第108話「鳥が、南へ」
神が——言葉を、濁して、去ってから——数日。
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その日の、朝は——妙に、静かだった。
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「……なんだか、静かだな」
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誠は——店の、戸を、開けながら——ふと、そう、感じた。
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いつもなら——朝の、村には——鳥の、さえずりが——賑やかに、響いている。
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だが——今朝は——それが——聞こえなかった。
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「エリナさん。今朝、なんだか、鳥の声が、しないと、思いませんか」
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「そう言われれば……確かに、静かですね」
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その、理由が、分かったのは——昼過ぎのことだった。
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「田中さん! 空を、見てください!」
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エリナの、声に——誠は——空を、見上げた。
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「これは……」
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空には——おびただしい、数の、鳥たちが。
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群れを、なして——一斉に——南へ、南へと——飛んでいた。
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「渡り鳥……にしては、多すぎる」
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「それに……時期も、違いますよね」
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エリナが——不安げに、そう、言った。
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「まるで……何かから、逃げてるみたいだ」
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誠は——静かに——そう、呟いた。
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「北から……南へ……」
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鳥たちは——北の、空から——次々と、湧き出るように——南を、目指していた。
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その、光景には——どこか——切迫した、ものが、あった。
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「北……」
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誠の、脳裏に——ふと——藤原の、手紙が、蘇った。
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北の、龍族の里。"そろそろ来る"、"備えろ"、という——年寄りたちの、ざわめき。
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「北で……何か、起きてるのか」
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その時——村の、通りを——一人の、老人が——歩いてきた。
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村で、一番の、長老——猟師あがりの、ゴラム爺さんだった。
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「爺さん」
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誠は——声を、かけた。
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「あの、鳥の群れ……何か、知ってますか」
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ゴラム爺さんは——空を、見上げ——渋い、顔を、した。
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「……嫌な、もんだ」
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「え?」
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「わしが、猟師を、やっとった、長い、間でも……あんな、鳥の、逃げ方は……数えるほどしか、見たこと、ない」
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「どんな、時に、見たんですか」
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ゴラム爺さんは——少し、考えてから、答えた。
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「山が……崩れる、前の、日」
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「え……」
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「大きな、地震が……来る、前の、日」
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誠は——背筋が——ひやり、とした。
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「獣や、鳥はな……人間より、ずっと、"何か"、を、感じ取るのが、早い」
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ゴラム爺さんは——静かに、続けた。
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「あいつらが……あんなに、必死に、逃げとる、いうことは……」
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「北で……何か、"良くないこと"、が……起きようとしとる、いうことだ」
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「良くないこと……」
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誠は——空を——見上げ続けた。
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次々と——南へ、逃げていく——鳥の群れ。
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その、光景が——誠の、胸の、ざわめきを——一段——強くした。
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「田中さん……大丈夫、でしょうか」
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エリナが——不安げに、そう、言った。
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「……分からない」
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誠は——正直に、そう、答えた。
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「でも……僕の、胸騒ぎと……藤原さんの、里の、ざわめきと……この、鳥たち」
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「全部……北を、指してる、気がする」
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ゴラム爺さんは——ぽん、と——誠の、肩を、叩いた。
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「田中よ。あんまり、気に、しすぎるな」
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「でも……」
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「案じても……起きるもんは、起きる。それより……今、できることを、しとくんだな」
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「今、できること……」
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「畑を、耕し、蓄えを、増やす。そういう……地味なことを、な」
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誠は——その、言葉に——はっと、した。
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祖父の、教えと——同じだった。
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「そう、ですね。ありがとう、爺さん」
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ゴラム爺さんは——ゆっくりと——歩き去っていった。
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その、背中を、見送りながら——誠は——もう一度——空を、見上げた。
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鳥たちは——まだ——南へ、南へと——飛び続けていた。
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「今朝、鳥の声が、しないと、思ったら……昼に、おびただしい数の、鳥が、北から、南へ、逃げるように、飛んでいった。ゴラム爺さんが、"山崩れや、地震の前に、こういう逃げ方をする"、と、言っていた。獣や、鳥は……人間より、早く、"何か"、を、感じ取るらしい。僕の、胸騒ぎも、藤原さんの、里も、この鳥たちも……全部、北を、指してる、気がする。じいちゃん……北で、何かが、起きようとしてる。僕は……ただ、それを、見ていることしか、できないのかな」
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窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。
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その、北の、空を——誠は——じっと、見つめた。
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まだこの時の誠は知らない。北の、空の、彼方で——本当に——"何か"、が——動き始めていることを。
そして——鳥たちが、逃げてきた、その、方角に——やがて、訪れる、"災い"、の、最初の、兆しが——潜んでいることも——今はまだ、知る由もなかった。




