「さあ……もう、南の方に、行っちゃったんじゃ、ないかしら。随分、急いでたわよ。"北は、なんだか、気味が悪い"、って」
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誠は——考え込んだ。
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「まあ……ただの、噂かもしれないけどね」
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もう一人の、女性が——そう、付け加えた。
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「行商人の、話なんて……大げさなことも、多いから」
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「そう……ですね」
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だが——誠の、胸の、ざわめきは——収まらなかった。
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音もなく、空が、光る。
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そんな、現象を——誠は——聞いたことが、なかった。
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その日の、夕方。
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誠は——店に、戻ると——アルフレートが——待っていた。
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「アルフレート様。ちょうど、良かった」
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「どうした、田中。浮かない、顔だな」
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誠は——井戸端で、聞いた、噂を——アルフレートに、話した。
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北の、山が、光った。音もなく。夜の、空が、真昼のように、明るくなった、という話。
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アルフレートは——少し、考え込んだ。
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「音もなく……空が、光る、か」
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「アルフレート様は……何か、心当たり、ありますか」
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「いや……」
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アルフレートは——首を、振った。
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「魔法の、類なら……大抵、音や、風を、伴う。だが……音もなく、空が、光る、というのは……俺の、知る、魔法には、ない」
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「そう、ですか……」
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「ただ……」
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アルフレートは——視線を、宙に、向けた。いつもの——ステータス画面を、確認する、仕草だった。
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「妙、だな」
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「どうしたんですか」
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「俺の、ステータス画面に……最近、時折……見慣れぬ、"警告"、のような、表示が……ちらつくのだ」
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誠は——身を、乗り出した。
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「警告? どんな、ですか」
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「それが……はっきりとは、読めん。一瞬で、消えてしまうのでな」
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アルフレートは——難しい、顔を、した。
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「ただ……"上空"、"接近"、といった、単語だけが……かろうじて、読み取れる」
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「上空……接近……」
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誠は——ぞくり、とした。
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「それって……何かが、空から、近づいてる、っていう……」
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「分からん。俺も、初めて、見る、表示だ」
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アルフレートは——静かに、続けた。
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「だが……お前の、胸騒ぎ。龍族の、ざわめき。逃げる、鳥。北の、光。そして……この、警告」
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「あまりにも……重なりすぎている」
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誠と、アルフレートは——顔を、見合わせた。
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「アルフレート様……何か、起きてるんですね」
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「……そのようだ」
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アルフレートは——静かに、頷いた。
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「まだ、何なのかは、分からん。だが……備えは、しておいた方が、良いかもしれん」
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「井戸端で、噂を、聞いた。北の、山が、音もなく、光った、という。行商人の、話らしい。ただの、噂かもしれないけど……アルフレート様に、話したら、あの人の、ステータス画面にも、最近、"上空"、"接近"、っていう、見慣れない、"警告"、が、ちらつくらしい。僕の、胸騒ぎ。龍族の、ざわめき。逃げる鳥。北の光。そして、あの警告。全部……重なりすぎてる。じいちゃん……何かが、起きてる。それも、"空から"。備えを、しておいた方が、いいのかもしれない」
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窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。北の、空で、光った、その、"光"、が——一体、何であったのかを。
そして——アルフレートの、ステータスに、告げられた、"上空からの接近"、が——何を、意味するのかも——今はまだ、知る由もなかった。




